真価
熱い。腕が焼けるようだった。いや、実際に腕は火が燃え上がり、皮膚がチリチリと焼けている。袖は肩まではだけ、顔も髪の毛にも火が映っている。この小さな太陽を手に持っていられるのもそう長くはないだろう。だけど、勝負は時期に終わる。その瞬間まで維持できればいいのだ。
この小さな太陽を、ブレンデット侯爵令嬢へ放てば、おそらく泉の階は、大爆発とともに大崩壊してしまうだろう。もっとも、彼女が作り出した巨大な火球も、その熱量が解放されれば階一帯は火の海と化す。どちらもこの巨大な力を解き放つわけにはいかない状況だ。もとより、魔法決闘は命を奪うための戦いじゃない。お互いの誇りを賭けて、力を見せつけあう場だ。これらの魔法を直接ぶつけある必要はない。あとはどちらかが、負けを認めるか。眼前の強大な力に屈するかだ。
「・・・・・。」
「・・・強情な子。わたくしはいつまでも、このまま待っていてもいいのよ?あんたの体は燃え続けるけどね。」
確かにそれをされると、私はどうしようもないけど、カマのかけ様ならいくらでもある。私は、熱さに耐えながらゆっくりと彼女たちに向かって歩き始めた。
「なっ!?やめないさい。そんなもの持って近づかれたら・・・。」
「ええ。あなたたちもただじゃおかないでしょうね。」
「く、狂ってる!わたくしは丸焼けになるのはごめんよ!」
そういって逃げようとするのは、前衛で雷の矢を放っていた一人だ。彼女だけではない。ブレンデット以外の者たちは、滅びの真炎を前に、決闘場から逃げ出そうとしていた。彼女たち遊んでいた精霊たちは、未だに彼女たちの甲冑やらスカートやらに噛みついたままだ。
私は歩みを止めることなく、彼女たちの前に立ちふさがった。
「このまま私の魔法を、貴方たちにぶつけます。」
「っ、そ、そんなことして、何になるっていうの?」
「お忘れですか?これは、決闘ですよ。」
「それが、なにっ・・・。」
「今、この光景を目を丸くして見ている、あの人に私たちの戦いを見せつけるためですよ。」
私がそう言うと、ブレンデットは傍観側にいるアルハイゼンを見た。私には、彼女がどこまで本気で、彼の横に立つ気があるのかはしらない。だけど、彼女とて女だ。王の花嫁になるという名誉以外にも、相応の想いがあると信じたい。
「あなた、陛下や殿下に被害が及ぶような、暴挙は許されないわよ。」
「・・・覚悟の上です。あなたたちとの決闘に勝てるのなら・・・。」
さて、どこまで冷静でいられるか。ブレンデットは既に顔は引きつっているけど、まだ精神は落ち着いている様子だ。私との距離がまだあるからだろう。この劫火の熱に触れれば、彼女も今のままじゃいられないはずだ。私はなおも彼女へ向かって歩を進めた。
「っ、と、止まりなさい!」
彼女の言葉を聞く気はない。互いの誇りを賭けての決闘なのだ。ブレンデットとの距離が詰まる。私は、滅びの真炎を手に持ったまま、彼女に近づき続けた。他の7人は、もう、腰を付き、じりじりと下がるだけ。今にもはじけそうな互いの火の玉に視線を釘づけにしていた。強烈な火によって、互いに視線を交わすのも困難なくらいな距離になると、引きつっていた彼女の頬には、汗が浮かび上がっていた。そんな彼女に、私はふっと微笑んで見せた。
「さぁ、どうしますか?ブレンデット。その頭上の巨大な火球と、私の小さな太陽。比べてみますか?」
そんなことをすれば、この階は滅茶苦茶になるだろうし、おそらく私も彼女も無事じゃ済まないだろう。
「こ、これは決闘です。そんなことをしても、何の、意味も・・・。」
「どうでしょうね・・・。あなたが来ないのなら、私が終わらせてあげましょう。」
そういって、掌の小さな太陽を天へと掲げ、手首をふいに返して、その輝きを墜とした。
「や、やめなさい。やめて、お願い、し、死にたくない!」
火は物質ではない。重力の影響は受けるけど、その落下速度は本当にゆっくりだった。それが地面に落ちた瞬間、ここは大爆発に見舞われ、火の海と化すのだ。
「やめて、やめて、いや!いや!!いやぁぁあ!!!」
集中が消れたのか、彼女が掲げていた火球は霧散していき、私が落とした小さな太陽に吸い込まれるように消えていった。・・・・・・もう十分だろう。
「・・・・・・堕ちよ、太陽!」
「やめてぇ!!!!」
「消去。」
地面に着地する寸前に、私は彼の禁術の魔力を消し去った。バチン、という何かがはじけるような轟音を発して、小さな太陽は跡形もなく消え去った。その熱量が生み出した風が暴風となって泉の階を駆け抜けた。私の腕を焼いていた火も、その風によってかき消され、私の目の前で立ち尽くしたブレンデットを押し倒すくらいの勢いがあったようだ。
こんな終わり方では、勝ち負けなど決めようもないかもしれないが、現に私以外の令嬢8人は、地に伏している。この決闘場で立っているのは私だけだ。私は、やけどの痛みを必死に堪えて、彼女たちを見つめていた。
「・・・・・・そこまでです。もうよいでしょう。決闘委員会は、魔法決闘の終了を宣言します。」
「・・・はっ、待ってください。わたくしたちはまだ、負けてなどいませんわ!」
彼女はそういうが、その言葉は悪手だろう。
「ブレンデット侯爵令嬢。まだ、我々はあなた方が負けた、などとは言っていませんよ。」
「あっ・・・。」
そう。その言葉は自身が負けを認めているようなものだ。貴族の間では、沈黙は美徳である・・・。
「ジエト陛下。決闘委員会は、現状勝敗を決められません。ですが、アダマンテ公爵令嬢の力は、何よりも秀でたものであると、我々は考えております。」
「・・・うむ、ロウ・アダマンテ・スプリング。見事な魔法であった。少しやり過ぎな気もするが、それだけ本気だったということだろう。」
「お褒めに預かり、光栄にございます、陛下。」
「次に、この決闘を望んだ8名の娘たちよ。そなたらも、己が魔法を十分に発揮したのだろう。だが、これが現実である。次期王妃の選定は、確かに極秘裏に行われていた。だが、アダマンテ家は不正にその座を手に入れたわけではない。帝国を導く存在として、ロウは相応しい力を持っている。そなたらに、彼女に勝る要素があるというのなら、いくらでも進言してくるといい。それがどれほど重い意味を持つか、今回の件でわかっただろう。次期王妃の選定は、そう安々と覆るものではないのだ。」
ジエトの言葉に、彼女らと、彼女らの家の者たちは、うなだれてしまった。誰も甘い考えだとは思っていなかっただろう。中には、本当に私に魔法で及ぶと考えていた者もいるだろうに。何せ、今の私は、13歳の生娘。貴族は一般人よりも、大人になるのが早い。けれどそれは、形式的なことだ。所詮中身は子供に過ぎない。どれだけ飾り立てようとも、幼い子供には変わりないのだと、そう思っていたはずだ。
「我が息子の戯れも、決して茶番などではない。このようなことでも、次期王妃の選定であることには変わりない。」
・・・、それはうまく言い過ぎだとは思う。アルハイゼンはこれを茶番以外には思っていないだろう。現に彼は、どうにか笑いをこらえようとして、変な顔をしている。まったくあの男は・・・。
「さぁ、皆よ。ロウ・アダマンテ・スプリングがアルハイゼンの伴侶として、相応しくないと思うであれば、名乗りを上げよ。そなた等の家名に賭けて。」
ようやく、一件落着と言ったところだろうけど、私はこれから、嫌なあだ名がつくのだろうと思っていた。有名な貴族にはよくあることだ。今でこそ、奇跡の申し子、などというあだ名があるのだ。おそらくもっと、悪口のような汚い言葉で穢されるのだろう。
ジエトの言葉に、反論を申すものはいなかった。これにて、魔法決闘による、私の真価は証明されたのだ。
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