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41.ユリウスは光を求める

 

「ゼーバッハ公爵は私が皇帝の息子だと確信しているようでした。そして私がメル様と婚約したがっていることも知っていました。彼は私にこう囁いたのです。皇帝に秘密裏に謁見し、息子と認めてもらったのちに臣籍降下すればいい、と」


 たしかに皇帝の息子と認められたなら、臣籍降下をして公爵位でも賜ればメルとの身分の釣り合いは取れるだろう。皇位継承権を放棄すれば、ユリウスは権力争いに巻き込まれずに、欲しい身分だけを手に入れることができる。実に美味しい話だ。


 だが、あのゼーバッハ公爵がわざわざそんな提案をしに、レイクルイーズまで訪れるだろうか。メルは胡散臭さを感じずにはいられなかった。


「私はその話に飛びつきました。これでメル様を諦めずに済むと思ったのです。湖のほとりに迎えをやると言われ、夜中にこっそりと騎士寮を抜け出ました。小舟で反対側の街まで向かい、そこから馬車で帝国へ入ったのです」

「だから湖まで足あとが残っていたのね」

「申し訳ありませんでした。まさか自分が湖に落ちて死亡したことになるとは思わず……。あのときはメル様に釣り合う身分を手に入れることしか頭になかったのです」


 頭を下げるユリウスにメルは静かに首を振った。

 彼の死を想うとメルの胸はつぶれそうになるほど悲しかった。だがユリウスの気持ちもまたわかるのだ。レイクルイーズで半端な立ち位置のまま孤独だったユリウスが、メルと出会い、自分の居場所を見つけることができた。そのメルを失うことになる恐怖を思えば、目の前に差し出された希望に飛びついてしまうのも無理はない。


「帝国に渡ってから、皇帝陛下と会えたのよね?」

「はい。ゼーバッハ公爵により引き合わされました。ですが、皇帝陛下は私のことを息子だとは認めなかったのです」

「え? でもお父様の調べでもゼーバッハ公爵の調べでも、ユリウス様は皇帝陛下の息子だって出てくるくらいよ?」


 もちろん皇帝とユリウスの母が関係をもった瞬間に立ち会ったということでもない限り、ほとんど状況証拠のようなものがあるだけだろう。だが父王やゼーバッハ公爵の二人が確信を持つくらいだ。二人の逢引に協力した人間を見つけるくらいしていそうである。


「そうですね。私の顔は母親似ですが、瞳の色は皇帝陛下と同じです。だから陛下は自分の息子だと確信を持っていた」

「それならなぜ……」

「これは後から分かったことですが、皇帝陛下はゼーバッハ公爵を警戒していたのです。当時、皇子は病弱なカールハインツ皇太子だけ。ゼーバッハ公爵は娘を第二皇妃にしていましたが、2年たっても子が生まれず焦っていた。ここで私を皇子だと認めたら、私を見つけてきたゼーバッハ公爵が私の後見になると言い出すでしょう」

「皇帝陛下はそれを避けるために、ユリウス様を自分の息子だと認めなかったのね」


 メルの言葉にユリウスがうなずいた。

 だが、そこでメルの中に一つの疑問が生まれた。


「じゃあ、そのあとユリウス様はどうしたの? そのまま皇帝陛下の近衛になったの?」

「いいえ。実はゼーバッハ公爵の邸に囚われていたのです」

「囚われて?!」


 物騒な話にメルは目を見開いた。メルを落ち着かせるようにユリウスが軽く微笑む。むかしの話だから気にするなと言われた気がした。


「はじめはゼーバッハ公爵から皇帝陛下が認めてくれるのを待とうと言われ、公爵邸に客として滞在していました。ですが、そう時間を置かず第二皇妃の妊娠がわかったのです」


 ブルーノの姉が第二皇子を妊娠したのはそんな時期だったのか。


(だけど、そうなるとユリウス様は……)


 メルはユリウスに降りかかる事態を予想して眉を寄せた。


「そうなるとゼーバッハ公爵は私の存在が邪魔になりました。自分の娘が生んだ子を皇太子にできる可能性を高くしたかったのでしょう。だがその時点ではまだ男女どちらが生まれるかはわからなかったため、女児だったときの保険として私を確保しておこうと考えた。私を地下牢に閉じ込めて逃げられないようにしたのです」


 メルもゼーバッハ公爵邸に潜入していたが、あの邸に地下牢があったなんて知らなかった。ゼーバッハ公爵はメルが思っていた以上に危険な人間だったようだ。


「公爵邸に隙ができたのは第二皇妃が出産を終えた直後です。男児が生まれ、いずれは次期皇太子にと野心を強くしたのでしょう。ゼーバッハ公爵は邸の警備員の半数を第二皇子のもとへ送るほどでした。ですがそのおかげで、皇帝陛下の命を受けた特務隊が私を助け出すことに成功したのです」


 以前ブルーノは、第二皇妃が出産しても皇帝は見向きもしなかったと言っていたが、こういう背景があったのかとメルは複雑な気持ちになった。


「ユリウス様は大丈夫だったの? 少なくとも半年以上は閉じ込められていたんでしょう?」

「そうですね、日に一度の食事が続いていたので、かなりやせ細っていたと思います。さすがの皇帝陛下も私の様子に罪悪感を覚えられたようです。私の願いを叶えると言ってくださいました」

「ユリウス様の願いを?」


 カイから上皇は家族愛に疎い人だと聞いていた。第二皇妃や第二皇子はほとんど家族らしい触れ合いをしていなかったらしい。


(その上皇がユリウス様の願いを叶えると言い出すなんて。愛した人の息子だから特別なのかしら)


 メルは上皇が家族愛に希薄な人なのか、愛した人を一途に思い続けた人なのか、その為人がよくわからなくなった。


「当初から私の希望はメル様だけです。メル様との婚姻の許可と、それに見合った地位を要求しました。その代わり、私は皇位継承権を放棄してカレ皇太子の地位を脅かさない。それが私からの提案でした」

「皇帝陛下はなんて?」

「条件付きならと認めてくださいました。いかに皇位継承権を放棄しようとも、ゼーバッハ公爵のような輩は出てくるだろうと。ですのでカレ皇太子が即位したあとなら、私を息子と認め、その願いを叶えると約束をしたのです」


 なるほど。だからユリウスは祝賀会のときは、まだ身分を明かせないと言っていたのか。メルは納得してうなずいた。


「カレ皇太子が即位するまでは、私は身分を隠し特務隊として皇帝の近くに仕えることになりました。帝国内で表向きの仕事をすれば、どこから出自がバレるかわからないため、主に影の仕事を任されてきたのです」

「……」

「もう一度、メル様に会える。メル様と一緒になれる。そのことだけを頼りにここまでやってきたのです」


 まだ少年だったユリウスが、皇帝を守るための影の仕事に就く。それがどれほど心身に負担になったか。メルを光だと言ってくれたユリウスが、闇に属する仕事をさせられる。ただ、メルという光を求めて。それを思うとメルは胸がキリキリと痛んだ。


「じゃあ、もう認めてもらえるの?」


 メルは努めて明るく聞いた。これからユリウスが明るい未来を見られるように。


「残念ながら、あの方は約束を反故になさるようだ。メル様をカレ皇太子の……いえ、もう皇帝陛下というべきか。メル様を私から取り上げて、皇妃にしようと企んでいる」

「そのことだが、私はおそらく上皇の真意が見えている」


 今まで黙って話を聞いていた父王が口を挟んだ。


「本当? 上皇はどうするつもりなの?」

「ゼーバッハ公爵家が落ちぶれた今、上皇はカリーナ皇妃の実家であるアルムガルド公爵家に力が偏らないようにしたいのだろう。我が国からの妃を迎えて派閥を分散させるつもりだったのではないかな」

「わたしがユリウス様と結婚するとマズイってわけね」


 メルが皇帝の弟たるユリウスと結婚すれば、皇弟夫妻の影響力が大きくなるだろう。ユリウスが皇位継承権を放棄したとしても、その血筋が変わるわけではないのだ。皇帝側のアルムガルド公爵家対弟側の隣国王女という図式になってしまう。下手をすれば隣国の後ろ盾がある弟を皇帝にしようという動きが生まれるかもしれない。


「だが、どちらも皇帝の妃なら寵を競う争いになるだけだ。ゆくゆくはどちらの子を皇太子にするか揉めるだろうが、皇帝の権威は分散しないで済む」

「だからわたしをカイの妃にしようとしていたのね」

「あの人ははじめから私との約束を守る気はなかったということか……」


 ユリウスが視線を落とす。長い間、信じて尽くしてきた相手に裏切られた。その失望がブルーグリーンの瞳を暗くさせた。


「おそらく上皇は君の願いを半分だけ叶えるつもりではないかな」

「半分だけ?」


 父王の予測にユリウスが視線を上げた。


「カレ皇帝陛下にメルを娶らせる。そうしてカレ皇帝陛下の治世が落ち着いたら、君の地位を認める。そういう算段をしていたのではないか、ということだ」


 父王の推測にユリウスは言葉を失う。そんな形で地位を認められてもユリウスには全く意味がないのだ。


「ちょっと待って」


 メルは上皇の真意をかみ砕いて理解しようとした。


「つまり上皇にとってユリウス様は愛した人の忘れ形見だから、自分の息子だと認めて地位を回復させたい。だけど帝国のためにはわたしをカイの妃にしたい。ここまでは合ってる?」

「私はそうだと考えている」


 メルの解釈に父王がうなずいた。


「だからユリウス様にはカイが即位して落ち着くまで待てと言って時間稼ぎをして、その間に強引にでもわたしをカイの妃にしてしまおうってわけ?」

「おそらくな」


 とうとうユリウスは肩を落とし、うなだれてしまった。



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