火の大きさ
六竜顕現。六体の属性の守護精霊を同時に召喚する。守護精霊とは、その名の通り術者を守護する精霊だ。精霊というのは、・・・説明が難しいのだけど、言葉の通りの存在だ。精霊は精霊。そういう生き物だ。そう、生き物なのだ。魔法によって生み出された、意志ある生命体。本来は適正ある属性しか守護精霊として生み出せない。だから、本来であれば、私も火属性の守護精しか生み出せない、はずなのだが。
「全ての属性の、精霊?」
「あ、ありえない。」
そのありえない光景を見て、相対する令嬢たちはお手本のような狼狽様だった。全ての属性が眼前で揃う光景など、金輪際ないだろうから、しっかりと目に焼き付けるといい。
「6属性全てを扱えるなんて・・・。でも、だからと言って力で及ばないわけじゃない!詠唱を続けて!複重魔法が完成すれば、守護精ごと焼き払える。集中なさい!」
彼女、決闘前に噛みついてきた彼女が、どうやら8人を統率しているようだ。複重魔法を提案したのも、彼女だろう。侯爵家の人間だったから、一応彼女らの中では身分が高いのだろう。身分が高いということは、それだけ力のある家。侯爵家ともなれば、稀有な魔法特性を有していてもおかしくはない。複重魔法は、威力こそ絶大だけど、発動までに時間がかかる。それに、複数人で魔法を展開しても、実際に発動するのは1人である。複重魔法はいうなれば足し算の魔法だ。足して足して足して、満たされた魔力の塊を、一人の術者が魔法として放つのだ。今回は4人で行っているから、その分だけ時間は早くなるが、魔法そのものを発動するのは、結局一人なのだけだ。その実行役が、彼女なのだろう。
「「「「雷よ、貫く矢となり駆け抜けろ!駿槍」」」」
懲りずに、同じ魔法を・・・。
「お行き!あの子たちを食い散らかせ!」
私が精霊たちに命令を下すと、6体の精霊が雷の矢を防ぎながら、前方の4人に襲い掛かった。
「ちょ、ウソでしょ。この、近づくな!」
「冗談じゃないわ。どこが8対1よ。話が違うわ。」
「と、とにかくブレンデット様の魔法の邪魔をさせてはいけません。」
あの侯爵家の令嬢、ブレンデットっていうのか。確かに8対1というのは、現状間違っている。この決闘は確かに8人の令嬢と、私が相対しているけど、前方の4人は間違いなく6対4だ。数の優位というのは、私にとって意味を成さない。これがその証明だ。
――― コロシテ イイノカ? ―――
「ダーメ。少し驚かせるだけでいいから。時間を稼いで。」
火の精霊、赤いトカゲに羽が生えたような生き物だけど、一応子供の翼竜の模しているつもりだ。竜使いで言葉を交わすことが出来る。精霊は意志ある生物だから、当然己の言葉で会話もする。まぁ、これはアダマンテ家に許された特権だけど。
火の精霊は、他の守護精霊に私の意思を伝えたようで、彼らはいやがらせにも等しい行動に始めた。具体的には、まぁ、靴に噛みついたり、衣服を少し破ったりとか。いわゆるおはだけをさせてしまっている。悪戯にしては随分可愛らしいものだが、年頃の娘たちには十分効果のある攻撃だろう。
「ちょっとあなたたち、まじめに戦いなさい!」
「でも、・・・服が・・・。」
破れているとはいっても、スカートの裾に切れ目が入ったり、袖がちぎれたりその程度なのに。一々大げさな。いや、年頃の娘としては、正しい反応なのだろう。・・・あれくらい恥じらいがあったほうが、男は可愛らしいと思うのだろうか?私はやらないけど。
――― ヌノ ウマイ ―――
「かわいそうだから、あんまり食べないで上げて。」
おかげで前衛4人の動きを封じるには十分だ。彼らが遊んでいるうちに、こっちもあの複重魔法に対抗する魔法を展開しないと。ただ、その前に・・・。
「ふぅーーーー・・・。ブレンデット侯爵令嬢。」
「っ!?」
私は大声で彼女の名を呼び立てた。
「・・・複数人で行う複重魔法は、術者の負担が大きく、全員分の魔力を統率するのに、かなりの調律能力が求められます。故に、4人以上で行う複重魔法は、ほぼ不可能と言われています。」
「・・・だから、何!」
この状況で何を言っているんだと思うだろうが、これから言う言葉は、本心から言うものだ。
「見事な手腕です。8人の適正内で、最善の策を見出したのでしょう。そのうえで、最高難易度の複重魔法を選択する覚悟。私も相応の礼儀を以て、貴方の魔法に打ち勝って見せます。」
「・・・。」
できることなら、彼女とは、違う形で出会いたかったものだ。己が道を開きたいのであれば、言葉に真を宿し、行動に移すべきである。私の矜持のようなものだ。
決闘が始まる前は、六竜顕現を発動した時点で、どうにかできると思っていた。だけど、どうやら、彼女らは私の予想以上にやり手だったようだ。もっと、楽な戦いになると思っていたが、私の慢心が過ぎたようだ。
だから、今持ちうる最高の魔法で、ブレンデットと向き合うのだ。
「行きますよ。ブレンデット侯爵令嬢。私の全身全霊をお見せします。」
まだ、読み解くことで精一杯だった、とある魔法。アルハイゼンの王妃候補となることで、出会うことが出来た禁忌の魔法。まだ詠唱だって不完全で、発動にすら時間がかかる。どれだけ魔力を持っていかれるかもわからない。それでも、今ここでその力を発揮する大きな機会だと、私は思っている。相手はそれだけ者だと、私は認めているのだ。
私は、アルから授かった短剣を左手で構え、その切っ先を、右の手のひらへと向けた。
「・・・始まりは転生。苦難の末、たどり着いた真実。謳われる英雄譚。しかし、汝を照らす光なし。汝の未来に希望なし。汝の言葉に、偽りはなし。されど、汝の信念。汝の・・・・・・貴女の、変わることなき絶望。それを、わが身で体現しよう。」
短剣に魔力に集まっていく。紅い、クリムゾン・ダイヤモンドの宝石が、輝きを増していく。やがて宝石から、仄かな熱量が赤いオーロラのように立ち上り、私の右の手のひらに集まっていく。
「貴女を謳う、太陽の力。貴女を焦がす哀しみの火を、大地を焼き払う光を、今ここに。」
紅いオーロラは、掌で光へと変わり、皮膚を焦がすような熱へと変わった。文字通り光は、火、そのものだ。近づくだけで、熱いし燃える。掌だけでなく、右腕は燃え上がってしまっていた。
「ロウ!」
大声で叫んできたのは、アルハイゼンだった。
「何をやってる!腕ごと燃やすなんt・・・。」
「黙っていてください、アル!」
「っ・・・!?」
右腕は確かに燃えていた。熱いし、皮膚に焼けるような痛みがあるし、意識が飛びそうだった。意識の方は、熱さのせいなのか、魔法に魔力を持ってかれたからかはわからないけど。
だけどこれは、魔法決闘。互いの誇りを駆けた、正真正銘の決闘だ。例えこの右腕が焼け爛れようとかまいやしない。
「ふー・・・。遥か彼方、白の神と謳われた、太陽を司る御身の権能を、我が身にお譲りください。・・・・・・滅びの真炎。」
詠唱の完了と共に、手に平に小さな太陽が現れる。その膨大な熱量が生み出す圧力が、衝撃波のように伝わってくる。熱は、私の髪を焦がし、強烈な光が目を焼いた。
その熱量は、対峙する彼女らにも伝わっているようで、一人は腰を抜かし、もう一人は震える足で動けなくなっていた。唯一、自身も魔法を完成させ、戦意を失っていない者が一人。やはり見立ては間違っていなかったようだ。言葉遣いは酷いし、やり方も、あまり褒められたものではないかもしれないけど、彼女は、間違いなく誇り高き帝国の貴族だ。
「さぁ、勝負です。ブレンデット侯爵令嬢。あなたの火と私の火。どちらが上なのかを。」
読んでくださり、ありがとうございます。
良ければいいね、ブックマークをよろしくお願いします。