32.皇妃からの招待
メルはベッドに潜り込んだ後もユリウスのことを思い眠れなかった。彼の言葉を思い出してはひとりで赤面して身悶えていた。
(ユリウス様がわたしのことをずっと思い続けてくれた! それに……)
あのとき警備が来なければ、ユリウスとメルは口づけていたかもしれない。
(きゃーーー!)
メルは顔を両手で覆ってベッドをゴロゴロと転がる。
(それにわたしと離れたくないって! もうプロポーズだよね? 6年越しのプロポーズでいいよね?)
ユリウスの言葉を反芻しながらメルはニマニマと幸せに浸る。
(でも……)
気になることを言っていた。
ユリウスの言葉をはじめから反芻していたメルは、彼の不穏な発言を思い出し我に返った。
――この手を血で汚してでもあなたが欲しい
それほどメルが好きだというのなら、それでいい。不穏な例えではあるが、それがユリウスの思いの強さを表しているのならメルは嬉しいと思う。
だがその言葉と以前ユリウスが言っていた発言が重なり、メルの胸をざわつかせる。
――もしあなたが帝国に来るなら……私は殺してしまうかもしれない
ユリウスは死を暗示させる発言を繰り返している。そこにはどういう意味がこめられているのだろう。
最初はユリウスのことをカイの婚約者の関係者だと思っていたので、婚約者の邪魔にならないようにメルが帝国に来たら殺すことになるという警告だと思っていた。
(でもカイ殿下の話だと婚約者のほうがわたしを妃に望んでいるみたいだし。ユリウス様はわたしに危機が迫っているのを知って助けに来てくれたっていうし)
途中で警備が来てしまったため、ユリウスの出自や近況を聞きそびれてしまった。だがメルはユリウスが自分の命を狙っているとはもう思っていない。実際に彼に会い、彼の言葉を聞いて信じることができた。
――もしあなたが帝国に来るなら……私は殺してしまうかもしれない
――この手を血で汚してでもあなたが欲しい
(きちんと思い返してみるとユリウス様はわたしを殺すとは言ってなかったのよね)
話の流れや状況的にユリウスがメルの命を狙うのではと思われたが、今は違うとわかる。ユリウスは別の誰かを殺してしまうかもしれないと言っていたのだ。
(自意識過剰じゃなければ、ユリウス様はわたしを手に入れるために障害になる人物を殺してしまうかも、って言ったのよね、たぶん……)
そういう視点で見てみると、真っ先に候補に挙がったのは父王だった。単純に考えて当時の父王はメルとユリウスの婚約を邪魔した形になるし、今もメルにコンラッドをあてがおうとしている。
(でも、それなら帝国に来るなとは言わないか……)
せっかく再会できたのに、ユリウスについてわからないことが多すぎた。
(もう少し、ゆっくり話せる時間が欲しいわ)
そう思いながら眠りについたメルに、新たな情報が与えられたのは翌日のことだった。
翌日、メルのもとに一通の招待状が届けられた。
「急な誘いで申し訳ないことですが」と一言添えて渡されたそれを見て、メルはすぐに内容を確認する。読み終えると待たせていた侍女に「ぜひ伺います」と返事を持たせた。
「シュテファニー殿下からのお誘いですか?」
お遣いの侍女が戻った後、ケイトが首を傾げる。帝国でメルを誘うのはシュテフィかカイくらいだ。カイは即位前で忙しいのであちらから誘ってくることはまずないし、シュテフィとは毎日のようにお茶をしているため、このような招待状を寄こすことはなかった。
「カリーナ・アルムガルド公爵令嬢からよ」
「アルムガルド公爵令嬢……それはもしや」
「そう、カイ殿下の婚約者。未来の皇妃からお茶会の招待よ」
丁寧に書かれた招待状の内容を要約すれば「今日の午後ご一緒にお茶をしませんか」というお誘いだった。
「姫様。本当に出席なさるおつもりですか?」
「ええ。なぜ?」
「皇太子殿下との仲を疑われているのではありませんの?」
「そうよねぇ」
メルもなにか思惑がありそうだとは思う。本人は認めていないと言っていたが、カイの予想通り、メルをもう一人の妃にしようと企んでいるのなら、隣国の王女とただ交友を深めておこうというわけではないだろう。
(カイの妃になりませんか? って勧められるのかしら)
もしそうなら、なんとも面倒臭そうなお茶会だ。
それにしても本当にアルムガルド公爵令嬢はメルを妃に推しているのだろうか。
表面上は勧めたとしても、内心はドロドロしそうだなとメルは思う。本音が刺客となって現れたとしても驚かない。いや、むしろ納得だ。
「あちらの意図はどうであれ、わたしもアルムガルド公爵令嬢に聞きたいことがあったから、ちょうど良かったわ」
「公爵令嬢に聞きたいこと、ですか?」
「うん。ユリウス様のことについて、何か知っていることはないか聞いてみたいの」
昨夜、ユリウスはメルの危険を知ったから助けに向かったと言っていた。だがユリウスがどこでその情報を得たのかは聞けなかった。
(ユリウス様はアルムガルド公爵家から情報を得たのではないのかしら)
ユリウスはアルムガルド公爵家の縁者で、公爵令嬢が刺客を送ったことに気づくことができた。だからメルを助けに来た。
(そう考えるとつじつまが合うんだけど)
ユリウス本人に聞ければいいのだが、彼の身元がわからないため連絡の取りようがなかった。会う約束はしたものの、いつ会えるのかまではわからないのだ。だからメルはユリウスを知っている可能性のある人と話がしたかった。カリーナ・アルムガルド公爵令嬢からの誘いはメルにとっても都合が良かったのだ。
(ユリウス様のことがなくても、カイの妃になる気はありませんってハッキリ伝えたいし。ちょうど良かったわ)
メルは気合いを入れて、午後のお茶会にのぞむことにした。
「メルティナ殿下。急にお誘いして申し訳ございません。ですが、お越しいただけて嬉しいですわ」
「こちらこそお招きありがとうございます」
メルはカリーナ・アルムガルド公爵令嬢がいる西の離宮に来ていた。
皇帝の妃は東西の離宮に暮らすことになっており、カリーナには西の離宮があてがわれた。
東の離宮はまだシュテフィが暮らしているし、西の離宮で暮らしていた第二皇妃はゼーバッハ公爵の事件のあとすぐに公爵領へと療養に向かったため、カリーナは新皇帝の第一皇妃として西の離宮に住まうことになったのだ。
ちなみにシュテフィは学院を卒業後すぐに結婚することが決まっているため、それまでは東離宮に住み続けることを許されていた。
当たり障りのない会話から始まったお茶会は、カリーナの意味深な言葉で空気が変わった。
「メルティナ殿下はゼーバッハ公爵の件ではずいぶんご活躍なさったとか。本当に素晴らしい勇気と行動力ですわね」
「……なぜそれを?」
アルムガルド公爵はゼーバッハ公爵と敵対はしていないが、警戒はしていたとカイから聞いていた。娘を皇帝の妃、息子を皇太子の側近にして、より強く大きい権力を求めるゼーバッハ公爵のことをアルムガルド公爵は苦々しく思っていたという。
だからカイがゼーバッハ公爵の陰謀を暴くとき、自身の婚約者の実家であるアルムガルド公爵に頼ることをしなかった。アルムガルド公爵の力を借りれば、ゼーバッハ公爵本人だけでなく、妃や第二皇子も厳格に刑に処されると予想されたからだ。
カイが助力を求めるのを避けていたアルムガルド公爵家のカリーナが事件の真相を知っている。そのことにメルは驚いた。
(事件が終わったからカイがカリーナ様に話したのかしら?)
それならばいいが、もしメルにカマをかけて聞き出そうとしているならば慎重にならなければいけない。
「実は我が家もゼーバッハ公爵には以前から注意を払っていたのです。あの方にはキナ臭さを感じておりましたので、身の安全のためにもゼーバッハ公爵の動きは常に見張っていました。メルティナ殿下のことに気が付いたのはすべてが片付いた後でしたけれど。大まかな経緯はわかっているつもりですわ」
メルが警戒心を持ったことに気づいたのか、カリーナは事情を話してくれた。
「ゼーバッハ公爵はカリーナ様も狙っていたのですか?」
「いえ、わたくしはまだ。もし皇太子殿下が側近のブルーノ様の言葉よりわたくしの言葉を重用するようになっていたなら、確実に狙われたでしょうけど」
「邪魔な人物は容赦なく消そうとする人間でしたものね」
ゼーバッハ公爵がカイだけではなく近衛隊長やメルまで巻き込んで消そうとしたことを思い出し、メルは身震いした。
そんなメルを見てカリーナが紅茶をすすめてくる。温かい飲み物で緊張と恐怖がほぐれるようにとの気遣いだと感じ、メルはありがたくいただくことにした。
「メルティナ殿下は陛下のお妃選びの際にあった騒動をお聞きになりまして?」
「いえ、なにも」
カイの両親が結婚するときの話となれば、もう20年近く前の話になる。さすがにそんな昔のゴシップがメルの耳に入ることはなかった。
メルの気分を変えるために話題を出してくれたのかもしれないが、皇帝陛下のゴシップをこの場で話題にしてもいいのだろうか。メルは困惑しながら紅茶をすすった。
「わたくしも妃になる者の心得として父から話を聞いただけですので、今では忘れている人も多いでしょう」
そんな前置きからカリーナの話は始まった。




