第12章
ユージンは関心は、その冬にかなり上達したヌードからデッサンに移って、服をまとった人が使われるイラストのクラスの授業に切り替わった。ここで彼は初めて、今の雑誌で主流になっている表現手段の淡彩画に挑戦し、しばらくすると作品の出来栄えが称賛された。しかし毎回ではなかった。厳しい批評をした方がもっと地道に努力するだろうと感じたインストラクターが、最高の作品のいくつかも鼻先であしらったからだ。しかしユージンは自分の運命を信じた。絶望のどん底に沈んだ後でも自信に満ちた高みにのぼるつもりだった。
〈みんなの家具社〉での仕事がかなり退屈な苦行になりかけていた。ある水曜日の午後、イラストのクラスでインストラクターをしているヴィンセント・ビーアスが、肩越しにのぞき込んで言った。「きみの腕前ならすぐに少しは稼げるようになるはずだ、ウィトラ」
「そう思いますか?」ユージンは質問した。
「かなりいいよ。ここの新聞のどこかにきみのような人の居場所があるはずだ……おそらく夕刊紙だがね。これまでに当たってみたことはあるかい?」
「初めてこの街に来たときにやりましたが、求人がありませんでした。むしろ今は、なくてよかったと思ってます。どうせ長くは居させなかったと思います」
「きみはペンとインクを使って描くのがうまいね?」
「最初はそれが一番好きだと思いました」
「それじゃ、新聞社はきみを使えるはずだ。だが、私だったらそこに長く居るつもりはないな。きみはニューヨークに行って雑誌のイラストの分野に乗り出すべきだ……ここには何もないからね。しかし今のうちに少し新聞の仕事をしてみても害にはなるまい」
そのうちの一紙に就職できればずっと夜のクラスを続けられることがわかったので、ユージンは夕刊紙に当たってみることにした。長い夜の授業をイラストのクラスに当てて、時々夜休んで写生の勉強をすることができた。これならうまくいくだろう。ユージンは数日間、仕事の後の一時間を使い、ペン画の見本を持参して求人の問い合わせを行った。会った担当者の数名は、彼が見せなくてはならなかったものを見て気に入ったが、空きはすぐには見つからなかった。いくらかでも励ましてくれた会社はたった一社しかなかった。しかも最低の一社だった。そこの編集長は、近いうちに人手が必要になるかもしれないと言った。もしユージンが三、四週間後に出直して来れば話が可能だった。給料は大したことなかった……駆け出しは二十五ドルだった。
ユージンはこれを大きなチャンスだと思った。三週間後に戻って実際に働き口を確保したとき、これでうまく成功への道に乗った、と感じた。たまたま西と北の光が差し込む四階の奥の小部屋に机を与えられた。二人のうち年長者の『部長』は、めかし屋の芸術家気取りで、名前はホーレス・ハウだった。
ここの仕事は、ペンとインクだけでなくチョークのプロセス乾板があるという点で変わっていた。これはチョークの堆積物で覆われた亜鉛板に、先端の尖った鋼で、絵を描く方式で、簡単に複写できる図柄が残された。ユージンはこれを使ったことがなく、『部長』に教えてもらわねばならなかったがすぐに覚えた。乾板の表面を引っ掻くときに、絶えずチョークを吹き飛ばし続けなければならず、時々粉塵が鼻の穴に入ることがあったので、肺がしんどいと感じた。ユージンはこの作業が多くないことを心から望んだが、他の二人に……彼が新入りだから……やらされたおかげで、最初のうちはかなり割を食った。ユージンがこれを疑ったのはしばらくしてからだが、その頃には仲間たちとも仲良くなり始めていた。物事はそれほど悪くなかった。
この二人はユージンの人生で大きな役割を果さなかったが、彼にシカゴの新聞業界の事情と人物を紹介した。このことは彼の視野を広げて、有益な視点を提供した。二人のうち年長者の『部長』は、めかし屋の芸術家気取りで、名前はホーレス・ハウだった。もう一人のエレミヤ・マシューズ、略してジェリーはチビでデブだった。丸くて、陽気で、ニコニコ顔で、硬い黒髪が豊富だった。噛みタバコが大好きで、服は少しよれよれだが、熱心で、思いやりがあって、気立てがよかった。熱中していることがいくつかあって、一つはおいしい食べ物、もう一つは東洋の骨董品、三つ目は考古学だとユージンは気がついた。世の中で起こっているすべてのことに敏感で、社会的、道徳的、宗教的な偏見がまったくなかった。自分の仕事が好きで、仕事中に口笛を吹いたり話をしたりした。ユージンは最初から彼に密かな好意を抱いた。
自分は本当に文章が書ける、とユージンが最初に自覚したのはこの新聞社で働くようになってからだった。それは、最初に考えていた分野だった新聞の仕事で何でもやれるという考えを放棄したために偶然生じたものだった。ここでは地元向けの安っぽい日曜版の特集記事の需要が大きかった。挿絵用に渡されたこういう記事のいくつかを読んでいて、自分の方がはるかにうまくやれる、との結論に達した。
「あの」ユージンはマシューズに尋ねた。「ここでは誰が記事を書くんですか?」彼は日曜版に目を通していた。
「うん、担当の記者だな……やりたきゃ誰でもいいんだ。よそから買ってるのもあると思う。コラム一つに四ドル払うだけさ」
会社は自分にも払うだろうかとユージンは思ったが、払おうが払うまいが、記事を書きたかった。もしかしたら署名させてくれるかもしれない。ユージンは署名された記事をいくつか見かけた。こういうことをやれる自信があると申し出たところ、自分が物書きであるハウはこれに難色を示した。彼は記事と絵の担当だった。ハウの反対は、チャンスがあったら挑戦しようと決心したユージンを怒らせた。ユージンはシカゴ川について書きたかった。自分ならその挿絵も効果的に描けると思った。グース島は数年前にこの島について読んだ解説書があり、日曜日に散歩したり恋人たちを眺めたりするのが好きな街の公園は素朴で美しかった。いろいろあったが、食指が動き、感覚に訴える絵だったので、自分も挑戦したかった。シカゴ川を題材にしてイラストを駆使して何かいいものがやれそうだ、と親しくなっていた日曜版編集長のミッチェル・ゴールドファーブに提案した。
「やってみろ、腕試しだ」この御仁は声を大にして言った。元気で、たくましい、三十一歳くらいの若いアメリカ人は、誰かが背中に冷水を浴びでもしたら聞こえるような、息をのむような笑い方をした。「うちはそういうものすべてを必要としている。きみは記事を書けるかい?」
「少し練習すれば書けるかもしれないと思う時があります」
「やればいい」相手はちょっとした無料の原稿を思い浮かべて続けた。「腕試しだ。お前ならいいものが作れるかもしれない。文章が絵と同程度なら大丈夫だって。うちは、担当の社員に金を払わないが、記事には名前を載せられるんだ」
ユージンにはそれで十分だった。さっそく腕を試した。彼の芸術作品はすでに仲間内で評判になり始めていた。荒削りで、大胆で、鋭く、そこにはちょっぴり魂がこもっていた。ハウはすでに密かに嫉妬し、マシューズは称賛を惜しまなかった。ゴールドファーブに励まされて、ユージンは日曜日の午後、シカゴ川の支流をたどって、そのすばらしさと特色に注目し、最後にスケッチした。その後でシカゴ図書館に行き、川の歴史を調べた……その交通の奇妙な点を詳しく記した政府系技術者たちの報告書に偶然出くわした。彼はその美しさと小ささについて記事も称賛も書かなかったが、それがそんなところに存在するとは信じる者が少なかった美しさを見つけていた。ゴールドファーブはそれを読んで妙に驚いた。ユージンにこんなことができるとは思っていなかったのだ。
ユージンの文章の魅力は、色彩と詩情で頭がいっぱいでありながら、論理と事実への欲求があり、それが彼の書いたものに安定感を与えていた。物事の歴史を知ることや、人生の今の局面についてコメントすることが好きだった。公園でも、グース島でも、ブライドウェルでも、思いついたことを何でも書いた。
しかし、彼の本当の情熱は芸術に向いていた。これは彼にとって少し簡単な手段だった……手っ取り早かった。ある物を言葉で伝えてから実際に描くことができる、と考えると時々ぞくぞくすることがあった。すばらしい特権に思えた。ありふれたものをドラマチックにしていると考えるのが大好きだった。彼にとってはすべてがドラマチックだった……往来を行く荷馬車、高層ビル、街灯……何もかもすべてがそうだった。
その間もデッサンは軽視されず、より一層強さを増したようだった。
「お前の素質がどんなだかはわからないが、ウィトラ、気になるな」ある日マシューズがユージンに言った。「だけど、一味違うんだよな。ほら、どうしてあの煙突の上に鳥を飛ばすんだい?」
「さあ、わかりませんけど」ユージンは答えた。「僕がそんなふうに感じるだけです。鳩がそうやって飛んでいるのを見たことがありますから」
「すべてが見事だよなあ」マシューズは答えた。「それに、たくさんのものをうまく扱うよ。ここじゃこれほどのことをする奴にはお目にかからないからな」
マシューズはアメリカのことを言っていた。この二人の絵の担当者は自分たちをペンとインクとイラスト全般の専門家だと考えていた。〈ユーゲント〉、〈ジンプリチシムス〉、〈ピックミーアップ〉や、急進的なヨーロッパの美術誌を購読していて、スタンラン、シェレ、ミュシャや、フランスでポスターを手掛ける新進気鋭の若手一派を全て知っていた。こういう活動家やこういう作品の話を聞いてユージンは驚いた。自分に自信がつき始めた……自分を何者かとして考え始めた。
ユージンはこの知識を得る一方で……誰が誰で、何が、なぜ、そうなのかを探求する一方で、アンジェラ・ブルーとの関係を継続して理にかなった結論にたどりついた……彼女と婚約した。ディナー・パーティー以降も切れずに続いたルビー・ケニーとの関係があったにも関わらず、それでもユージンはアンジェラを手に入れなければならないと感じた。彼女がステラ以降のどの女の子よりも抵抗を示したことや、とても純真で、素朴で、心優しそうに見えたのが一因だった。それにとてもすてきだった。野暮ったい仕立てのどんな粗末なものでも隠せない美しい体型をしていた。髪はすばらしいほど豊かで、大きな魅力のある水のように澄んだ青い目をしていた。唇と頬は色鮮やかで、歩き方に自然な品があり、ダンスができてピアノが弾けた。ユージンはアンジェラを見てしばらくしてから、彼女は自分がこれまでに見たどの女の子よりも美しい……彼女の方が生き生きとして、感情豊かで、優しい……という結論に達した。ユージンが彼女の手を握ろう、キスをしよう、両腕で抱きしめようとしても、アンジェラは慎重に、用心深く、それでいて半分屈したような態度で相手をかわした。アンジェラはユージンにプロポーズしてほしかった。しかしそれは彼を罠にはめようと思ったからではなく、伝統的な価値観の良心が、こういうことは明確な婚約をしていない場合は正しくないと彼女に告げたからであり、まずは婚約をしたかった。アンジェラはすでにユージンに恋をしていた。彼が求めたとき、その両腕の中に我が身を投げ出して抱かれたくてたまらなかったが、自分を抑えて待ち続けた。ある晩、アンジェラがピアノの前で座っていたときに、ユージンはついに両腕で抱きつき、しっかり抱き締め、唇を頬に押し当てた。
アンジェラは必死に立ち上がった。「だめよ、こんなことしちゃ」と言った。「よくないことよ。あなたにこんなことさせるわけにはいかないわ」
「でも、僕はきみを愛してる」ユージンはそう叫んで彼女を追いかけた。「きみと結婚したい。僕を受け入れてくれるかい、アンジェラ? 僕のものになってくれますか?」
アンジェラは憧れの目で相手を見た。まんまと自分がユージンを自分の思惑通りに動かしたのがわかった……この人慣れしない、社会経験の不足な、芸術家を。アンジェラはその場で身を委ねたかったが、何かが踏みとどまらせた。
「この場で返事をするわけにはいかないわ」アンジェラは言った。「両親に話したいの。だってまだ両親には何も打ち明けていないんですもの。あなたのことで両親の意見を聞きたいわ。それから今度いつ来るかをお伝えします」
「ああ、アンジェラ」ユージンはせがんだ。
「お願いだから時間をください、ウィトラさん」アンジェラも頼んだ。アンジェラはまだ彼をユージンと呼んだことがなかった。「二、三週間したらまた来ます。よく考えたいの。その方がいいわ」
ユージンは欲望を抑えて待った。しかしそれが、アンジェラは彼にとって世界でただ一人の女性である、という幻想に一層拍車をかけて拘束力を持たせてしまった。アンジェラはどの女性よりもユージンに、感覚の高ぶりを隠さなければいけない……もっと高潔な態度を装わなければいけない……という気分にさせた。ユージンは自分を偽って、これが精神的な関係であると信じ込もうとした。しかしどこをめくってみても、アンジェラの美貌、肉体的な魅力、情熱への燃えるような感覚があった。アンジェラは、慣習や、半分宗教的な人生観に縛られて、まだ眠っていた。目覚めてくれたなら! ユージンは目を閉じて夢見るのだった。




