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なんてったってアイドル(5)

 その日の夕方、レッスンを終えた真夜とフランは流歌の実家があるK市に向かう電車に乗っていた。家に戻る響介、光、満が一緒だ。マネージャーとして史郎が同行するのが当然であり、史郎もそう申し出たが、真夜は断った。史郎が出てくると、どうしても大人同士の話になってしまう。真夜たちはビジネスの話をしに行くわけではない。真夜たちだけで行ったほうが流歌の家族も気を許しやすいのではないかと思ったのだ。

 そして流歌は実家に行くことを拒否し、史郎たちとともに宿に残った。予想できた反応ではある。

「びっくりしたよ、真夜……じゃない、カーミラが突然流歌の実家に行くと言い出した時は」

 ボックス席で隣に座るフランが真夜に話しかけてきた。

「すごい行動力だな」

「自分でも少し驚いているけどね。でも、ルカのご家族とお会いして、何が問題なのか知っておきたいと思ったの。今後のためにも。そんな機会はお兄さんたちが来てくれた今しかないだろうし……」

「はっ、俺にできることならなんでもやります!」

 真夜と対面する席の響介が、まっすぐ目を見て言ってくる。

「あ、ありがとうございます……」

「カーミラは魔性の女だなあ、吸血鬼だけに」

「フランさんうまいこと言いますね!」

 響介がニコニコしている。同行者が楽しそうにしてくれるとこちらも嬉しいな、と真夜は素直に思った。なぜ魔性の女呼ばわりされるのかはピンとこないが。

 フランが自分の顔をじっと見つめていることに真夜は気が付き、

「な、なに?」

「カーミラ、全然わかってないなあ。フランがカーミラと一緒に行くのは、一人じゃ心細いだろうからっていうこともあるが、ボディーガード的な意味合いもあるんだからな。男は狼なんだから気をつけろと昔のアイドルも歌っている」

 響介は慌てて、

「ちょ、そんな! 何もしませんって!」

「どうだか」

 真夜は会話のニュアンスが理解できずにいた。

「確かにお兄さんは人狼だけど、ルカで慣れてるから別に怖くないよ?」

「そういう意味ではなくてだな……まあ、いいや」

 フランはため息をつくと、少し顔を紅潮させている響介に向かって、

「お兄さん、カーミラはこういう子なんだ。大変だぞ」

「……いいですよ、それならそれで」

「……?」

 相変わらず真夜は二人の会話がよくわからない。ふと通路を挟んだ向かい側のボックス席に目をやると、光と満がすっかり眠りこけているのが見えた。


「あらあら! まあまあ! ようこそ、いらっしゃい! 二人ともかわいいわねえ、さすがはアイドル!」

「あ、ありがとうございます……」

 流歌の母親は、娘に似て声が大きい女性だった。くりっとした目も流歌と似ており、親子だと一目でわかる。

 すでに夜七時を過ぎている。流歌の実家は、ところどころに田んぼがある住宅街の中にあった。響介があらかじめ連絡を入れておいてくれたので、話はスムーズに進んだ。流歌の部屋でいいのなら真夜とフランを泊めてくれるうえに、二人の夕食も準備してくれるという。泊めてくれなければ史郎に車で迎えに来てもらう必要があったところだ。

「本当にありがとうございます。急なうえに、勝手な話なのに……」

「ご迷惑をおかけします」

 玄関先で真夜とフランが揃って頭を下げると、

「いいのよう、ルカがお世話になってるんだし。あの子の話を一緒にがんばってる仲間から聞きたいしね」

 流歌の母が笑って答える。いい人だ、と真夜は思った。流歌の芸能活動について反対しているようには感じられない。流歌が話していた通り、父親以外との関係は良好なのだろう。結局、問題は父親との関係に尽きるのかもしれない。流歌の父親はまだ帰宅していないとのことなので、おとなしく帰りを待つことになった。

 真夜たちが家の中に入ると、いったん居間に通された。居間では、六〇歳過ぎに見える白髪の女性がテレビのニュース番組を見ていた。

「ばあちゃん、ただいま!」

「ばあちゃーん」

 光と満がそう言いながら彼女に駆け寄ったので、流歌の祖母だと真夜はわかった。

「はいはい、お帰りなさい」

 流歌の祖母は幼い孫たちに優しくそう言うと真夜たちにも気が付いたようで、

「ええと……このお嬢さんたちは誰だい、響介」

「ルカとユニットを組むことになってる人たちだよ」

 真夜はあわてて、

「黒姫カーミラと申します! ルカさんにはいつもお世話になっております」

「フランと言います。急に押しかけて申し訳ありません」

「はいはい、二人ともかわいらしいねえ。お人形さんみたいじゃない」

 流歌の祖母は笑ってそう言うと響介の方を向き、

「どちらかが響介の彼女だったりは……しないんだろうねえ……」

「なんで俺に聞く前に答えを出しちゃうんだよ!」

「じゃあ、彼女なのかい?」

「違うけれども!」


 やがて流歌の父親が帰宅し、夜八時には真夜とフランも含めて家族全員で一緒に夕食をとることになった。

 流歌と父親の折り合いが悪いことは承知していたので、真夜たちにもそのせいで敵意が向けられるのではないか……と少し怖かったのだが、全くそんなことは無かった。流歌の父親は人狼のはずだが、ごく普通の中年男性に見える。真夜たちに対しても物腰は柔らかく、流歌についてはあまり触れないものの、世間話をしながら和やかな雰囲気で夕食は終わった。

 本題に入ったのは、光と満がダイニングルームから去った後だった。

「さて……じゃあ、そろそろ突っ込んだ話をしましょうか」

 流歌の父親のほうから真夜に対して切り出してくる。

「私のこと、ルカはどんな風に言っていますか? どうせ、ボロクソに言ってるんじゃないですか?」

「いえ、そんなことは……」

 流歌の父親はさびしそうな目をしているように見える。真夜は慎重に言葉を選んだ。

「ただ、アイドルになることをお父様から強硬に反対されて、納得いかないようでした。なんというか、意固地になっているように見えましたね。『出て行け』と言われてそのまま出てきちゃった、とか……」

「ああ、言いましたねえ、確かに。売り言葉に買い言葉でね……」

 父親は苦笑しながら言った。すると、フランが間に入ってくる。

「すいません、ルカのアイドル活動について、お父さん以外の方はそれほど反対しているという印象は受けないんですが……そういうことでいいんでしょうか。お母さん、お祖母さん、お兄さんは」

「うーん」

 最初に口を開いたのは母親だった。

「私は正直、芸能活動をするのはいいとしても、何も中学生のうちから親元を離れる必要はないんじゃないかと思ってるんです。もう少し待てなかったのかな、という気持ちです。でも、本格的に歌の勉強をするなら早い方がいいというのもわかるんですけどね……」

 親として悩んでいる様子がうかがえる。

「俺は……ルカが今やるって決めたんなら、やらせてあげればいいと思う」と、響介。

「簡単に言ってくれるな」

 父親がつぶやいた。響介は少しむっとした様子で、

「俺だってそれなりに考えてるよ。芸能の仕事が大変な世界だってことくらいはわかる。もしルカが大人になってからそっちの世界に行って失敗したら、ちょっと取り返しがつかなくなるかもしれない。けど、今のうちからアイドルとして活動してたら、もしパッとしなかったとしても若いうちに軌道修正して、普通の人生に戻ることができるんじゃないかな。だったら、チャレンジするのは早い方がいいじゃん。失敗することが前提だから、後ろ向きな考え方かもしれないけどさ」

「……」

 父親は黙っている。何か考えごとをしているように真夜には見えた。

 響介の考え方は一理あるように思える。真夜自身が、大人になった後も芸能界で生きて行こうと決めてはいないからだ。そんな先のことまで考える余裕が無い、というのが正直なところなのである。

「お祖母さんはどうなんですか」

 フランに話を振られると祖母は、

「私は……ノーコメントということにしてもらえるかね」

 笑って答える。孫の進路のことにまで立ち入る気は無いということだろうか。いまいち考えが読めない。

 フランが真夜に視線を向けてきた。真夜はゆっくり口を開く。

「……最終的には、ルカ自身が決めることだと思うんです。でも、実家に帰りもせず、ご家族と話し合う機会も持とうとしないのは、ルカが悪いと思います。私、明日宿に戻ったら、ルカにもう一度ここへ帰ってご家族と……特にお父様と話し合うように説得してみます。だから、お父様の方も……ルカとじっくりもう一度お話していただけませんか」

 そこまで言って父親を見る。だが、答えはつれないものだった。

「ルカが家に来るなら、話すのは話しますけどね。でも、私の答えは変わりませんよ。大人になってからだったら、ルカ自身の責任だから私にはどうすることもできません。けれど、まだルカは子どもだ。中学生だ。それくらいの歳から芸能活動をするのには反対しますよ。特にアイドルなんて、絶対に! ……その考えは変わりません」


 結局、やや気まずい雰囲気のまま夕食後の話し合いは終わった。真夜とフランはその後、風呂を借り、着替えた後で寝床となる流歌の部屋に入れてもらった。

 流歌の部屋は、勉強机やベッド、タンス等があるだけで、いたって殺風景だった。本棚やCDラックはあるが、そこに入っているべき本やCDの類がない。処分したのか、あるいは東京に持って行ったのか。実家に戻らないという流歌の覚悟が現れているのかもしれない。真夜は考えこんでしまう。

(なんであのお父さんは、ルカがアイドルやることにそこまで反対なんだろう……? 何か理由があるのかな)

 質問してもどうせ答えてくれなさそうな雰囲気だったので言わなかったが、気になるところだった。芸能活動というより、『アイドル』に反対しているような口ぶりだったのも引っかかる。

 思案にふける真夜をよそに、フランはベッドの上の布団をぽんぽんと叩きながら、

「布団が無いから、悪いけどこのベッドで二人で寝てくれってお母さんは言ってたな」

「ん? ああ、そうだね。私は体が大きいから、フランは狭く感じるかもしれない。ごめんね」

「構わない構わない。代わりに肉布団を堪能させてもらうから」

「何言ってんのっ!?」

「……ルカのお兄さんは死ぬほど羨ましがるだろうな」

「え?」

 真夜がフランの呟きを聞き逃したとき、ドアをノックする音が聞こえた。

「はい」

 真夜が返事をすると、ドアが開く。そこには流歌の祖母が立っていた。

「あら、お祖母様」

「遅くにごめんね。……あんたたち、明日の朝は何時ごろに出るんだい?」

「八時前には出ようかと……」

「そうかい。じゃあ……五時前に私がまたこの部屋に来るから、ちょっと付き合ってもらっていいかい?」

 真夜は少し驚き、フランと顔を見合わせた。

「早いですね……。いえ、もちろん構いませんけど! いったい、どうして……」

「あんたたちに渡したいものがあるんだよ。他の誰にも見つからないように、ね」

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