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ひとりじゃないの(7)

「……私たちがやりすぎちゃったせいなのかな」

 真夜がこぼすと、

「そんなことはない。フランたちは打ち合わせ通りにやることをやっただけだ」

「そうっす。来栖蛍さんがみんなの想像以上に怖がりだっただけっす」

 両隣に座るフランと流歌がフォローしてくれる。実際、番組スタッフや『3×3CROSS』のメンバーが真夜たちを責める様子は無い。単にそんな余裕が無いだけかもしれないが……。

 蛍がスタジオを去ってから、既に一五分が経過している。出演者やスタッフはスタジオにそのまま待機していた。番組プロデューサーや蛍の所属事務所の関係者の姿が見えないということは、蛍を説得しようとしているのかもしれない。あるいは、蛍はもうテレビ局から帰ってしまって、その後の対応を相談しているのか?

 離れた位置に座る青沼絵梨たち『3×3CROSS』のメンバーを見ると、全員不安そうな顔をしていた。有川瀬里奈は番組MCとしての立場からか、スタッフたちと真剣な顔でなにやら相談している。

「はあ。待つだけってしんどいっすね」

「しかもこの空気だしな」

「ええ。楽しくおしゃべり、とかケータイで暇つぶし、というわけにもいきませんし……」

 流歌とフランは手持ちぶさたのようだった。

「二人とも、待つのも立派なお仕事なんだよ。どうしたって待つしかない時間がけっこうあるんだから。特にテレビだとね」

「そういうもんなんすか……。あ、そうか。『天使の学園』の収録なんかで経験してるんすね、真夜さん」

 真夜の言葉に、流歌が感心する。

「そういうこと」

 微笑しながら、真夜は『天使の学園』収録時のことを思い出していた。要領の悪かった真夜と違い、蛍は常に堂々としており、スタッフにも共演者にも気を遣っていた。当時の蛍を知る真夜には、いくらショックを受けたにしても彼女が今回のような行動に出ることが信じられなかった。

 知りたい。来栖蛍の心の内を。会って、話したい。話さないことには、真夜の心も晴れない。

 と、瀬里奈が真夜たちの方へ駆け寄ってくるのが見えた。なにやら慌てている。

「真夜ちゃん真夜ちゃん、大事なお願いがあるんだけど、いいかな」

「な、なんでしょう」

「蛍ちゃんね、実は控室に籠城しちゃってるんだって」

「ろ、籠城……」

 予想外の単語に真夜は驚いた。そして、中学の頃に学校でトイレに度々こもっていた自分を思い出した。強引にでも一人になれる環境に身を置きたい気持ちはわかる。

「で、事務所の人やプロデューサーがとにかくまずは出てきて話し合おうと言っても、返事が無かったんだけど……さっき、ある条件を蛍ちゃんが出してきたらしいのね」

「ええ……」

「その条件が、真夜ちゃん一人だけ控室に連れてくるってことなの。一対一で話をさせてほしいんだって」

「……」

 交渉人というわけか。

「なんで真夜ちゃんを指名してきたのかは、私にはよくわからない。けど、私を含めた番組スタッフの総意として、真夜ちゃんにこの話を受けてもらいたいと思う」

「……」

「お願い!」

 瀬里奈が真夜に両手を合わせてくる。流歌とフランの視線を感じつつ、

「わかりました。蛍ちゃんと話してみます」

 真夜は即答した。望むところだ。中学時代、真夜がトイレにこもったときは、路美が声をかけてくれたり、ずっと待ってくれたりした。今度は真夜の番だ。


 右手に黒いマントを抱えた真夜は慎重に控室のドアをノックすると、

「蛍ちゃん? 真夜です」

 室内で待ち構えているであろう蛍に聞こえるよう、はっきりと発声した。廊下では、流歌やフラン、瀬里奈をはじめとした十数名の関係者たちが、心配そうな顔をしてこちらを見ている。

「……入って」

 蛍の返事を確認した真夜は、関係者たちに対してOKサインを作り、

「じゃあ、入るね」

 ドアノブを回して控室に入った。

 部屋の中では、すでに私服に着替えた蛍が脚を組んで椅子に座っていた。

「神村さんも座って」

「……うん」

 蛍の言葉に従い、真夜は椅子に座った。蛍とまっすぐ向き合う形になる。蛍の顔からは、表情が読み取れない。何を考えているのか……。とりあえず、謝ってみるしかないか。

「蛍ちゃん、今日はごめんなさい、本当に」

「……ドッキリのことを謝っているの?」

「え? う、うん」

「勘違いしないでほしいのだけど」

 蛍がため息交じりに言う。

「私、別にあのことに怒ってるわけじゃないの。スタッフさんから聞いたけど、元は私たちの……『3×3CROSS』のプロデューサーの冬月悟の発案らしいのね。まったく、あの豚は……」

「ぶ、豚って……」

 確かに冬月悟は太っているので、そう揶揄する人がいるのを真夜は知っている。しかし蛍がそれを言うとは思わなかった。面食らっている真夜に構わず、蛍は話を続ける。

「私、お化けとかオカルトとか、その手のものが全っ然ダメなの。子どもの頃にパ……お父さんに半ば無理矢理見せられたホラー映画が本当に怖くて。軽いトラウマになっちゃってるのかもね。神村さんたちのユニットだって、あれだけ可愛らしい感じにしてくれてるのに、ちょっと怖いくらいなの」

「ルカちゃんのことも怖がってたもんね……」

「そうね。ははは、バカみたいでしょ」

 蛍は自嘲気味に笑った。

「そんなことはないよ。むしろ……」

 真夜は少し考えた。自分の気持ちを伝えるにしても、言葉を選ぶ必要があるかもしれない。

「……むしろ、蛍ちゃんかわいいなって私は思ったよ。蛍ちゃんって何もかも完璧みたいに思えたけど、かわいいところもあるんだなって」

「なにそれ。上から目線?」

 蛍の声と目つきが刺々しいものになった。しまった、言葉のチョイスを間違えたか。

「……あの豚がこんなくだらないドッキリを仕組んだのも、そういう狙いがあったのかもね。完璧なアイドルよりも、弱い部分があるほうが人気が出るってことなのかもしれない。でもね、私は完璧でありたいの。完璧な『来栖蛍』しか見せたくない。誰に対しても。あんな情けない姿がテレビで晒されるのなんて、耐えられない。恥ずかしくて死んでしまいそうよ。どんな手を使ってでも、あの映像はお蔵入りにしてもらうわ。そして、今日限りでアイドルも辞めさせてもらう。今後もこんな仕事があるのだったら、やっていけないわ」

 吐き捨てるように蛍が言う。

「……」

 これほどに負の感情を露わにする来栖蛍を、真夜は初めて見る。ただ戸惑うだけで、言葉が口から出てこなかった。真夜が何も言えずにいるのを見て、蛍はさらに続ける。

「あんたを呼んでもらったのはね、最後に言いたかったことがあるからよ。……私、あんたが大っ嫌いだった。あのドラマで共演した、子どもの頃からずっと嫌いだった。私が主演だった。主役だったのよ。なのに全部、全部あんたが話題を持って行ってしまった。収録前は、自信が無さそうな顔をしていたくせに……。でも、それはいいのよ。仕方が無いことよ。許せなかったのは、あんたがとっとと芸能界を辞めてしまったことよ!」

「……」

「私は同年代の女の子に負けっぱなしでいたくなかった。私の力で今度はあんたに勝つんだって思ってた。なのにあんたは、あんなバッシングのせいで潰れちゃって」

「……」

「……あんたへのくだらないバッシングを裏で糸を引いていたのは、私が当時所属していた事務所だって知ったのは、あんたが辞めた後だった。そのことは、私は謝らないよ。自分が頼んだわけじゃないし。でも、なんだか私まで芸能活動がバカバカしくなっちゃってね。人気が衰えそうな気配もあったし、私も芸能界を辞めちゃった。それでも、スッキリしないものはずっと残ってた。負けっぱなしは嫌だった。そんな状態で、この間まで生きてきた。……あんたがアイドルになるって聞いたから、私も再デビューを決めたんだ。今度こそ、あんたに勝つために」

 そこまで一息に言うと、蛍は椅子から立ち上がった。

「……だけど、それももういいわ。アイドルなんてものが、ここまで下らないとは思ってなかった。私の不戦敗でいい。……無様だね。勝手にライバル意識持って、勝手に敗北感味わって」

 蛍は真夜に背を向けると、

「じゃあね、神村真夜さん。もう会うこともないだろうけど、せいぜいこの汚い芸能界で、イロモノアイドルとしてがんばって」

 そのまま控室から出ようとする。

 

 いけない。彼女をこのまま返してはいけない。

 それだけはわかる。しかし真夜は蛍の勢いに圧倒され、うまく言葉が出てこなかった。頭の中で考えがまとまらない。真夜は自らが持ってきた黒いマントを見た。今がこれの使い時だ。そのために持ってきたのだ。

 真夜は立ち上がり、急いで黒いマントを着た。蛍はドアノブに手をかけようとしている。

「待ちなさい、来栖蛍っ!」

 『黒姫カーミラ』が叫ぶと、蛍の動きが止まった。

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