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ロードオブハイネス  作者: 宮野 徹
第五章 帝国のために
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誇りを捨てた者たち

「いかがですか?ロウ様?」

「ええ。悪くないわ、この服。クルルアーンの服装って地厚で軽いのね。」

この日私は、エレノアに連れられて、屋敷の外へと買い物に出ていた。買い物と言っても、今後行動するうえで、必要な物資を集めるための買い物だ。そのうちの一つが、身分を隠すための服装だった。

現在、帝国での私の状況は、行方不明ということになっているらしい。ピスケスでの一軒を最後に、消息を経てば、そうなってもかしくはないが、エルドリックはそれを利用したいらしい。

行方不明は、単純に安否不明を意味し、戦場でそうなれば、死んだも同然と思われる。つまり、私への警戒が無くなるということ。死んだと思われていた人物が、裏で暗躍しているという話はよくあることだ。私はそれになるらしい。

というわけで、今は平民の服を物色している。貴族生まれだが、前世の記憶もあるため、特に苦労することはない。エレノアにもお墨付きをもらったところだ。

「いかにも農民という格好ですね。動きやすくてちょうどいいです。

「臣民の文化にも精通していらっしゃるとは、さすがでございます。ですが、大丈夫ですか?」

「なにが?」

「高貴なお方は、肌の露出を嫌うと聞いたことがります。ロウ様は、あまり気にしないのですか?」

そうだろうか?社交界でドレスに身を包んだ令嬢たちは、いつだって胸元を開けているし、肩や腕だって平気で晒しているだろうに。まぁ、今来ている服は、ノースリーブに半パンという格好だから、年頃の令嬢たちは嫌うというより、こういう実用性に富んだ服装には興味も持たないだろう。

半パンにはいくつかのポケットがあり、ノースリーブのシャツも礼装とは比べ物にならないほど軽いため、移動も気を使わないで済むだろう。そのあまりの軽さに、なんだか肩の荷が下りたような錯覚すら覚える。

「これで帽子でも被れば、性別も誤魔化せそうね。髪は・・・少し切らないといけないかな。」

「いえいえ、そんなことなさらずとも、こうして後ろで束ねれば、少年のように見えると思いますよ。」

エレノアはそう言って私の髪を優しくまとめ、後ろでまとめてくれた。服屋に置いてある小さな物見で確認すると、童顔の私の容姿は、客観的に見ても男女どちらでも通用するだろう。

「せっかくきれいな御髪なのですから、無理に短くする必要はありませんよ。」

「そう、ありがとう。あとは・・・、上に羽織る者でもあるといいわね。この格好者さすがに、北部やグランドレイブを上るのは肌寒いでしょうし。」

私がそう言うと、エレノアはしばらく考えを巡らせていた跡、それらに必要な装備を教えてくれた。温かい地域であれば、今の恰好のまま、上半身を覆うマントとスカーフでもあれば十分。ただ、山岳部やアダマンテ領に向かう際は、膝上まであるブーツに、腕を守るためのバンテージと手袋。それらを購入し、いったん屋敷へと戻ってきた。なにせ、購入したシャツは、翼を通す袖などないのだから、少し細工をする必要があったのだ。

屋敷では既にエルザが出立の身支度を整えていて、ほどなくして私もエルドリックから支給された装備を見に纏い、エレノアに別れを告げて、指示された目的地へ向かった。


話には聞いたことがあるけれど、実際にこの目で見るスラム街の全容は、思っていた以上に穏やかな街だった。街の中は、木造の建築すら珍しい。ほとんど土壁や天幕のような、布に覆われた小さな小屋のような住居が立ち並んでいる。道行く人々も、口にはできないが、みすぼらしい衣服に身を包んだ者たちばかりだ。だが、人の数こそ少ないが、一人一人に生気が感じられる。活気があるとは言えないが、とても趣のある街だ。

上にマントを纏っているとはいえ、翼を完全に隠すことはできず、人々からは変な目で見られているが、誰も声をかけてくることはなかった。田舎であるが故に、普段目にしないものに警戒はすれど、関わろうとは思わないのだろう。さらに言えば、私たちをよそ者であると、一目で見抜いている。彼らの間では、街に住む者たちはみな知り合いであり、そうでなければよそ者ということなのだろう。

「・・・・・・いいところね。」

「?スラム街が、ですか?」

「ええ。ここには、腹黒い思惑を抱えた権力者も、力で解決しようとする暴君も、何もかもを見下しすような、傲慢な女もいない。羨ましい限りだわ。」

「・・・お嬢様は、憂いを感じていらっしゃるのですか?」

「どうかしらね?でも、彼らは、私たちのような人間が、普段どれだけ浅ましい行為をしているか知らない。100年前のクルルアーンの事件だって、私たちは忌まわしき帝国の過去として記憶しているけれど、ここの住人は、自分たちの目が赤い理由すら、忘れているのでしょうね。」

帝国と臣民の関係は、基本的に細い糸でつながっている。税を課す国は、見返りとして国の安泰を約束し、平和な日々の恩として、臣民は奉仕を生業とする。だが、実際には、臣民の生活と権力者の日常が交わるのはほんの一部だけだ。権力者は臣民がどのようなことを国に求めているかは知らないし、臣民は例えどんな政が実施されていても、自分たちの生活が脅かされなければ、文句を言うことはないし、帝国に対して反乱することもない。

完全に途絶された二つの民族が、この国には存在するのだ。ただお互いを利用価値ある存在と認識している共生関係に近い。それがこの国の在り方だ。

結局のところ、帝国の権力者は、一般人に手を出すことをしないのだ。良くも悪くも。1300年もの歴史を持つこの国では、幾たびもの権力者同士の下剋上が起こっていただろう。だがその全ては、帝国を自分たちが導くという向上意識の元で行われてきたものだ。一概に悪とは呼べず、実力主義が主となった今では、別段非難されることでもない。

だが今回、敵は帝国の臣民を使って、帝国に反旗を翻そうとしている。非人道的行いで。それはある意味、貴族、帝国王族としての誇りを捨てたようなものだろう。

クルルアーンの人々は正確には臣民ではない。だが、同じく帝国に住まう人々だ。彼らの弱みに付け込んで、弱者を利用しようとする彼らの行いを、私たちは止めなければならない。

「行きましょう、エルザ。クルルアーンの児童保護所とやらに。」


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