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なんてったってアイドル(6)

 携帯電話の目覚ましアラームで、流歌は目を覚ました。もう朝か。枕元の携帯電話に手を伸ばし、アラームを止めるために画面を見る。午前七時と表示されていた。

「おはようござ……」

 そこまで言って、流歌は口を閉じた。真夜とフランは今朝はまだ宿にいないのだ。昨晩はこれまでと違い広い部屋に流歌一人で寝ることになり、さびしかったことを思い出す。流歌はため息をついた。合宿最終日となる今日、午前九時過ぎには真夜とフランは流歌の実家から戻ってくることになっている。昨夜は特に二人から連絡も無かった。二人が流歌の家族とどんな話をしたのか、想像もつかない。


 顔を洗い、部屋を出て食堂に向かうと、ワイシャツ姿の史郎がすでに朝食を食べ終えようとしているところだった。羽後と青葉の姿は見えない。

 「おはようございまーす……」

「おはようございます。……森山さん、なんだか元気がありませんね」

「えっ!?」

 いきなりそう声をかけられて流歌は動揺したが、

「そんなことないっすよ! 朝だからちょっとまだ眠いだけで、元気元気! 踊りだって踊っちゃいますし!」

 言いながらその場で適当にダンスしてみた。

「いいですよ、無理しなくて」

「……はあ」

 史郎には空元気がお見通しのようだった。

 朝食の配膳がセルフサービスになっているため、ご飯や味噌汁を自分でよそい、史郎の向かいの席に着く。史郎はすでに完食し、紙パックのトマトジュースを飲んでいた。

「やはり、神村さんとフランさんがいないとさびしかったですか」

「直球っすね、マネージャー。……それもありますけど、森山が父ちゃんとうまくいってないせいで、みなさんに余計な手間をかけさせて……ご迷惑をおかけして……申し訳なくて。でも、それでも、父ちゃんとは会いたくなくて。会うとケンカになるってわかってるから。これじゃダメだって思ってるんですけど……」

 自分でも意外なほど、スラスラ本音が出た。他に誰もいないのが良かったのかもしれない。

 史郎は黙って流歌の話を聞いてくれていたが、やがて口を開いた。

「さっき、神村さんから電話がありましてね」

「え? はい」

「予定では九時頃に宿に戻ってくる予定だったんですが、神村さんもフランさんも、もっと早く戻るようにしたとのことです。一刻も早く、森山さんに見せたいものがあるから、と。そろそろ来るんじゃないですかね」

「え……」

 見せたいもの? ……流歌には全く見当がつかない。

 と、玄関の方からドタバタという音が聞こえてきた。やがて食堂のドアが開き、息を切らせた真夜と涼しい顔をしたフランが駆け込んできた。

「ルカち……っ……マネージャ、さ……っ、ただい、ま、おはようご、はぁ……」

 真夜は肩で息をしており、何を言っているのかよくわからない。

「ちょっと、大丈夫ですか真夜さん!」

 流歌はあわてて真夜に駆け寄る。合宿中は真夜を『黒姫カーミラ』として扱うことになっていたはずだが、いつの間にか忘れていた。

「はぁ、ルカちゃ、はぁ、あん……」

「なんかエロスを感じるなあ」

 真夜と対照的に全くいつも通りのフランが言った。

「そんなこと言ってる場合じゃないっすよ! いったいどうしたんすか!」

「駅から全速力で走ってきたんだよ。別に走らなくてもいいって言ったんだけどな、フランは」

「と、とにかく、これ、これを……。ルカちゃんのお祖母様から、預かってきたの……」

 息も絶え絶えの真夜が鞄から取り出したものを、流歌は受け取った。それは、流歌が幼い頃はまだ自宅や店頭で見かけることがあったが、最近はすっかり姿を消したもの……ビデオテープだった。


 ビデオテープの中身を視聴しようにも、今となっては再生機器があまり無い。だが、そこは事前に真夜から連絡を受けた史郎が動いていた。宿の経営者に問い合わせ、宿にあるレコーダーが幸運にもビデオテープの再生が可能である機種であることを確認し、借してもらうことになったのだ。

 そして今、真夜たちの部屋に四人が集まっていた。テレビとレコーダーの配線を終え、後はビデオテープを再生するだけだ。

「真夜さんとフランさんは、どんな映像が入ってるか知ってるんすか?」

「うん、一応お祖母様からうかがってる。映像は見てないけどね。でも、説明するよりもルカちゃんに見てもらった方が早いと思うから」

 流歌の問いに、ようやく落ち着いた真夜が答える。

「まあ、真夜さんがそう言うなら……とにかく見てみます」

「では、いいですね。再生しますよ」

 史郎の言葉に、三人がうなずいた。史郎はそれを確認すると、再生ボタンを押した。

 テレビ画面には、流歌の見たことないCMが映し出された。ということは、テレビ番組を録画したものか。映像は随分劣化しているし、CMの音楽や演出のセンスも古い。

「これ、いつの奴なんすかね。かなり昔のものみたいですけど。マネージャー知ってます?」

「いえ、私も見た記憶がありません」

 二〇代後半の史郎が知らないということは二〇年どころか、もしかすると三〇年近く前のテレビ番組なのだろうか。なぜそんなものを祖母が今、流歌に見せようとするのか……?

 やがて始まったのは、古さを感じる歌番組だった。出演者の髪型も服装も、番組のロゴもトークの内容も、映像の何もかもがCM同様にセンスが古臭い。

「うはあ……古いっすね。これはこれで面白いっすけど。ばあちゃんがこれを見ろと言ってたんすか?」

「そう。全部見る時間はもったいないから、悪いけど早送りするね。お祖母様から肝心の映像が映る時間は聞いてるから」

 そう言って、真夜が早送りボタンを押す。しばらく無音で映像が早送りされ、みんなが黙っていたが、やがて真夜が「ここだ!」と言ってボタンを押し、再生が始まった。

 テレビの中では、司会者が次の歌い手を紹介していた。

 『さあ、次は期待の新人アイドルです。信州からやってきた元気っ子、林原はやしばらとおるさんです!』

 ……信州? 嫌な予感がした。

 登場してきた男性アイドルを見た瞬間に流歌が抱いた感想は『なぜ兄の響介が昔のテレビに出ているのだろう』というものだった。だが、すぐにそんなわけがない、と理解する。このテレビ番組はおそらく、響介が生まれるずっと前のものだ。

 つまり、テレビの中で時代を感じさせるパーマをかけ、臭い歌詞を格好つけて歌い、青いジャケットを着てバックダンサーとともに踊っている、響介によく似たこの少年は、

「父ちゃん……!?」

『そうさ、全部きみの言う通りさ~♪』

 流歌の呟きと、テレビから聞こえる歌声が偶然シンクロした。


『ルカちゃんのお父さんも、アイドルだったんだよ。でも、お祖母様がおっしゃるには、その……びっくりするほど売れなかったんだって。曲に恵まれなかったのもあったし、事務所が潰れちゃったっていう事情もあったみたい。二曲だけリリースして、アイドルやめちゃったみたい。テレビ出演も数えるほどしかしてないんだって。残ってるのは、お祖母様が録画しているこのビデオテープだけ』

 実家があるK市に向かう電車の中で、流歌は真夜から聞いた話を思い出していた。

『どうもお父さん、その過去を恥ずかしがってるみたいだね。可能な限り隠してるみたい。親戚の人たちには徹底的に口止めしたりね。ルカちゃんのお母さんも、アイドル辞めてから出会ったから、そのことは知らないんだって。当然、お兄さんや弟くんたちも知らないよね。お父さん本人とお祖母様だけしかルカちゃんの家族じゃ知らなかったわけだ』

 ビデオテープの映像を見た後は、予定通り午後三時までレッスンが行われた。できる限り集中して練習したつもりだが、どうしても若き日の父が歌い踊る映像がふとした瞬間に頭にちらつき、何度か吹き出してしまって青葉には怒られた。

 そして合宿の全日程を終えた後、流歌は真夜たちに告げた。

「……このまま東京に戻るんじゃなくて、一度実家に帰ろうと思います」

 真夜とフラン、史郎は顔を見合わせて笑った。

「それがいいと思いますよ。ゆっくり話し合ってください、親子水入らずでね」

 史郎の言葉には「はいっ」と勢いよく返事をしたが、

「ルカちゃん、林原とおるさんによろしくね」

「その名前は勘弁してほしいっす……なんだかこっちまで恥ずかしくなってきますぅ~」

 

 電車の窓から見える田舎町の風景が、よく見慣れたものになってきた。故郷に戻るのは正月明け以来なので半年も経っていないのだが、とても懐かしく感じる。

 電車に乗っていた約一時間半、流歌の頭の中では嫌でも父の映像が再生され、笑いをこらえるのが大変だった。父の曲は流歌からするととてつもなく古臭く、失笑ものだ。ダンスだって振り付けだけの問題ではなく、父自身の踊りが下手くそだった。

 だが、歌声だけは見事だった。流歌以上の声量でいて、どこか甘い不思議な魅力もあった。そこだけは認めざるを得ない。

(そういえば、父ちゃんが歌うのを聞いたこと、これまで一度も無かった……)

 父のことを何も知らなかったのだと、改めて流歌は思った。同時に、アイドルになりたいと伝えたとき、自分の過去を教えてくれれば良かったのに、とも思う。何も言ってくれないんだから……。

 流歌が芸能活動をするにあたって、父が一番理解が無いものだと考えていた。でも、それは違ったのかもしれない。芸能界のことを、アイドルのことを最も理解しているからこそ、反対したのかもしれない……。

 電車が速度を緩め、実家の最寄駅のホームが近付いてくる。

「げっ」

 流歌は思わず声をあげてしまった。ホームに家族が勢ぞろいしているのが見えたからだ。両親と祖母、兄、二人の弟の姿が確かにあった。

(母ちゃんには帰るって伝えたけどさ。わざわざ出迎えに来なくても。店があるんじゃないんかい……)

 苦笑しながら、流歌は席を立った。やがて電車が完全に止まり、ドアが開く。

 まずは、話そう。話し合わないと、何も動き出さない。電車を降りて、流歌は家族が待っている方向を向いた。こういうのは、先制攻撃が大事だと思う。

「ただいまっ!!」

 次の駅に向けて動き出す電車の音に負けない大きさで叫んでやった。

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