◆【Shana's Side】Fyers
まだ暗いなか、城塞遺跡に足音を忍ばせた男たちが無言のまま踏み込んでくる。瓦礫を掻き分けながら必死で探し回るが、目当てのものは見つからない。それは常に淡い光を放っているはずなのだ。いくら探しても、そんなものはない。
見渡す限り、ひとの気配も火の気もなく、荷物すらないのを見ても逃げ去った後なのは明らかだった。
「奴らは!」
「逃げたようです。聖なる樹の若木も、持ち去られています」
「くそッ! あんなものを、どうやって持ち出せるというのだ!」
「あれを手に入れたのが、“緑の手”だとしたら……」
男たちの間に動揺が走る。
イルミンシュルの存在は、予言により察知していた。奪還の策も万全だった。魔物使役者を送り込み魔物誘引剤を撒いて。ろくな抵抗能力もない避難民など、あっという間に全滅させられるはずだったのだ。
最初から全力で潰しに掛からなかったのは、万が一にもイルミンシュルを傷つける可能性を排除したかったからに過ぎない。その判断が誤りだったと、男たちはいまになって悔やんでいた。
「どうなっているか」
静かな声とともに入ってきた女を見て、男たちは一斉に平伏する。
「聖巫覡・キルハエル」
「よい」
女は男たちに手を挙げ、虚礼よりも報告を優先しろと伝える。
「……申し訳ございません。奴らには逃げられ、イルミンシュルも奪われました」
彼女は族長としてミエニー族を率い、“未来予知の巫女”として過去の戦をすべて勝利へと導いてきた。ハイアドラが拓かれて以来、悲願となっていたミエニー族による自治都市を築くことに成功したのだ。
北部に巣食う叛徒と、少数の雑種どもを駆逐するだけで統一された理想の島が完成されたはずだった。あの謎の、余所者が現れるまで。
「追手は」
「向かわせております。斥候によれば、奴らの痕跡は川に向かっているとのこと」
「川沿いに落ち延びたか」
「は。夜明けには追い付けるかと」
「北部の連中は」
「嗅ぎ回ってはおりましたが、手を出してくる様子はありません」
イルミンシュルは傷つけるなと厳命してキルハエル去る。平伏していた男たちはそれぞれに武器を持ち川へと向かった。
「このまま川岸を下って追い詰める」
「「は」」
即答して動き出すが、誰もが疑問を持っていた。
自分たちの襲撃を、余所者はどうやって事前察知したのか。二十はいるはずの避難民を、どうやって連れ出したのか。筏を組むほどの時間も場所も木材もなかったはずだが、どうやって川を下っているのか。
そして、若木とはいえひと一人ほどの大きさと重さのあるイルミンシュルを、どうやって運び出したのか。
わからないことばかりだが、逃げた者たちを捕らえるのが先だ。奴らが何者かも、なにを成したかも自分たちとは関係ない。追いつき仕留めてイルミンシュルを手に入れられれば、どうでもいい。
◇ ◇
川下りを始めて十五分ほど。いまのところ問題はなく、ボートもかなりの速度を維持している。
最後尾で警戒していたミュニオから、後方の敵が消えたというサインがあった。意図的に気配を消したんなら厄介だけど、そこまで警戒していないミュニオの様子からすると単に引き離したってことだろう。
隣で水面を掛けている水棲馬姿のジュニパーに、抑え目の声で話しかける。
「あたしたちが川を下ってるのがバレたとして、先回りされる可能性はあるかな」
「連絡手段があれば、待ち伏せできなくはないけど。ひとの足で追い越すのは無理だと思うよ」
「それじゃあ……さっきジュニパーが言ってた“ヘンな感じ”は、やっぱ別口かな」
彼女が前方に感じた違和感。ミエニー族ではないと言ってたけど、何なのかはわかっていない。
「魔物か、獣……あ」
「ちょッ、なんだ“あ”って、気になるだろ」
「なんなのかは、わかんない。けど、ちょっと拙いかも」
しばらく先行したまま水面を駆けていたジュニパーが速度を落とし、追いついてきた先頭ボートの舳先につないであった牽引ロープを嚙んだ。
「みんなに、つかまるように言って」
ジュニパーがロープを引く。揺れで振り落とされないよう最初はゆっくりと。しだいにグングンと加速していく。
その直後に、ミュニオの援護射撃が始まる。相手がなんであれ、もう逃げ隠れする時間は終わりだ。
「みんな! しっかり舟につかまれ!」
「「はい!」」
ジュニパーが警戒した対象は、あたしの目にも見えるようになった。が、たしかに何なのかはわからん。
川底から浮かび上がる巨大な魚影と、その周囲を飛び回る、羽の生えた小型の生き物。カエルとトビウオを混ぜたようなそれは、甲高い声で鳴きながら飛ぶ……たぶん魔物だ。
ミュニオの射撃が巨大魚に向かっているのを見て、あたしは自動式散弾銃で小さい方を薙ぎ払う。
「ああ、くそッ……」
謎の空飛ぶカエルは鳥用小粒散弾で次々に弾け飛ぶが、数が多すぎて全部を排除はできない。倒されても倒されても、次々に水中から跳ね上がっては向かってくる。音も姿も動きも鬱陶しいし、不快害虫のようで気持ち悪い。
大きい魚の方は水中に潜ったようだ。水面で渦は動いているがミュニオの射撃は止んでいた。銃弾が届かないか、当たっても効かないと判断したんだろう。
ジュニパーの判断は正しいな。ここは倒さなくても攻撃を防げればいい。速度を上げて通過するのが最善策だ。
「おい、ここって……」
周囲の地形を見て思い出した。この先で流れが堰き止められているため、大きな淵みたいになってる場所。最初に来たときはサッと通過したんで気づかなかったけど、巨大な魚やら魔物やらが流れてくる生き物に襲い掛かる餌場だったのかもしれない。
それはともかく、ここは懸念事項だった高低差2メートルほどある滝の手前だ。てことはジュニパーがなにをしようとしてるかなんていうまでもない。他に方法がない上にそれが最善策と思われることも加味したとしてもだ。
ヤバい。振り返ると、みんな覚悟のうえで必死にしがみついてる。ああ、もう覚悟を決めるしかない。ボートを降りて崖下りして、なんて余裕はない。ここは、行くしかないんだ。
「やー!」
超高速で飛び出したジュニパーに曳かれて、三艘のボートはふわりと宙に浮いた。




