不治の病について
病室に戻された私は、酷い倦怠感を覚えていた。先ほどの発作がこれを引き起こしているというなら、納得がいくのだが、それが、魔力欠乏症の一環だったなんて。病室にはエルドリックもついてきて、私が落ち着いたころに、ようやく重い口を開いた。
「単刀直入には無そう。ロウ殿、君は魔力欠乏症、末期患者と同等の健康状態だ。今はクレスの薬によって、進行と突発的な発作は抑えられているが、無理をすればすぐにでも命を落とすだろう。」
「本当に、魔力欠乏症なのですか?あの病気は、そんなすぐに体に異変が起きるような病気ではないはずです。」
私が知りうる症状は、徐々に体の体温が低下していき、体力の低下による合併症などによって命を落とすものと思っていた。要は、正常な身体状況を維持できなくなり、軽い風邪なんかにも抵抗力を失って亡くなってしまうということだ。
アルハイゼンの時だって、徐々に衰弱していったと聞いている。
「君がここで治療を受けて、既に10日ほどの時間が過ぎている。」
「10日!?待ってください。私、そんなにも長い間、眠っていたのですか?」
「そうだ。君を助け出した時、症状は既に悪化し始めていた。」
たった10日で、末期症状を発するほど病気が進行していたというのだろうか?ありえない。なにせ、ピスケスでのことが起きる前は、私は、いたって正常な身体を保っていたはずだ。・・・まさか。いや、確かに正常ではあったけれど、おかしな点がないわけではない。龍化だ。あれは、体に異変をもたらしてはいたけれど、病を誘発するようなものではなかったし、事実、発作が起こらなければ、健常者とかわらない。
だが、未知の現象であり、すべてアレンと私の憶測でしか診断はできていない。もしこの龍化現象が、この病と関係があるのだとしたら・・・。
「その様子だと、君も何らかの心当たりがあるようだな。ただ、今は置いておくといい。とりあえず、俺の話を聞いてからにしてくれ。」
「・・・あなたは、この病気について、どれくらいご存じなのですか?」
「ふむ、多くを知っているわけではない。だが、この帝国内においては、良く知る人物と言っていいだろうな。」
魔力欠乏症は、前例が少なく、それゆえに原因も対処法も見つかっていない、未知の病だ。わかっていることは一つ、この病気に罹ったものは、魔力が自然回復しなくなり、低体温に悩まされるということだけだ。
数少ない前例でも、その多くは貴族たちがかかっており、誰一人として助かったものはいない。症状が発覚してから、その人物の体力にもよるだろうが、大体半年もすれば、命を落としてしまうという。
「魔力欠乏症、初めてこの病が帝国で見つかったのは、1000年以上前だと言われている。当時の有力な名門貴族の令嬢が、この病にかかり命を落とした。当時は原因も掴めぬまま、その症状だけを記録し、後世に残している。その記録をもとに、今日までこの病の観察を行っていた一族がいるんだ。」
「初耳です。」
「そうだろうな。だが、1000年もの間にこの病を患ったのは、100人にも満たない。そして、発症者は半年もすれば亡くなってしまうため、この病の全貌を解き明かすの至難の業だった。この理屈は、君にも理解できるだろう?」
前世でも、人類が初めて遭遇する病や、何万人に一人がかかると言われている病気などは、究明するのが難しいとされている。あれだけの科学技術があっても、未知のものを解明することはできないのだ。
「ただ、今俺に仕えてくれているクレスという魔導士は、今代になってこの病を癒す糸口を見つけ出した。ほんの小さな希望だが、この病気の正体が暴かれようとしているんだ。」
「彼が、その一族のものなのですか?」
「ああ。初めてこの病を患った令嬢に仕えていた傘下の貴族だったそうだ。今では爵位もない、少しばかり裕福な医術士の家系だがな。」
「・・・・・・あのクレスという方、魔導士と言いましたか?」
「そうだ。」
医術士の家系で、どうして魔導士になったのだろうか。いや、別に職業選択の自由があってもいいとは思うが、その魔導士がどうしてこの病の糸口を見つけられるのだろうか?
「クレスは、長きに渡ってこの病にかかった人々の特徴、その共通点を模索し、ある程度憶測を立てた。その名の通り、これは魔力が枯渇する魔法だ。つまり、魔法を扱う人間にしか発症しない。対象は貴族たちに限られてくる。一般市民も魔力を持っていないわけではないが、普段から魔力を扱わない人種が、魔力を失ったところで体に影響は出ないだろう。」
「・・・この病は、医術ではなく魔法が関係していると?」
「さすがだ、ロウ殿。察しがいい。俺も、この病については、いくつかの推論を持っている。君が言ったように、これは魔法によって引き起こされる魔力の枯渇だと考えている。」
魔法による、魔力の枯渇?魔法を使えば魔力を消費し、ある程度無くなると、魔法を発動するために必要な分が無くなり、発動自体できなくなる。そうなると、人は休息をとることで、自然と魔力を満たすことが出来る。息切れを起こした時、大きく深呼吸するのと同じだ。人によって回復速度は異なるが、一日も休めば元通りになるのが普通だ。魔導士であれば、自身がどれくらいで魔力が無くなり、元に戻るのかは把握しているものだ。けれど、その自然治癒能力に問題が起きたのがこの病のだと思っていたのだけど。エルドリックは、それを魔法の仕業だと言ったのだ。
「何者かが、魔力を回復させない魔法を、生み出したとでも言うのでしょうか?」
「いいや、そんなあからさまな魔法があるなら、この世から魔導士なんて言うものはとっくに滅んでいるだろう。俺が言いたいのは、本人が自覚なしに魔法を使い続けることで、魔力が回復しないのではなく、常に消費され続けているのではないかということだ。」
「つまり、根本的な原因は、過剰な魔法の使用だというのですか?」
「そうだ。」
確かに、この世界の魔法には、使用中、魔力を消費し続ける魔法が存在する。永続魔法と呼ばれるものだ。発動するのに必要な魔力は少量で、その代わり断続的に魔力が減り続けるとても危険な魔法だ。
フロストが、ピスケスへ侵入するために使った巨人の魔法がいい例だろう。あれは、おそらく大地の記憶の魔法の亜種で、地面を別の形態へ変化させ続ける魔法なのだろう。あれだけの数の巨人を同時に操るだけでも大したものだけど、あの時彼女には多大な負荷が体に掛かっていたはずだ。
ちなみに、永続魔法を使用したまま、魔力が空になるとどうなるのかというと、当然魔法自体は消えてなくなり、発動者には、身体的な異常が現れるという。最悪の場合、意識を失い、ショック死する可能性もあると言われている。
「それは、ありえないのではないでしょうか?魔法の過剰使用によって魔力が無くなれば、魔法は消えるはずです。その時点で、発動していた魔法は消え、魔力を消費することも無くなります。」
燃料がなければ火が燃えないのと同じだ。魔力がなければ魔法は発動できない。どれだけ必死になっても、自分の魔法で魔力を消費し続けるという行為自体無理なはずだ。
「確かに、そんな自滅行為を行うことは不可能だ。だが、自分の魔力ではなく、他の誰かの魔力を使ってしまったらどうなると思う?」
「・・・他の・・・誰か?」
「ふむ、君の体で例えてみようか。君の魔法特性、竜使いは、アダマンテ家のみが有する魔法特性だ。その血を引く者しか、その魔法を発動することはできない。他の誰にもその魔法を真似することはできない。この理論は未だに、謎が多いことだが、肉体や血にそれを成すために必要な要素があると考えられている。血縁で遺伝する故に至る結論だ。そこで俺は考えた。子をなす、という方法以外で、直接、君の血液等を摂取した場合はどうなるのかと。血や体に特有の魔法を発動する基礎があるなら、それを使えば、疑似的に他人の魔法特性を受け継ぐことが出来るのではないか、とな。」
「それって、・・・。まさか、貴方は!?」
どこかで聞いたことがあるような話だった。そうだ。私を暗殺しようとしてきた、あのハートが、似たようなことを言っていた。心臓を移植されて、魔法が使えるようになったと。
それに、ジエトたちの前でやって見せた、血液を使った継承実験。まさかエルドリックが、私と同じ結論に至っていたなんて。
「仮にその方法で、魔法を継承できたとしよう。一時的にでも、その魔法を使えるようになった後、それに必要な魔力を消費しきってしまったら、もともと考えられていた、魔力欠乏症に至るのではないか?」
「枯渇しているのは、自身の魔力ではなく、他人の魔力だと?」
「君がいい例だ。君は、君自身が持っている膨大な魔力に加え、もう一つの魔力器官を持っているだろう?」
っ、どうしてそれを?いや、龍化についてはロイオには話してしまっている。息子であるエルドリックにも話がいっていてもおかしくはない。
「君は、もう一つの魔力がほとんどなくなっている状態だということだ。そして、それは自然回復はしない。自分の魔力ではないからな。だから魔力欠乏症が起きている。と、俺はそういう風に考えているんだが、ロウ殿、君の意見を、聞かせてくれないだろうか。」
エルドリックは、ただ淡々と持論を語っているだけなのに、こんなにも追い詰められているような感覚になるのはなぜだろうか。私は初めて、このような人間とこの世界で出会ったようだ。こんなにも何もかも見透かしているような人と。