36.カイとユリウス
「ユリウス様とコンラッド様?!」
メルはカイの横をすり抜けて窓を開ける。二人は足音も立てず室内へ入ってきた。
「ユリウス様! 怪我は? 大丈夫?」
ユリウスの姿を確認すると右腕と左足にきつく布が巻かれていた。血のにじんだ布を見てメルは眉を曇らせる。
「見た目ほどの傷ではないので心配しないで。メル様の護衛の彼が手当てしてくれましたし大丈夫ですよ」
ユリウスのことが心配で彼にしか意識が行ってなかった。そういえば、どうしてコンラッドがユリウスと一緒にいるのだろう。メルは今更ながらコンラッドに視線を移すと、彼は静かにうなずいた。結局、よくわからない。
「二人はメル様の知り合いのようだが、どういうことか説明してもらえるか?」
カイがユリウスとコンラッドを見据える。皇帝陛下からの視線を受け止めてもユリウスはひるむことなくメルの肩を抱いたまま視線を返していた。カイの問いかけに答えたのはコンラッドだ。コンラッドは綺麗に一礼してから口を開いた。
「私はメルティナ殿下の護衛をしておりますコンラッド・ワージントンと申します。夜会の会場から姿が見えなくなったメルティナ殿下を探しておりましところ、庭園で倒れていたユリウス殿を発見いたしました。彼からメルティナ殿下が上皇陛下の指示で連れ去られたと聞きましたので、彼と協力してメルティナ殿下を迎えにあがりました」
「やはり上皇が……。それにしても、よくこの場所だとわかったな」
「相手方の意図を考えれば、メルティナ殿下を連れて行くのは陛下の寝室以外ないかと。寝室の位置はユリウス殿が把握しておりましたので、見張りの少ない外から参りました。……ああ、窓の下にいた見張りを気絶させてしまいましたが、緊急事態ですのでご容赦ください」
眉間にしわを寄せたまま話を聞くカイ。淡々と報告を続けるコンラッド。カイをにらみつけるユリウス。ここにいる全員、敵ではないのに空気が重いのはなぜだろう。メルは内心首を傾げた。
「コンラッド様。ユリウス様を助けてくれてありがとう。わたしのことを守ってくれたのに斬られて……ずっと気が気じゃなかったの」
「いえ。メルティナ殿下から彼の話を伺っていたので、すぐに対応できました」
「本当にありがとう。……ユリウス様も生きててよかった。また失うかと思った」
潤みだしたメルの瞳に、メルの肩を抱いていたユリウスの手に力がこもる。決して離れないとメルに伝えるように。
二人の世界に入りそうな空気をカイの咳払いが押しとどめた。
「その者は特務隊のはず。メル様とその者はどういった関係なのですか?」
納得顔のコンラッドと違い、メルとユリウスの様子をみたカイは戸惑いの表情を浮かべていた。
「ユリウス様はわたしがずっと思い続けていた人なの」
「メル様の思い人? ……では亡くなったと言われていた婚約者が生きていたと?」
「うん。わたしも詳しいことはわからないけど。でもユリウス様はわたしの婚約者で間違いないわ」
メルが説明したにもかかわらずカイの表情は晴れなかった。むしろ疑念を深めたようだ。
「どういうことです? なぜ死んだはずの人間が我が国の特務隊などにいるのだ?」
カイの疑問はメルにではなくユリウスに向かった。ユリウスはそれを真っ向から受け止めた。しばらくにらみ合いが続いた後、ユリウスが口を開いた。
「私の名はユリウス・フォン・フォルスト。近いうちにユリウス・フォン・ヴァイラントと名乗ることになるはずだった」
「なに?!」
ユリウスの名乗りにその場にいた全員が驚いた。ヴァイラントといえば皇族の名だ。メルはわけがわからずユリウスを見上げる。ブルーグリーンの瞳が切なげにメルを見下ろした。
「フォルスト……そうか、上皇の寵愛を受けていた侍女はフォルスト伯爵家の者だったな」
「それって……カイのお母様の従妹にあたるという?」
カイの言葉をヒントにして、メルはカリーナから聞いた上皇の話を思い出した。
上皇はカイの母親であるアーデルハイト・バルテン公爵令嬢との婚姻が決まっていたため、アーデルハイト様を皇妃に。一目惚れをした令嬢、アーデルハイトの従妹であるマルガレーテ・フォルスト伯爵令嬢を侍女にして離宮に呼び寄せた。だがその令嬢は皇妃の妊娠が判明した騒ぎに紛れて行方をくらました、と。
(まさか、その令嬢がユリウス様のお母様だったなんて……)
「私の弟なのか……?」
「……」
驚きと戸惑いに満ちたカイの問いかけに、ユリウスは答えない。それでもなおカイはユリウスに問いかけた。
「なぜだ……それなら何故、今もヴァイラントを名乗らずにフォルストを名乗っている?」
「……あなたの地位を脅かさないためだ」
「!」
ユリウスの端的な答えに、カイの肩がこわばる。ユリウスはカイの様子を気に掛けることなくメルとコンラッドに向き直った。
「ここに長居は無用です。できるだけ早く逃げましょう。たしか寝台の奥の壁に隠し扉があったはず」
そう言うとユリウスは隠し扉があるであろう壁を探り始めた。開けるための要領があるのか、手を当てて押す位置を何度か変えている。
「ユリウス様はこの部屋に来たことがあるの?」
「ええ。私は皇帝の一番近くにいる騎士でした。皇帝を逃がすためのルートはすべて頭にはいっています」
作業を続けながらユリウスがメルの問いに答えてくれる。
「この隠し扉は室内からしか開かない仕掛けなので、先ほどは窓から入るしかありませんでしたが……ここが開けば安全に王宮の外まで出ることができます」
ユリウスの言葉が終わると同時に、壁紙の模様に紛れてわからなかった扉が開かれた。
「さあ行きましょう」
「待ってくれ!」
メルを呼び寄せようと振り返ったユリウスをカイが呼び止める。カイは困惑から抜け出せずにいるようだった。いつもの自信にあふれた表情とは違い、戸惑いの色を濃くしていた。
「おまえは先ほど『ヴァイラントを名乗るはずだった』と言ったな。上皇が認めない限りおまえがヴァイラントを名乗ることはできない。おまえは上皇と通じているのではないのか?」
「……だったら何だ」
「もしそうならメル様を連れて行かせるわけにはいかない。上皇にどう利用されるかわからない」
カイはメルの身を心配してくれているが、メルはユリウスが何者でも彼に付いていくつもりだった。そのことをカイに告げようとしたとき、ユリウスが先に口を開いた。
「あなたがそれを言うのか?」
「なに?」
苛立ちを超えて殺気さえ含ませるユリウスの声にカイが戸惑う。
「私と上皇の関係をあなたに語るつもりはない。だがこれだけはハッキリさせておく」
カイを見据えるユリウスの鋭いまなざし。それでもユリウスはこぶしを握り殺気を抑えようとしているようだった。
「あなたは国のためなら、そして自らのために、メル様を危険にさらす道を選ぶ人だ」
「っ!」
息をのんだカイが唇を引き結ぶ。
ゼーバッハ公爵の陰謀解決にメルを加えたこと。メルを皇妃にのぞむ噂を放置したこと。それゆえにメルが襲われたこと。ユリウスはそれらを指摘していた。
どれも直接的にはカイの責任ではないが、カイの判断がメルの命を危険にさらしたことになった。
「あなたにメル様は渡さない。絶対に」
それだけ言うとユリウスはメルを隠し通路へとうながした。メルはそのまま行こうとしたが、やはりカイのことが気になり振り返った。
「カイ。わたしが危機に陥ったのはわたしの責任だから気にしないで。でもわたしはユリウス様を信じてるから一緒に行くね」
メルの言葉にカイは一瞬だけ眉を下げたが、すぐにいつもの微笑みをくれた。
「メル様。あなたを危険にさらして申し訳ありません。上皇のことは何とかしますので、どうかお気を付けて」
「うん。ありがとう」
カイに見送られ、メルはユリウスが待つ隠し通路へと入っていった。そのあとにコンラッドが続き、隠し扉は閉められた。




