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ロードオブハイネス  作者: 宮野 徹
第五章 帝国のために
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状況報告

「さて、ロウ殿。俺は別に、今すぐ君と婚姻を結ぶつもりはない。一つの選択肢として考えておいてほしい。もちろんきっぱり断ってくれても構わない。ただ、そんな話よりも、今はやらなければならないことがたくさんあるんだ。」

あまりに浅薄な態度に、ため息すら出そうになったけど、この青年はそういう人なのだろう。どのみち返事を出すには性急すぎる。私一人で決められるわけもない。まぁ、今までは自分勝手に決めていたんだけど。

「では、何から話していこうか?君が眠っている間にも多くの出来事が起きた。今、帝国を織りなす危機は、膨大に膨れがっているだろうな。」

「父は・・・。帝国北部の戦線は、今、どうなっていますか?」

ずっと気になっていたことは、父のことだった。あんなことがあって離れ離れになってしまったけれど、唯一の肉親が今どうしているかを確かめたかったのだ。

「アダマンテ公爵は、今もなお、魔物の大軍勢と交戦している。俺の父上もいるから、情報はすぐに入ってくる。安心しろ。北部戦線の被害は小さくはないが、帝国の総力が集っている。君のお父君が、後れを取ることはないだろう。」

「そう、・・・ですか。それはよかったです。」

「だが、帝国の総力が集っているが故に、他がおろそかになっているという弊害は存在するがな。」

エルドリックが言っているのは、一番防御を固めている北部戦線が、帝国の危機対処能力のキャパを占有しているということだ。アダマンテ領の帝国騎士団に加え、王領騎士団までもが、帝国最北端に集結している。帝国の総戦力の半分近い軍が一手に集まっているため、国内が手薄になっているのだ。それゆえのピスケスの魔獣騒ぎ、または王城での暗殺者事件に、追い風を吹かせてしまっているのだ。

「敵は、気を窺っていたのだろう。平時にことを起こしても、帝国の体制はそうやすやすと揺るがない。奴らが、動き始めたきっかけが、エルレイン山脈からの魔物の侵攻だったのは、間違いあるまい。」

「機を伺っていたと言いますが、それにしては随分動きが速いとは思いませんか?」

北部戦線が構築されてから、まだ一月もかかっていない。たった一ヵ月程度の間に、こうも続けざまに多くのことが起こったのは、偶然ではあるまい。

「ふむ、遅かれ早かれ、奴らは帝国に反旗を翻そうとしていたのだろう。」

「それだけの戦力を、敵が持っているということですか?信じがたい話ですが・・・。」

各公爵領には、10万程の騎士団が、王領には15万の騎士団がおり、なおかつ貴族や帝国王族が私設武装組織を保有している家もある。テレジアの魔導師団そうだ。それら全てを相手にするわけではないが、帝国に仇名すとはそういうことだから、少なくともそれらと戦える何かが彼らにはあるのだろう。

「現にピスケスを守護していた半分の帝国騎士は、魔獣によって壊滅させられてしまった。君と共に、蝶化した人々の城下を行っていた魔導師団らは大きな被害を受けて撤退している。帝国の大都市の一つが陥落したと考えると、こちらの戦力損失はとても大きなものだ。」

「・・・・ピスケスの人たちは?」

「おそらく、助からないだろうな。魔導師団が幾人かを浄化したそうだが、その後すぐに撤退したそうだ。それ以上の情報は届いていない。」

ピスケス全域であのようなことになってしまって、いったいどれほどの臣民が被害にあったのだろう。だが、それらが帝国の敵と関係あるかどうかは怪しいところだ。

魔獣は、エルレイン山脈にあった、門の魔物から送られてきた魔物だ。アレンの言葉が真実なのであれば、ここではない異世界から邪龍たる存在によって送られてきた眷属であるという。つまり、魔獣の出現は魔物の侵攻が原因なのだ。それすらも敵が起こしているとは、到底思えない。

「ところで、魔導師団がピスケスに派遣された経緯を俺は知らない。そのあたりについて聞かせてくれないか?」

私は、オーネット領城が占拠されたあたりからの顛末をエルドリックに聞かせたやった。オーネット公爵、ウンウォルに帝国反逆の嫌疑がかけられ、シルビアを拿捕したことも含めて。そして、最終的に怪しいと思われたのが、シルビアの副官であるヒヨリに向けられたことを話した。

「ヴァンレムを駆るものか。厄介だな。あの騎獣が絡むと、どこで何をしていてもおかしくはない。」

シルビアと私闘をする前に、ヒヨリによって精神侵食を受けたと仮定して、その後の動向はまったくもって想像がつかない。それらも含めて、ピスケスへ向かえばわかると思っていたのに、魔獣にあんな風にされてしまった。

議会では、先手を打たねば敵の思うつぼだと、豪語したけれど、何もかもがうまくいっていない。

「王城については、何か話を聞いていますか?」

「ああ。今のところ陛下とフィリアオール様はご無事だ。ただ、投獄されていたシルビア嬢が行方不明になっているそうだ。」

「・・・そうですか。」

「・・・ロウ殿、何か知っているという風だな?」

「わかりますか?」

彼は目が良いようだ。私の僅かな表情の乱れを、今の一瞬で見抜いたのだろう。

「彼女を開放したのは、私です。シルビアに、まだ死なれるわけにはいきませんので。」

「ほぅ、大胆な選択だ。あのシルビア嬢を、野放しにしているというのは、君は彼女を信頼しているのだな?」

「どうでしょうね。ただ、あの人の帝国への忠誠は本物だと思っているだけです。それに、あれほどの大戦力を、今の状況で眠らせているわけにはいきませんから。」

行方不明ということは、王城から抜け出したか、あるいは、城内で潜伏し、何かを探っているのだろう。あんな人だが、私なんかよりも、実力はある人だと思っている。いざという時に、何かを成してくれるはずだ。

「とにかう、陛下たちがご無事なら、まだ戦えます。」

「安全とは言い難い。今も身を潜めながらで、帝政は滞っている。」

出来るならば、王城を守護する戦力を集めるべきなのだろうけど、そんな余力は存在しない。そもそも、王城が危険な場所になるということ自体想定していないからだ。

「あなたが敵と呼んでいる集団について、教えていただけますか?」

「奴らは今、ここクルルアーンで非人道的な行為を行っている。帝国王族、その血を持つ者たちから血肉を得て、幼い子供らにそれらを移植している。」

「・・・私を狙った間者をアダマンテ領城で軟禁しています。彼女も、おそらくそれによって作られた魔導士でしょう。」

「既に接触していたか。」

「はい。彼女は、大地の記憶(アーステイル)の使い手でした。」

「となると、やはり、リベリ家が関わっていると考えていいだろうな。彼の分家は、傘下に着く帝国王族が少ない。自分たちの血を分け与えているとは思えないし、何よりここ最近、帝国王族の間で行方不明者が増えているらしい。」

「行方不明?」

「大きく名のある家柄の出ではないが、老若男女問わずにだ。片っ端から、魔導士の材料としてとらえられているのだろう。」

帝国王族は、無数に存在する。その全てがアーステイルと血を分け合った家系だが、本家、分家とは比べ物にならないほどの差がある。身分についてはともかく、魔法特性の遺伝、元々の能力云々は、ピンキリだ。優秀な家もあれば、金がある以外、平民とさして変わらない家だってある。全ては、魔力継承の遺伝を目的とした、交配によるものだ。

しかし、どれだけ力の弱い家だろうと、魔法の力があることには変わりない。それらを拉致して、血肉や、臓物を移植し、魔導士製造実験に精を出しているのだとしたら、これまでに無いほど、凶悪な思考を持っていると言えるだろう。もともと、交配などという言葉を使うほどだ。もはや、人ではなく馬や動物のそれと同じ感覚なのだろう。

彼らはやがて、自分たちで作り上げた魔導士を使って、さらに強い力を持つ者たちを捕え、新たな魔導士の製造を行うだろう。私やシルビアが狙われたように。

「そんなことが、この街で行われているのですか?」

「おそらくな、だが、良くも悪くも、ここは帝国の盲点だ。スラム街として放置しているのも、ここはいたって平穏な街だと知っているからだ。帝政の影響を受けず、貧しくも豊かな資源があり、よほど脆弱に生まれなければ、幼くして命を落とすこともない。正真正銘の自由の都だ。だが奴らはそこに目を付けた。無知で無垢な臣民の心を利用したんだ。」

そう、それこそがこの国においての、彼らの行いに対する最大の罪だろう。

帝国が帝国であれるのは、臣民が税を払い、国を支えていてくれるからだ。国と国民の関係性というのは、常に対等でならなければならない。私たち貴族や帝国王族は、魔法の力がある。臣民にはそれがないゆえに、力で解決せねばならない国防や治安に関しての役割を私たちが担っている。逆に国民たちには、そんな私たちへの奉仕や、食料や物資の生産を、あるいは、帝国防衛のために騎士団として。そうやって互いに支えあって国が成り立っている。だからこそ私は命を賭して最前線へ向かうし、臣民を守るために好みを差し出す覚悟はできている。

一番グレーな部分は帝国騎士だ。彼らは全員が貴族や帝国王族の血を引いているわけではない。その多くは、臣民からの志願兵や古くから戦いを生業としてきた一族の末裔だ。彼らは帝国臣民ではあるが、騎士の誓いを立てさせ、国の盾となる私たちと同じ役目を負っているのだ。

それにしたって強制して兵隊にさせているわけではないし、免税や高所得という利点は存在するのだ。

そうやって国と国民は繋がっている。だけど、本来守る側のはずの帝国王族が、守られる側の臣民に手をかけたのだ。

「・・・ところで、エルドリック。あなたがサードルとして実験試料に記したあの紋章。どこの家紋ですか?」

「あれは俺がつけたものじゃない。今思えばあれが奴らのシンボルだったのだろう。なんていうことはないシンボルだが、似たような家紋を俺は知っている。」

「どこの家なのですか?」

「リベリと、そしてかつてのクルルアーン家の家紋をうまいこと組み合わせると、あんな形になるんだ。」

「それは、リベリ家が、クルルアーン家とつながりがあったということでしょうか?」

「そこまではわからない。だが、奴らがこの街で何かをしようとしているのも、偶然じゃないのかもしれないな。」

全てつながっている。世界は狭いものだ。絵本の題材にされたおとぎ話だって、実際は辺境で起きた史実をもとにしていたりする。その成否を確かめるのはとても難しいものだけど、偶然を偶然として信じてはいけない。全ての物事に理由はあるのだから。

「・・・最後に、・・・。」

一通り聞きたいことを聞いて、私は最後に、彼の動向知りたくなった。エルドリックがそれらに土江知っているかはわからないけど、僅かな情報でも聞いておきたかったのだ。

「アレン、・・・いえ、魔獣についての情報はありますか?」

「・・・ピスケスに居座っているあの巨大な蛾のような魔物は、忽然と姿を消したそうだ。そのほかの魔獣についてはさすがに聞いていない。ただ、・・・。」

「ただ?」

「あの龍の目撃情報が、帝国北部であったらしい。」

「・・・」

「目撃者によると、北へ向かって飛んでいく巨大な黒い翼竜を見たそうだ。おそらく、それが君の友人だろう。」

帝国北部ということは、アダマンテ領。そこから北へ向かったということは、北部戦線に戻ったか、あるいは、エルレイン山脈の、魔物の中枢地に帰ったのかもしれない。なんにせよ、アレンとの問題は最後になるだろう。彼が、魔獣の最後の一体になったとき、もう一度話が出来ればいい。

それだけが、今私が一番望むことだ。

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