剣術に込められる真意
食事を終えた後、私は約束通り彼に剣術を指南してもらうことにした。
「褒美と言っていたが、本当にこんなことでいいのか?」
「ええ。剣術においても、貴方は確たる才をお持ちでしょうから、師としては十分かと。」
「いや、俺が言いたいのは、褒美というからもっと・・・、まぁいいか。」
なんだか気に入らない様子だったけど、そういういやらしい一面があるわけでもないだろうに。正式に許婚となった今なら、別に気にはしないけど、そういうのは、もう少し私が大人になってからにしてもらいたいものだ。せめて15は過ぎてからにしてもらいたい。
稽古用の得物は、木剣ではなく、刃の無い鉄の剣だった。13の少女が持つにはいささか重すぎるような気もするが。両手で持ってようやく振ることが出来るくらいだ。
「剣を始めるならば、まずはそれを自在に操れる肉体を作らなければならない。その剣は剣の中でも一際重い部類だ。それが振れるようになれば、どんな剣でも触れるようになるだろう。」
「理屈はわかりますけど、随分スパルタですね。」
「俺もこうやって剣に触れ始めたんだ。6歳の頃にな。」
それはそれは、ご愁傷様。同じ目に合わされる今の自分にも同じ言葉をかけたい。だが、頼んだのは私だし、剣を習いたいと思っているのも本当だ。いずれ、私に必要なものだと思っているから。
「まずは、型稽古からだな。横に並べ。俺と同じ動きをして合わせてこい。」
アルハイゼンが剣を構え、私もそれに倣って同じように剣を構える。彼はその姿勢をピクリとも動かず維持できるけど、剣を持ち上げるだけでプルプルと震える私には過酷な時間だった。
「最初はそれでいい。少しずつ慣れていくさ。まずは右斜め上からの切り払いだ。ゆっくりでいいから真似をするんだ。」
そうやって始まった剣の稽古は、思っていたよりも辛いものだったけど、私が望んだとおり、彼と共に流す汗は、不思議と心地よいものだった。初日では、出来ることは限られていて、ほとんど型を覚えることしかしていなかったけど、一通り終えた後の確かな成長感は、初めて魔法を習得したときと似ている。まぁ、魔法ほど直感的にできているわけじゃないから、剣の才能は魔法ほどではないだろうが。
「腕が痛むか?」
「ええ。この状態じゃ、匙を持つのも一苦労ですね。」
「だろうな。稽古は3日に一回だ。体が出来上がるまではな。」
「ありがとうございます。アル。」
それにしても、彼が教えてくれた剣術の方は、事前に調べていたどの流派にも属さないもの。初めて見た時も思ったが、彼は度の流派でもない剣技を身に着けているのだ。
今までの傾向というか、彼のことだから、自分自身で編み出したのだと思ったけど、彼も誰かから剣を教わったと先ほど言っていた。我流剣術を教える師範などいるとは思えないのだが。
「・・・ふと気になったのですが。アル、貴方の剣の師匠は、どういった方だったのですか?」
我流であれば、自身で剣術を編み出したと推測できるけど、誰からか教わったのであれば、それは我流ではない。
「・・・別に、誰から教わったわけじゃない。」
「でもさっき、6歳の時に、触れ始めたって・・・。」
「・・・・・・、信じられない話かもしれないが、誰かが見た剣を見よう見まねで振っていたんだ。そしたら、習得できた。」
それは、まぁ、アルハイゼンなら可能なことだろう。
「だから、夢の中に出てきた人の剣を真似てみたんだ。」
「・・・・・・あなたも冗談を言うのですね。」
「冗談じゃないぞ?はぁ、俺は本気で言っているつもりだ。夢に出てきた白髪の青年の剣を、不思議なことに、この目で見てきたかのように覚えているんだ。夢の中のことなんて、何年も覚えていられるわけじゃない。それに、その青年の剣技は、俺が知るどの流派の剣技よりも力強かった。流派の良し悪しを語るつもりはないが、あれこそが俺が思う最良の剣だと思う。だからそれを極めたんだ。」
おとぎ話を信じる子供のような発想だけど、現にアルハイゼンは、その剣技を身に着けている。それは彼が才能ある故かどうかはわからないけど、不思議な現象だ。白髪の青年なんていう美化された存在を夢に見るような、メルヘンな内面性を持っていることには、いろいろと突っ込みたいところではあるけど、夢の内容を鮮明に覚えているというのは、魔導士としては興味深い現象だ。前世では、夢に関してはある程度解明されていたけれど、この世界ではそういった知識は存在しない。かろうじて占星術に関係してそうな気もするけど、所詮は占いに過ぎない。アルの言うことが本当なのであれば、何らかの外的要因を疑うところだ。
「つまり私は、その夢の中に出てきた剣術を伝授されているということですね?」
「今更嫌だと言っても遅いぞ?お前は、俺の我流剣術の継承者になるんだからな。」
嫌ではないけれど、無名で得体のしれない流派の剣術を覚えていいものか。別に誰かに見せびらかすわけじゃないし、実用的に仕えるのであればいいのだけど。
「ちなみに、この剣技、アルからしてどんな特徴があるのですか?」
拳銃tには流派ごとに特徴がある。私は素人だから、そのあたりのことには疎いけど、アルハイゼンならばわかるだろう。
「特徴か・・・。数ある流派には、優美、剛力、速戦、など様々な特徴を持っているけれど、この剣術の特徴は、そのどれとも当てはまらないだろうな。」
まぁ、我流剣術なんだから当然だろうに。彼だけが扱う剣術なのだから。
「では、この剣術の真理とは?」
「・・・・・・・そうだな。死、だな。」
「死?」
「あぁ、俺の主観だけどな。剣術っていうのは本来競い合うために編み出されたものだ。誰が一番の剣術使いか。それを認められたものが流派を開き、己の剣技に名を与えるんだ。剣と剣で戦うことを想定し、相手を打ち負かすことを目的としたものが剣術だ。」
「アルのものとは、どう違うのですか?」
「これは、簡単に言えば、殺すための剣だ。」
そう言うアルの表情は、少しだけ悲しそうに見えたのは私の気のせいかもしれない。だけど、その言葉が意味することを、私は瞬時に読み取ることが出来た。
人、あるいは獣、総じて敵となる相手を殺めるために、生み出された剣術。そう、本来の剣術は相手の命を奪うことはしない。寸止めという言葉があるように、剣の腕を磨く者同士での戦いは相手を殺めるまでは至らない。怪我を負わすことはあっても、それは名誉の負傷として扱われる。だが決して命を奪ってはならない。そういうものだ。
つまり、アルが見出した新たな剣術は、剣術とは呼べない。人を殺すための技術ということだ。
「・・・意外と、言葉が下手なのですね。」
「なにがだ?正直にものを言っただけだ。俺のこの剣術、夢で見た白髪の青年は、常に人を殺し続けていた。剣士として、一流なのは間違いない。誰にも負けない剣を振るうのだから。それは誇るべきことだ。だけど、この国の剣術大会には出れそうにないな。」
魅せる剣技と、殺すための剣技の違いだ。どちらにも意味があり、この国で後者は剣術と呼ばないだけだ。残念なことではあるが、私としてはその方がありがたかった。
「・・・私が剣を学ぼうと思ったのは、いずれ私は、翼竜の部隊を率いて、北部戦線の要となることが決まっていたからです。自分の身を守るため、そして、この国の敵を討ち倒すために。ですから、殺すことを想定していない、生ぬるい剣術では、心もとなかったでしょうね。」
別に彼を慰めているわけではないけど、彼が見出した剣術にも、意味があることを私は理解している。それに、彼は敵を殺める剣と呼んでいたけど、私はそうは思わない。
「俺の妃になったら、お前が戦場に出ることは無くなるかもしれないな。むしろ、王城が翼竜の巣窟になっているかもしれないぞ?」
「それは、なかなか面白いですね。翼竜の巣は巨大ですよ?一度巣が出来てしまえば、王城のみならず、グランドレイブの霊峰全てが、彼らの家になってしまうでしょうね。」
私が冗談を言うと、彼はふっとはにかんでくれた。冗談じみて言ったのは間違いないけど、実際に翼竜たちが一度巣を作ってしまうと、本当に大変なことになるから笑えないのだが。
「まぁ、人を殺すためだろうが何だろうが、私は気にしません。ご指導のほど、よろしくお願いします。」
「公爵家の令嬢が殺人術を学ぼうとしてると知ったら、また変な噂が立つな。」
「ふふふ。人を殺す術ではありませんよ。」
「ん?」
本当にこの人は、自分に素直なのだろう。それでいながら、少しばかり鈍感なようだ。
彼の夢の中に出てきた、白髪の青年とやらがどうだったかは知らないけど、人を殺すための剣、とは、使い手によってその意味が変わるはずだ。
「あなたは決して、無意味に人を殺めたりはしません。そうでしょう?だからこそ、その剣はこう呼ばれるはずです。人を守るための剣、と。」
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