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ロードオブハイネス  作者: 宮野 徹
閑章
106/153

夢の終わり

やがて私は、王国から正式な勅命をもらい、アルハイゼンの婚約者となることが公表された。許嫁になるにあたり、父が王城に招集され、リンクス家とのささやかな宴が開かれた。個人的にこういった催しにはあまり参加したくはないのだけど、これも貴族としての仕事だ。あのアルハイゼンも我慢して参加しているのだから、私も素直に愛想を振りまくべきだろう。

宴と言っても、本命は父と、国王であるジエトの会談が主目的だ。父は、自分の娘が王家に携わることに賛同も反対もしないと言っていた。アダマンテ家は、もとより長く帝国の北部領を治めている名家だ。これ以上の地位や名誉は、望んでいないそうだ。まぁ、何しろ公爵家が抱える領民の数は膨大だ。その責務を全うするだけでも、重大な責任だ。そこへ王家への加入で帝国全体の政治にまで手を出してしまえば、きっとまともに仕事を回すことが出来なくなるだろう。

私が女でよかったと、父は言っていた。殿方として王家に参入すれば、必然的に国の頂点に立たざるを得ない。女であれば王になる可能性がないわけではないが、それでも責任の重大さが異なってくる。要するに、養子として出されるか、貰うかの違いだ。私が男であったならば、アダマンテ家が帝国王族の一員となり、第一王家となるか、単に私が嫁養子と出されて、リンクスの名をもらうかの話だ。

父は、まだ13だという私の婿候補を厳正に探しているらしいけど、相手があのアルハイゼンだと聞いてからは、そう言った話は聞かなくなった。あれほどまでに溺愛している割には、随分素直に嫁に出してくれるものだ。

「それでも、口惜しいものは口惜しいさ。大事な娘だ。ベルタにも君を生涯愛し、守り続けると誓っているんだ。例え離れ離れになろうとも、ロウは私の娘だ。」

「お父様・・・。ありがとうございます。」

「殿下とは、仲良くしていただいているのだろう?」

「ええ。まぁ。年も近いおかげで、お互い身分にふさわしくない言動をしてしまう時もありますが・・・。」

「はっはっはっは。そのくらいの方が気楽でいいだろう?私が、君のお母さんと初めて会ったときは、そうも言ってられなかったからね。」

父は婿養子だ。アダマンテ家の継承権を巡って、父も苦労をした時期があるのだろう。これだから、身分の差というのは面倒くさいのだ。

婚約は滞りなく行われ、契約書に筆を施し、ようやく落ち着きを取り戻した。今後、両家の間に大きな確執でも生まれない限り、覆ることはないだろう。今後とやかく言う輩も減ってくれるはずだ。まぁ、私に対する忌避の視線は変わらないだろうが。私が本当の意味で人々に認められるのは、きっと多くの時間が必要になるのだろう。



アルハイゼンは、王子だけど、既に一介の政治家として名を馳せているため、帝国議会にはちょくちょく参加しているようだった。私も私で、フィリアオール様から王妃に必要な教育を施されながら、王城での日々を過ごしていた。王妃の国においての主な仕事は、各公爵家や州公たちの監督、他国との外交などがある。とはいえ、帝国はどの国とも同盟等は組んでおらず、そもそも1300年もの間、外国との接点を持ったことがないのだ。よってほとんどは内政基盤を固めることに注視され、多くの貴族たちと関りを持つことになるだろう。

それ以外の時間では、王城書庫へと足を運び、魔導書や歴史書なんかを読み耽っていた。件の禁術が記されていた禁書も、まだいくつもの魔法が記されているような気がして、繰り返し読み解いていた。魔法の研鑽も、日々怠らずにしていれば、自身を気づつけることなく扱えるようになるだろう。

充実した日々を送っていると、ふとした瞬間に、いろんなことを思い出してしまうものだ。異世界に転生して13年。前世の自分とは、とっくの昔に決別したけれど、今自分が懸命に歩んでいる人生は、かつての人生と比べるととてつもない異質なものだ。ロウとしては、この道はとても意義のある者だと思えるけど、〇〇〇〇としては、文字通りファンタジーの世界、小説の中のお話だ。こんなことをして、意義はあるのだろうかと、考えてしまうこともある。

まだ結婚したわけではないが、少々マリッジブルーになっているのかもしれない。イライラしているわけじゃないけど、胸にぽっかり穴が開いたような、空虚感があるのだ。いろいろやっているから、疲れているのかもしれない。一人私室のテラスに持たれていると、自然と子守歌を謳っていた。幼いころ、母が歌っていた子守歌を。母の顔はほとんど覚えていない。物心がついたころには、既に床に伏し、気づけば故人となっていた。思い出はほとんど記憶にあらず、唯一あるのが、この子守歌というわけだ。父よれば、私が赤ん坊のころからよく聞かせていた歌だそうだ。だから耳に残っているのだろう。歌詞はない。鼻歌でメロディを口遊むだけだ。そうしているうちに、酷い眠気が襲って来てしまった。自分で歌う子守歌で眠ってしまうなど、間抜けな話はないけれど、いつまで意識を保っていたのか、夢の中でも歌い続けていたのか、どうやらそのまま眠ってしまったようだった。

その証拠に、目が覚めた時私はテラスではなく、私室のソファまで連れてこられていた。目を開けると、どうしてか天井ではなく、アルハイゼンの素顔が見えていた。うつ伏せに寝ていることはわかるのだが、後頭部には枕ではなく、人肌のぬくもりが感じ取れた。どうやら彼は、淑女の部屋に入り込んだだけでなく、本人の許可を取らずして膝枕をしているらしい。ついでに、私の寝顔を至近距離で拝見していたはずだ。まったく愚かな行為を、万死に値するのではないだろうか。

「・・・私でなければ重罪ですよ?アル。」

「寝起き開口一番がそれか?もっと初々しい反応をしてくれると期待したんだが。」

その手のことを私がしないことを、知っているくせに・・・。彼は私の頬をなぞるように撫でてきて、おそらく雰囲気づくりをしているのだと思うが、それくらいでは私はときめかない。いや、もとより彼を、そういう目で見れるほど私は大人ではない。前世の25年という歳月を足しても、私は恋愛には青い。だけど、膝枕をされて、肌を触れられても、気持ちが昂ったりはしない。むしろからかわれていると感じてしまう。妹で遊ぶ兄のよう、彼は私で遊んでいるのだ。

「歌が、上手いんだな。」

「歌?」

「寝ながら歌ってたぞ?きれいな声だった。」

「・・・母の、歌です。唯一の思い出ですから。」

なおも彼がほっぺたを弄り回すから、払いのけて私は再び彼の膝の上で目を閉じた。

「議会はどうでしたか?」

「まぁまぁだな。退屈ではあるが、帝国議会は、文字通り国が動く。無下にはできないさ。」

「意外です。自由を愛するあなたが、厳格な言動を求められる議会には、進んで参加するなど。」

言葉遣いはもちろん、自身の意見が受け入れられないからと言って、熱くなる議員もいるというのに。そんな面倒くさいもの、この人ならば嫌うだろうと思っていた。

「・・・俺は別に、王子であることを嫌だと思ったことはない。一人の子供として受け入れられないことが嫌なだけで、帝国を導くという使命を放棄したりはしないさ。」

「なぜ?」

「やりたいことがたくさんあるからさ。今でこそ、理想を多く語る王子として見られているが、俺が国王になったときには、それらは全て現実にして見せる。帝国に住む臣民たちにさらなる発展をもたらす。それについては、俺は心を躍らせている。楽しみでしょうがない。」

「・・・その理想、お聞きしても?」

「もちろんだ。俺の理想はな、ロウ・・・。」

彼が語る理想は、決して夢物語ではなかった。酷く現実的で、私の知識でも理解できるような実現可能な未来の帝国の在り方だった。寝起きで頭がぼーっとしていたから、ほとんど入ってこなかったけれど、彼の楽しそうな表情を間近で見れて、とても穏やかな気持ちになっていた。

「それはまぁ、大層な夢想だことで。」

「夢想じゃない。いずれかなえてみせるさ。・・・なぁ、ロウ。歌ってくれよ。」

「歌うって、母の子守歌をですか?」

「お前の声が聞きたいんだ。」

「・・・・・・はぁ、まぁいいでしょう。」

人前で歌うのは照れ臭かったけれど、それで彼が喜ぶなら安いものだ。

私はまた、鼻歌を奏で始めた。喉と鼻の奥が震える響きを発し、リズムに合わせて足をパタパタとさせて。詩もない歌を、膝枕の主はただ静かに、それを聞いていてくれた。

この時間を彼はどう思っているのだろう。




あの時間を彼はどう思っていたのだろう。

あれからすぐに、彼は不治の病を患った。そして、半年もせずに、帰らぬ人となってしまった。最後まで私の子守歌をせがんでいた。彼がそれを謳ってくれることはなかったのだ。

そんな彼が、再び私の頭を膝に置き、かつて私が歌っていた子守歌を謳ってくれたのは、正しく夢なのだろう。

「・・・ねぇ、アル。どうして、亡くなってしまったのですか?」

「随分寂しそうな声音だな。お前らしくない。凛としたお前はどこへ行ってしまったんだ?」

「答えてください。あなたの理想は、運命すら超越できると思っていたのに。」

「・・・さぁな。そんなの俺にもわからん。」

彼の表情はすがすがしいものだった。まるで死んだことに何の後悔もないかのように。いや、そもそも死んだ者の意思が見えているわけじゃない。これは私の夢。私の記憶が、彼を呼び起こしているに過ぎないのだ。それでも彼を目の前にして、私はどうしようもなく切なさをかみしめていた。もっと一緒に、共に時を過ごしたかったのに。

「帝国は、大変なことになっていますよ?」

「みたいだな。だが俺は、何も心配していない。」

「陛下がいるからですか?」

「お前がいるからだ。」

私なんて・・・魔法の才能はあれど、大勢の臣民を救うことも出来ず、友人と思っていたアレンには裏切られるし、腕を食い千切られて、生きているかどうかもわからないのに。いったい何ができるというのだろうか。

「できるさ、お前なら。」

私は、貴方のように何でもできるわけじゃありません。

「お前にできることをやればいい。」

できることをやった結果が、この様です。

「なら、今までできなかったことをできるようになるしかないな。」

出来なかったこと?

「あぁ、お前は、端から見ても優秀で、事実その気になれば何でもできるだろう。だが、所詮は一人の人間だ。優秀が故に、見えるはずの活路に盲目となっている時もあるだろう。」

何を、言っているのですか?

「ロウ。お前なら帝国を導ける。それは王でなくともできることだ。そしてお前は自由だ。誰を気にすることもなく、己の信念だけでどこまでも突き進むことが出来る。あらゆるものを利用してでも、例え非道と呼ばれる道だったとしても、お前に害成すことではない。お前にとって、その傲慢こそが自由の象徴だろう?」

・・・・・・・・・アルハイゼン、貴方はずっと、私の本質を見抜いていましたね。

「はっはっは。いつまでも俺の幻想にしがみついててもしょうがないからな。いい加減新しい相手を見つけろ。」

それは、まるで自分が私に言っているようですね。あなたは私の夢が作り出した幻なのに。

「・・・本当にそう思うか?」

え?

「・・・・・・見ているよ、お前が歩む道を。・・・負けるなよ。」

アルハイゼン?・・・アル?アル!?まって、行かないで!



私を膝枕していた気配は、ゆっくりと歩き去っていくのが確かに見えた。間違いなくあの背中は、彼のものだった。夢だと思っていたこの空間は、一体何なのだろうか?アルハイゼンの気配が消えた後、体が異様に重くなり、酷い眩暈が襲い掛かってきた。そして目の前が真っ暗になっていったのだ。


読んでくださり、ありがとうございます。

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