ひとりじゃないの(8)
「なに? まだなにかあるの?」
蛍がこちらを見つめてくる。
「あなたの話はよくわかりました。だから、今度は私の話を聞きなさい」
「なんで急に偉そうな口調で……」
蛍はそこまで言って、気が付いたようだった。
「そのマントといい、口調といい、あんたは今吸血鬼のお姫様になってるってわけ?」
鼻で笑っている。だが、構うものか。
「ええ、私は今『黒姫カーミラ』です」
「はあ、そう。じゃ」
再び蛍が部屋から出ようとする。
「ちょっとちょっと! だから待ちなさい! 私の話を聞きなさい! 言いたいことだけ言って辞めるなんて、いけません!」
「うるさいなあ、もう。……なんでそんな、変なキャラ作った状態のあんたの話を聞かないといけないのよ」
心底面倒くさそうな顔で蛍が言う。変なキャラ、か。真夜は少し笑ってしまった。それでも、すぐに『黒姫カーミラ』に戻る。
「変なキャラね。そうかもしれません。でも、この私のモデルになったのは来栖蛍、あなたなんですよ」
「……へ?」
堂々としていて、礼儀正しく、優しく、気高く。それでいて、どこか裏がありそうな妖しさ。そんなところが、子役時代の来栖蛍にはあった。そして共演していた真夜は、そんな彼女に間違いなく憧れていた。
だから、吸血鬼のお嬢様というキャラクターを作ることになったとき、アニメやゲームを参考にしながらも、根っこの部分では蛍をモデルにした。こうありたい、という真夜の思いを投影した。
「……それがどうしたのよ。しょせん作り物の私をもとにしてさらに作った、二重の作り物じゃない。まさに偶像よね。いや、虚像かな。本当の姿から歪みに歪んだ虚像よ」
一瞬きょとんとした顔をした蛍だったが、すぐに冷静になり、責めるような声をあげる。
「そうかもしれません。でも、『本当の姿』ってなんでしょう。素の自分ってことでしょうか」
「……そういうことよ」
「芸能活動では素の自分を出すことは無理だと?」
「ええ、少なくとも私には無理よ。作った自分でないと、とてもカメラの前で立つことに耐えられない。それはあんただって同じでしょう。そんなわけのわからない設定のキャラを作っちゃって!」
「そうは言いますが、一〇〇パーセント作り物で居続けることなんてできますか? どうしたって、素の自分がある程度はにじみ出てしまうものではないですか? 逆に、一〇〇パーセント素の自分で常にいるということもまた、不可能ではないでしょうか。芸能界に限らず、普通に生活していたって、多少は演技しているでしょう」
「……」
真夜は自分の考えを整理したうえで、努めてゆっくり丁寧に言う。荒れている蛍を落ち着かせるように。
「きっと、すべてをさらけ出すことも、すべてを隠し通すことも、どちらも無理があるんだと思います。素の自分と作り物の自分の、バランスを取りながら生きていくしかない。芸能活動は作り物の割合をやや高めることが必要にはなるのでしょうけど、やはり素は見えてしまうのだと思います。だから私はこれから『黒姫カーミラ』でいるときも、『神村真夜』のことを隠しません。自分は『神村真夜』ではなく『黒姫カーミラ』だと言い張りますが、『神村真夜』をなかったことにはしません。素の部分が外に出てしまったら、それすらも作ったキャラに取り込んでしまえば良いではないですか。そうしたら、一回り大きくなれる。私は、そう思います」
「……」
「あのドラマで『神村真夜』は確かに大ブレイクしました。でも、それはどこまでもまっすぐな主人公を見事に演じたあなたがいたからこそ、対照的ないじめっ子の悪役が目立っただけのことです。あなたは勝ち負けを気にしているけれど……そういう見方もあるでしょうけど……この世界、それだけじゃないと思うんです。昨日のライバルだって明日は仲間になって協力することがある。ライバルとして切磋琢磨することで、良い番組、良い作品ができることもある。勝ち負けだけにこだわる必要はないと思うんです。なにより私は、あなたとまた一緒に仕事をしたい。一緒に良い番組を作りたい。だから、お願いします。辞めないで……」
真夜は蛍に対して深々で頭を下げた。考え直してくれるか、わからない。でも、これが真夜の偽らざる気持ちなのだ。頭を下げたままでいると、数秒の沈黙の後、蛍の声が聞こえてきた。
「……顔を上げなさいよ。あんたお姫様なんでしょ? そんな簡単に下手に出ちゃダメよ。キャラがブレブレじゃない」
真夜は姿勢を元に戻した。まっすぐ蛍の顔を見る。その表情からは、感情が読み取れない。
「とりあえず……ここから出て行ってくれない?」
その言葉を聞いて、一瞬ガクリと肩を落としてしまった。説得失敗か……。が、すぐに気が付いた。
さっきは蛍がこの部屋から出て行き帰ろうとした。それが、真夜を出て行かそうということは。
「今からまた衣装に着替えるんだから、出て行きなさいよっ」
蛍は真夜から目を逸らし、照れくさそうに言った。




