33.皇帝の妃
「当時、陛下の妃を選ぶ夜会があったのですが、それは上辺だけで本当はバルテン公爵家のアーデルハイト様に内定していました」
カリーナの話を聞いてメルは静かにうなずいた。いかにもな政略結婚よりもお互いに見初めあって結婚したことにした方が外聞が良くなることもある。貴族社会ではよくあることだった。
「ですがその夜会で陛下はアーデルハイト様の従妹にあたるマルガレーテ様を見初められたのです。マルガレーテ様の実家は伯爵家でしたので身分的には第二皇妃に迎えることも可能でした。しかし同じ一族から二人の妃を出すというのは当然反発が出ます。結局は第一皇妃となったアーデルハイト様の侍女として東離宮に入られたのです」
メルは口元を引きつらせながらカリーナの話を聞いた。
(うわー……どちらの女性にとってもツラい配置じゃない)
メルの中で皇帝陛下の好感度が急激に下がっていった。
「そのような状況ですので、お察しの通りマルガレーテ様は針のむしろだったようですわ。皇妃の妊娠が判明し周囲が浮足立っている合間に、マルガレーテ様は姿を消してしまわれたのです」
「え? 姿を消したって……行方不明ということですか?」
「ええ。陛下は必死に探そうとしたようですが、第一皇妃殿下の実家であるバルテン公爵家の妨害もあったのでしょう。今でもその行方はわかっておりませんの」
(うわーうわー……妊娠中の妻よりも本命の恋人を気にかける、とか。ダメ男だな)
第一皇妃とマルガレーテのどちらにも同情できるが、皇帝に関しては失礼極まりない感想しか持てないメルであった。
「その後、皇妃殿下はカレ皇太子殿下を。2年後にはシュテファニー殿下をご出産なさいましたが、産後の肥立ちが悪くお亡くなりになりました。それからすぐゼーバッハ公爵は陛下に第二皇妃を娶るように進言しています」
「亡くなってすぐにだなんて」
このあたりのことはブルーノから話を聞いていたが、何度聞いてもいい気持ちがしない。ユリウスが死んだと思っていたメルは当時のツラさを思い出し、好感度が底辺の皇帝にちょっぴり同情した。そしてゼーバッハ公爵の権力欲に眉をひそめた。
「すでにカレ皇太子殿下がいらっしゃったことと、バルテン公爵家の力もあり、陛下はしばらく妃をとらずにすんでいました。ですがバルテン公爵家の跡継ぎであった一人息子が事故で亡くなり、当主もそのショックからか寝込むようになると、かつての勢いがなくなります。しかもカレ皇太子殿下まで病気がちになってしまい……」
「カイ……いえ、カレ皇太子殿下まで病気に?」
そんな時期があったのかとメルは驚いたが、カリーナの痛ましげな表情やバルテン公爵家の度重なる不幸に「もしや」という疑念が生まれた。
「第一皇妃殿下も亡くなり、その実家の親も病がちで、皇太子殿下も寝込むことが多い。カレ皇太子殿下は血筋的に体が弱いのではという噂が生まれ、第二皇子の誕生を望む声が大きくなりました。そしてゼーバッハ公爵家から第二皇妃を立てたという経緯があったのです」
(それって第一皇妃をはじめバルテン公爵家やカイにまでゼーバッハ公爵が毒を盛ってたんじゃ……)
ただの推測に過ぎないが、メルはあの男ならやりかねないと青ざめた。
そんなメルにカリーナが微笑みかける。
「メルティナ殿下はお優しいのですね。むかしの話ですのに、そうやって心を痛めてくださって」
「いえ、優しいというほどのことでは」
返事をしつつ綺麗に微笑むカリーナに視線を合わせたメルは、ふと疑問が生じた。
「あの、カリーナ様はなぜこの話をわたしに?」
メルの質問にカリーナの唇が綺麗な弧を描く。その表情を見て、メルはカリーナがこの質問を待っていたのだと悟った。
「それはいずれメルティナ殿下が皇妃になられた場合に備えてですわ。帝国に妃同士の争いや世継ぎ争いは付き物ですから」
(やっぱりその流れになったー!)
カイの言っていた通り、カリーナはメルを皇妃に推しているようだ。だが、それが本心からのものかはまだわからない。
「わたしは皇妃にはなりませんわ」
「まあ、なぜですの? アバンダ王国にとっても我が帝国にとっても良い話ですのに」
ここもカイの言っていた通りだ。カリーナは国益を優先に考えている。妃の鑑のような女性だ。
「わたしが皇妃になっても良いことだらけとはまいりませんわ。もしわたしが子を産めば、アバンダ王国の血を引く子を世継ぎにするかで揉めそうでしょ?」
「……残念ながら、無いとは申せませんわ」
「カレ皇太子殿下やシュテフィ様とも仲良くなれましたもの。わたしが皇妃にならなくとも両国とも良い関係を保っていけると思いますわ」
メルは笑顔で断言した。両国の友好を願って二人と仲良くなったわけではないが、この際は関係ない。
「ですが」
「それよりもカリーナ様」
なおも言い募ろうとするカリーナの話を遮り、メルは気になっていたことを尋ねる。
「カリーナ様は本当に自分以外の妃が現れてもよろしいんですか?」
「それはメルティナ殿下が妃になってくれるという意味ですか?」
「いいえ、まったく」
「まあ」
メルから即効で否定されたカリーナは残念そうにも面白がってそうにも見えた。
「そうではなく。カリーナ様は国益を考えてカイ殿下の妃にわたしを進めてくださっているのでしょうけど……カリーナ様の本心はお辛いのではないのですか?」
「ふふ。メルティナ殿下はわたくしが嫉妬をするとお思いですのね。わたくしは幼いころから皇妃になるべく育てられてきましたから、自分以外の妃が現れることも受け入れておりますわ」
「皇帝が第二皇妃まで持つのを受け入れることと、嫉妬を感じる乙女心とは別物でしょう?」
カイに恋愛感情を抱いておらず落ち着いているのか、それとも自分だけが愛されることを諦めてしまったせいなのか。カリーナの淡々とした言葉にメルの方が切なくなってしまった。
「やっぱりメルティナ殿下はお優しいですわ。わたくしが嫉妬に苦しんでいないか心配してくださるなんて……」
カリーナが急に口をつぐみメルの目を見た。
「メルティナ殿下。もしかして何かありましたか?」
「何かとは?」
何かを探るように見つめられメルは首を傾げた。
「例えば……刺客に襲われたり」
「……」
いきなり図星をさされ、メルは言葉に詰まる。
(実はカリーナ様のことを犯人じゃないかと疑ってました……なんてバレたら失礼だしな)
すぐに否定すればよかったものの、妙に空いてしまった間にメルは目を泳がせた。
「襲われましたのね? それはいつのことですか?」
「……こちらに来る道中ですわ。まだ王国内でした」
確信に満ちたカリーナの問いに、メルは素直に白状した。
「ああ、それは……それはわたくしが嫉妬から刺客を雇ったと疑われても仕方のない状況ですわね」
「す、すみません。理由がそれしか思い浮かばなくて」
「いいえ。メルティナ殿下の推測は当たらずといえども遠からず、といったところですわ」
カリーナは「メルティナ殿下のせいではありません」と言ってくれたが、どこか憤った表情だ。
「謝るのはわたくしのほうですわ。きっとわたくしの兄が先走ったのでしょう」
「お兄様が?」
「父にはわたくしがメルティナ殿下を皇妃に迎えたいと思っていることを伝えてありますし、合意も得られていたのです。なにかあったのなら、そのことを知らなかった兄くらいしかいませんわ。わたくしのため……いえ、公爵家の利益を考えて動いたのでしょうが……。兄にはわたくしからよく言って聞かせますので、どうかお許しください」
アルムガルド公爵家の事情はよくわからないが、カリーナがなんとかしてくれるならそれでいい。もう襲われることはないとわかっただけでも良かった。
「あの、カリーナ様の家では暗殺者を育てていたりするのですか?」
メルの言葉にカリーナが目を丸くする。そしてクスクス笑い始めた。このお茶会が始まって以来の自然な笑顔だ。
「さすがにそれはありませんわ。我が家とのつながりがどこで漏れるかわかりませんもの。いざという時は外注すると思いますわ」
カリーナに笑われてメルは耳まで赤くなってしまった。物騒かつ突拍子もない質問をしてしまった自覚はある。だがユリウスにつながる可能性があるので聞いておきたかったのだ。
(まだ二度しか会ってないけど、ユリウス様はふつうの騎士の動きとは違った気がしたのよね。身のこなしが暗殺者に近いかもって感じたんだけど……)
もしアルムガルド公爵家が暗殺者を抱えているなら、そこからユリウスにつながるかもしれない。そう思ったのだが、どうやら違ったようだ。
(ユリウス様のことがわからなかったのは残念だけど、カイの皇妃になる気はないっていうのはわかってもらえたし、暗殺の心配も消えたし、一応収穫はあったのかな)
この後も二人でしばらく雑談をしてから、お茶会はお開きになった。




