王子の死がもたらしたもの
「あなたは、帝国を脅かしている、黒幕の正体を、ご存じなのですか?」
私やシルビアに刺客を送り込んだ敵対勢力。王城にて声でのみ接触したものの、その実態はほとんどわかっていない。これだけの情報を知っているエルドリックこそ、疑わしい相手だったけど、彼はそうではないらしい。
彼が話を始める前に、廊下の方から人の気配が近づいてきた。
「エルドリック様、いらっしゃいますか?エルザです。」
「いる。入ってこい。・・・ちょうどいい。彼女に俺の潔白を晴らしてもらうとしよう。」
エルザは部屋の扉を開けると、私の姿に驚いていた。
「ロウお嬢様!」
すぐさま駆け寄ってきて、いたくないていどの力でしっかりと抱きしめてきた。
「・・・・・よくぞご無事で・・・。」
「エルザ・・・・・・・ありがとう。」
「ふむ、お前たち、そんなに仲が良かったのか?」
感動の再開に水を差してくるのは構わないが、もう少し言い方っていうものがあるだろうに。
「一時的とはいえ、私はお嬢様の従士となりました。親愛の情でしたら、主や、エルドリック様にも劣りませんよ。」
「ふむ、羨ましい限りだ。」
「・・・エルザ、ここはどこ?あなたはご実家を拠点に、クルルアーン調べてたはずよね。」
彼女の故郷は、クルルアーンから少し離れた辺境の村だと言っていた。彼女がここにいるということは、やはりここは、グランドレイブから少し南の地域なのだろう。
「はい。ここはまさに、クルルアーンの外れと言っていいでしょう。私の故郷もすぐ近くです。」
エルドリックは信用がならないけど、エルザがそういうなら、もう信じるほかない。私はクルルアーンには、帝国に仇名す敵が住み着いていると考えている。敵の中心地に偶然にも入り込んでしまったということだ。
「エルザ、済まないが、俺の潔白をロウ殿に伝えてくれないか?」
「潔白?」
「彼女は、俺こそが帝国の敵だと思い込んでいるんだ。」
事の顛末をエルザにも話し、彼女からも、エルドリックについての情報を聞くことになった。
「エルドリック様は、長らく王領を離れて、いろんな研究をされていると、従士たちの間では聞き及んでいました。まさか、こんなところでばったり合流するとは思っていませんでしたが。ですが、ご安心ください、ロウ様。エルドリック様は、我々の、いいえ、帝国の敵などではありません。」
「信ずる証拠は?」
「はぁ、お前も疑い深いな。それくらい警戒心が強い方が好感が持てるが、こうも頑なだと悲しくなってくるぞ?」
それはあなたが胡散臭いからです、と声を大にして言いたい。彼は多くを知り過ぎている。私があっちこっち飛んで、多大な思考の時間を費やしてようやく立てた推論を、彼は容易く超えてくる。魔力の物質化とかについてもそうだ。いったいどこで彼はそれを知ったのか。まさか、ヘイローズの魔法大学の学徒だったとでもいうのだろうか。
「ロウ殿、サードルという名前を知っているか?」
「!?・・・・・・やはりあなたも、あの資料を呼んだのですか?」
「いいや、その資料を書いたのは俺だ。」
「・・・・・・は?」
「3年前から、俺とクレスは、魔力欠乏症についての議論を行っていた。その病の正体を暴くためにな。関連がありそうな実験や知識を永遠と貪っていたんだ。そこへたまたま魔力の固形化実験が、ヘイローズの魔法大学で行われていると聞いて、少しばかり知識を共有したんだ。」
サードルが、エルドリック?いやいや、何でわざわざ偽名を使う必要があるのか。しかも、3年前って・・・。確かにフィリアオールも数年前と言っていたけれど、そんなにも最近の出来事だったなんて。
「当時実験に参加していた連中は、俺たちを帝国王族だとは思っていなかった。魔力欠乏症の調査をしている医学者とでも思ったんだろう。彼らがなぜ、魔力の固形化なんていうわけのわからない実験を行おうとしたのか、俺とクレスは直に彼らと話している。今思えば、連中は確信があったから、あの実験を行ったんだと思う。」
「・・・どんな実験だったんですか?」
「魔力の固形化。わかりやすく物質化と呼ぶが、彼らはその時既に知っていたんだ。血や唾液、肉体に、魔力が含まれていることを。そして、さっき話したように、子供を作らずとも、能力を継承できないか、試していたんだ。」
「まさか、実験て・・・。」
「実験内容は簡単だ。被験者を幾人か用意して、彼ら同士で血を飲ませたんだ。」
かつて、私がジエト等にやって見せたことを、3年も前に実行して見せた人たちがいたということだ。ならば自然と動機も明確になってくる。その実験で欲しかった結果とは、人工的に魔導士を生み出すことが可能かどうか。
「でも、実権は失敗に終わったと。」
「実験自体に意義がなかったわけではない。血を飲んだ被験者たちは少なからず魔力の継承が起こっていた。ただ、時間経過と同時に元に戻り、それが、当初予定していた者よりも短かった、彼らが望んでいるような結果にはならなかったから、失敗となったんだ。俺とクレスは、その時魔力欠乏症の糸口を見つけることが出来た。さっき話した、他者の魔力を宿してしまうという現象をな。だが、連中にとっても大いに意義のある結果だった。この方法を使えば、魔力を持たない者にも、魔法を与えることが出来るかもしれないと。俺たちは実験を終えた後についてはお互い干渉しあわなかったが、まさかこんなことになるとはな・・・。」
・・・彼の話が本当ならば、当時その実験を行っていたの者たちは、十中八九貴族か帝国王族のものだ。魔法を使った実験なのだから当然だ。そして、今帝国を脅かそうとしているのも、エルドリックはそう言いたいのだろう。だがそれでも、まだ腑に落ちない点がある。その連中は、どうやって魔力を物質化できるなんて言う発想に至ったのかだ。
「・・・彼らがその実験を行った経緯は?なぜ魔力を物質化できると確信があったのでしょう。」
「それは、俺とクレスが似たような推測を立てていたのと同じ理由だろうな。」
「同じ?どういうことです。きっかけそのものが、あなたたちと彼ら、同じだったということですか?」
「ああ。それを何に利用しようとしたかは別だがな。俺たちは魔力欠乏症の糸口に、彼らは人工的な魔導士の生産に。そして、この話を君が聞くのも皮肉な話だな。」
「どういう意味です?」
「3年前、君にとっても大きな出来事があっただろう?」
・・・。あったさ。けどそれが何の意味があるというのだ。彼は、あの人と関係があるとでもいうのか。私は今にも泣きだしそうな目でエルドリックの言葉を待った。
「俺がどうして、この病を解明したいと考えているかわかるか?アルハイゼン、あいつを死なせてしまったからだ。当時、打つ手がなかったジエト陛下は、この病についての知見があるクレスを頼った。だが、症状を遅らすことさえできないまま、クレスはただただあいつの容態を記録することしかできなかった。それが限界だったんだ。・・・誰もがあいつを救いたかった。俺はできる限りあいつから体の変化について聞いた。他愛もない世間話もたくさんした。あいつの気がまぎれるならなんだってした!それでもやっぱり何も変わらなかった。だが、あいつは俺に願いを託したんだ。死ぬ最後の瞬間までの記録を、後世に残し新たな魔力欠乏症患者のために役立ててほしいと。」
「・・・・うっ、・・・。」
いつの間にか涙を流していた。私の知らないあの人の話が悔しかったのか。闘病中の彼の姿を想像して悲しいのか。でも向き合わな変えればならないと思った。だって、あの人の最後の瞬間を、私は知らないのだから。
「俺は、君なんかととは比べ物にならないほど、無力で才能の無い人間だ。俺が貴族たちの間でどんなふうに言われているか、良く知っているだろう?だけど、あの王子は、君にとっても、大切な人であったように、俺にとっても大事な友人だったんだ。そんなあいつから託されたものを、俺は無下にはできなかった。だからこうして君のことも助けるし、そして、あの時のアルハイゼンの言葉を利用して、帝国に反旗を翻そうとする奴らに、鉄槌を下そうとしているんだ。」
「・・・床に伏した、あの人の周りには、多くの人がいたんですね。」
「あぁ、あるものは息子の死を嘆き、あるものは友の願いを聞き入れ、あるものは力で帝国を乗っ取ることを考えていた。そこにいる誰もがあいつを認めていたが故に、アルハイゼンの死は、帝国を大きく動かしたんだ。全て、あいつから始まっているんだ。」