1.王女は婚約したくない
クリームイエローの外観が美しい宮殿の一室。
この国でもっとも高貴な男性とメルティナは向かい合っていた。
「いい加減に結婚しないかね?」
「ムリよ、お父様。わたしの婚約者はただ一人。彼以外と結婚する気はないもの」
「はぁ。メルや。彼との婚約は正式には結ばれていない。それに」
王である父は娘の発言に深々と溜息を落とすと、椅子の背にもたれかかった。
「それに、彼はもう6年も前に亡くなっているではないか」
父の様子にチラリと目をやると、メルはティーカップをとり、その香りを楽しんだ。それを見た王はまた溜息を吐き出した。
「お父様。そんなに溜息をついては幸福も髪もどこかへ飛んで行ってしまうわよ」
「なっ?! 髪は関係ないだろう! 髪は! まったく誰のせいで溜息をついていると思っているのだ」
王は若いころよりも心なし広くなった額に慌てて手を当て、向かいで紅茶を楽しんでいるメルをにらんでくる。
「メル。17歳になった王女に婚約者すらいないのだぞ。今まではおまえの傷心が癒えるまで、その気が起きるまでと待っておったが、これ以上は待つことができん。よって王女メルティナ。おまえに命じる」
父のいつにない厳しい声にメルはカップをおく。メルの青い瞳と父王の目が合ったとき、その人生を揺るがす命が告げられた。
「メルティナ。わしの近衛であるコンラッド・ワージントンと婚約するように」
「えっ……そんな?!」
「反論は聞かんぞ。なんとか予定を調整して3か月以内に婚約式を執り行うからな。それまでに心の準備をしておきなさい」
王はそう言うがはやいか、抗議する余地を与えぬようサッサと部屋を出ていってしまった。取り残されたメルはわなわなと震える手でソファのクッションを掴むと、父が消えた扉に向かって思いっきり投げつけた。
「わたしには一生涯ユリウス様だけよ。彼以外とはぜーったい結婚しないんだから!」