回想1
アルハイゼンの元に向かうのは、いつだってあいつの周りの取り巻きたちがいなくなってからだ。だから必然的に夕方か日が完全に沈んでからになる。その頃になると、普段明るく元気に振舞っている王子殿も、少し落ち着きを取り戻して、それでいて疲れた姿を見せるものだ。
「よぅ、エルド。今日も熱心だな。」
「そっちが呼んだんだろう?何の用だよ?」
「いや、気楽に話せる相手が欲しかっただけさ。ここ最近は、俺の伴侶について、聞きたいことがたくさんあるようでな。・・・はぁ、あいつに直接聞けばいいだろうに。」
「あれだけの騒ぎを起こしたんだ。彼女も警戒して、王城内でもなかなか姿を見せないのだろう?名目上では、次期王妃であっても、今はまだ公爵家の令嬢だ。不用意にお近づきになれるような相手じゃない。」
後に王城でも有名になる決闘騒ぎが行われてたのは、つい10日前のことだ。俺はその場にいなかったが、彼女、ロウ・アダマンテ・スプリングは、13とは思えない能力を発揮し、8人の令嬢を相手に一歩も引かず、圧倒的な魔法力を披露したという。その魔法の力は、現役の騎士や、魔導師団、さらには、ジエト陛下や、他の帝国王族やアーステイル家の龍力な魔導士よりも強大な力なのではないかと、王城では噂になっていた。
「はっはっはっは。俺の目に狂いは無かっただろう?あいつは、やっぱり天才だったんだ。」
「別に君の意見を否定するつもりはない。それで、上手くいっているのか?」
この頃のアルハイゼンは、決闘騒ぎ前よりも、惚気ることが多くなった。と言っても、何事も天性の才能で簡単にやってのけるこの王子にも女の扱いに長けているわけではないようで、見守っている側からしたら、ややもどかしいい時もある。
「別に、悪くはないってところか。傍目から見ても、まだ子供なんだぜ?それにあいつの性格ときたら、俺のことをいかにからかうか、しか頭にないんだろう。ほんと、可愛げのないやつだよ。」
子供なのはお互い様だろうに。言葉だけでは彼女に悪態をついているように聞こえるが、その表情はいつだって笑っていた。アルハイゼンから聞く、ロウという少女は、年相応の娘でありながら、大人びた一面を持つという、貴族の令嬢らしいものが伺える。だが、唯一他の令嬢と違う点は、他人に対して優遇も冷遇もしないことだという。誰に対しても。
身分の高いものが相手でも、上手く媚びへつらうわけでもなく、臣民が相手でも、自身が認めたものならば、相応の礼儀を見せる。もっとも、後にそれは表面上だけのことだと知ったのだが、この帝国では珍しい部類の人間だ。
だからこそ、彼女は王子に対しても、アルハイゼンが望む姿を見せる。可愛げがないというのはともかく、この我が儘王子が、ここまで入れ込むのだから、本当に面白い娘なのだろうと思った。
「それで、今は何をしているんだ?」
「あぁ、あいつに、剣を教えいているよ。」
「・・・なぜ?」
「褒美が欲しかったんだとさ。」
「褒美?」
彼女について話すアルハイゼンは、自分のことを話すように楽しそうだった。俺に対してしか、こんな話をしないから、惚気話を聞かされる身にもなってほしいものだ。だが、これがアルハイゼンが、この王城でずっと望んでいたものだ。なんだかんだ言いつつも、伴侶との関係も良好なのだろう。
「お前はどうなんだ?」
「俺?」
「ああ。お前だって、エクシアの家長を継ぐんだろう?そろそろ縁談の一つや二つ、転がり込んできてもおかしくはないだろう。」
「俺は・・・別に急ぐ必要はないと思っている。」
この時すでに俺がエクシア家の魔法特性を受け継いでいないことが知られていて、さらには、噂に尾ひれがついて、才能なしの名前が広がって言た。ただ魔法特性を継いでいないだけでこの有様だ。現王弟の血筋だけでは、帝国の貴族共は振り向きもしなかった。実力主義も突き詰めればこんなことになるんだと思ったものだ。
「君たちが結婚し、王位継承を果たしたあたりに、野心のない令嬢とでも結ばれれば、父上も安心するだろうさ。」
「おいおい、それじゃあ俺の宰相はいったい誰に任せればいいんだ?」
「宰相?」
「ああ。お前には、俺が王になったとき側にいてもらいたい。お前のその知略と、何事にも動じない冷静さは、俺にもロウにもないものだ。お前がいてくれなきゃ、俺はただただ突っ走ることしかできない猪王になるだろうさ。」
「はぁ、君が猪になったら誰にも止められないだろう。愛する嫁さんに鬼になってもらうしかないな。」
「はっはっはっは。そりゃそうだ。でも、それでもやってもらわねばならない。ロウにも、俺を止めることはできないぞ?むしろ悪乗りして、さらに手が付けられなくなるかもな。」
そんな面倒を請け負うのはごめんだったが、俺は心のどこかでそんな日常にゆめを見ていた。何においても無敵の王のそばで、小言を言う王妃と一緒に、共に国を導いていくことを。だが、それは、相手があのアルハイゼンだったからだ。他の王のもとに仕える気は無かった。
さらに言えば、俺自身が王座を狙うようなこともしない。俺に王の座は荷が重すぎた。世間で言われている噂は、間違ってはいない。俺は無能だとは思わないが、王になるのに必要なものがかけていたのだ。
エクシアを継ぐことはできても、アルハイゼンのようにはなれない。それは自分がよくわかっていた。ある意味アルハイゼンが抑止力となっていたのだ。あらゆる帝国王族の子息が、次期国王の座で争わなくていいと。だからこそ、その座を巡っての揉め事が起きないのだ。
「・・・宰相になるのは構わないが、まずは彼女を大事にしてやれよ。お前は、女に対して頓着が差なすぎる。」
「なっ、お前に言われたくはないんだが?」
こうして他愛もない会話ができるのも、俺にとってはアルハイゼンだけだった。