天女、睦月村を歩く。
「やあ、さよりちゃん」
さよりちゃんと呼ばれた女の子は、ペコリと初春さんに礼をした。
「お土産ありがとうね」
さよりちゃんはフルフルと首を横に振った。
別に構いませんよ、そう意味したんだと思う。
さよりちゃんは何の用事でこの睦月村に来たのかは分からないが、春町の弥生村に用事があるらしい。
因みに春町の弥生村とは、睦月村の隣にある如月村を越えて、冬町と春町の境にある問を越えたら行ける。
月見里世界は簡単に言えば時計だ。
時計の1が睦月村、2が如月村……12が師走村。
最初は村全てを巡ることが13の供物に繋がるかと思ったけど、生憎、月見里世界の村の数は全部で12。
13とは一切関係ない。
やっぱり供物って言うからには“物”じゃないかと私は考えている。
「さより、お土産の中身は?」
男の子がさよりちゃんに話しかける。
さよりちゃんはスケッチブックを取り出して右手にペンを持って書き始めた。
「【開けてからのお楽しみ】」
可愛らしい、且つ、綺麗に整った女の子の字だった。
こういう文字を書く人は大抵ノートが綺麗で見やすい。
ってそんな事は関係ない。
……何でペンとスケッチブック使ったの?
またも、さよりちゃんはスケッチブックに文字を並べ始める。
「【この人は?もしかして天女様!?】」
チラチラと視線を配っていたらしい。
私はあの子に注目されている。
まぁ、確かにあんまり見ない服装だとは思ってるけどここまでとは。
「そうだよ」
初春さんは笑って言った。
彼の笑顔は、気持ちを穏やかにさせてくれる。
私の緊張も初春さんの笑顔のおかげですぐに消えた。
「【はじめまして、梅原[うめはら]さよりと言います】」
ご丁寧に振り仮名まで書いてくれた。
ペコリと礼をしたさよりちゃんと目が合う。
彼女は、やっぱり小さい。
年の離れた妹ではないかと思わせる幼い顔立ちに身長。
首には水筒らしきものをさげていて、小さなリュックを背負っている。
……遠足に向かう幼稚園児みたいだ。
如月村からやってきたと聞いてるけど、こんな小さい子が睦月村まで一人で行けるものなのだろうか。
とは言っても、如月村から睦月村までどのくらいの距離があるのか分からないけども。
もしも私がさよりちゃんくらいの年齢だったら、駄々をこねてお母さんに迷惑をかけるに違いない。
一人で行く勇気は絶対にないだろう。
「はじめまして。さよりちゃん……で良いかな?」
さよりちゃんはコクンと頷いた。
「【名前を聞いてもいいですか?】」
スケッチブックとペンを出されて、私は一瞬戸惑った。
これは“書いて”と言う意味なのかな?
おずおずとペンに手を伸ばし、書いてもいい?とアイコンタクトを送ると小さくお辞儀をされる。
真っ白のページを開いて、“月夜野 小町”と自分の名前をできるだけ丁寧に書いた。
“つきよの こまち”と振り仮名もふっておく。
「【小町さんって呼んでいいですか?】」
「うん。宜しくね、さよりちゃん」
さよりちゃんは笑顔で大きく頷いてくれた。
か、可愛い……!!
私は一人っ子だから……妹がいたらこんな感じだったのかな、と思った。
一見普通に進んでいる会話だけど、さよりちゃんがスケッチブックに文字を書いてる時間があるからちょっとテンポが悪いかな。
「さよりちゃんはこれから弥生村に向かうのかい?」
「【はい】」
「じゃあ、この手紙を雛[ひいな]ちゃんに渡してくれないか?」
初春さんが自分の部屋の引き出しから出してきたのは、手紙の用だ。
雛さんという人物に渡すらしい。
「【私が睦月村に来た時に毎回これを渡されますけど、一体何書いてるんですか?】」
「えー、大人の秘密って奴だよ」
「【お言葉ですけど、雛さんは私と大体同じ年齢ですよ?大人と言うには遠い気がします】」
「あっれ、そうだっけ。君の姿を見ていると忘れちゃうね」
「いいかい、さより。アレはラブレターと言ってね……」
「【それじゃあ初春さんって、かなり年下の女の子に恋文を書いてらっしゃるんですか!?】」
「やめてー!これ以上言わないでー!君も嘘を吐くのはやめて!!本当にやめて!!ただのアレだよ、うん、そう、アレなんだ、アレなんだよ、アレだ!」
「怪しいでーす」
「【怪しい初春さん……】」
「怪しくなんかない!」
いや、明らかに怪しいですよね!?
私も心の中で突っ込んでおいた。
そして思わず、ふふっと笑ってしまった。
「小町ちゃん?」
「あ、別に深い意味はないんです。ただ皆さんの会話が面白くて……えーと、雛さん?でしたっけ?雛さんって……」
「【雛さんは弥生村の長[おさ]なんです。私と大体同じ年齢ですよ】」
「さよりちゃんと同じ年齢……!?」
あまりにも幼くない!?
もう一度言うけど、さよりちゃんの姿はどう見ても幼稚園児。
つまり、さよりちゃんと同じ年齢である雛さんって人は……5、6歳くらい!?
そんなに幼くて村の長が務まるものなのだろうか。
「さよりちゃん、話がズレてしまったけどね、お願いがあるんだ」
「【お願いですか?】」
「うん。彼女……小町ちゃんなんだけど、小町ちゃんが元の世界に帰る為に付き合って欲しいんだ。弥生村まででいい、小町ちゃんを邪気から守ってやってくれないか」
あ、こっ、これは……ほっ、本当にお願いします……!!
***
初春さんに、まずは睦月村を歩いてみたらどうだい?とお金を渡された。
勿論、可愛い女の子……さよりちゃんも一緒。
さよりちゃんは初春さんと私のお願いを快く了承してくれた。
「わ、結構いっぱいいるんだね、人」
老舗料亭、霞染から出れば人だかり。
沢山の人であふれていた。
「【睦月村は月見里世界の中でも有数の観光名所なんです。沢山の料亭があったり屋台があったり……料理のおいしさは月見里村で一番!】」
「そうなんだ!食べるの好きな人には嬉しい所なんだろうね」
私は周りを見回しながら、さよりちゃんと一緒に歩く。
美味しそうな匂いが私の食欲をそそる。
さよりちゃんが言った通り、私の横には屋台が並んであって人を呼び込む声が聞こえる。
「どうだい嬢ちゃん、一本食わねーか?」
「え、あの……お金ないですし」
初春さんから貰ったお金は大事に使っていきたいところだ。
出来れば今消費するものじゃなくて、これからも使っていける長持ちするような物にお金を使っていきたい。
「別にいいってことよ!サービスって奴だ!」
「いいんですか!?」
「食っとけ食っとけ!」
「ありがとうございます!!」
サービスと言われ、焼き鳥を頬張った。
さっき霞染で食べたばかりなのに、ここの通りを歩いていると幾らでも食べられる気がしてくる。
焼き鳥はとてもおいしかった。
私が住んでいるところでは見れない光景に、胸が高鳴る。
さよりちゃん曰く、睦月村は毎回訪れる度にこんな感じだという。
まるで毎日が祭りの様だ。
雪も降っているけど寒くはないし、本当に違う世界にいるんだと実感させられる。
「さよりちゃんは食べないの?」
「【村を出る前に食べて来たので今はお腹減ってないんです。あ、私の出身は如月村って言って睦月村の隣なんですよ】」
「弥生村がその隣なんだよね。じゃあさよりちゃんの村を通って弥生村に行くって事?」
「【そうなります。きっと麗月さんも小町さんが来たら喜んでくれますよ】」
「ん……?れい、げつさん?」
また新しい人の名前だ。
この読み方で合っているのか首を傾げたら、さよりちゃんは元気良く頷いてくれた。
「【如月村の長なんです。さっき名前が出た雛さんと一緒の役割で、村を治める偉い人……と言った所でしょうか。村長とでも覚えて頂ければ】」
「じゃあ麗月さんに挨拶しに行かないといけないね」
どんな人なんだろう、とワクワクする。
最初は不安だったけど、こうしてさよりちゃんが付いて来てくれるしホッとしている。
これからどんな旅になるんだろう。
どんな人と出会うだろう。
高校の入学式の時に感じた、不安や喜びや期待が混ざって言葉に出来ない。
さよりちゃんと歩きながら睦月村の説明をしてもらったり、旅に向けての道具を買ったり、さよりちゃんとの買い物は充実したものになった。
「どう見ても水鉄砲だよなあ……」
買い物をしている時に、念のためと思って邪気祓いの力が入っている武器を買っておいた。
高いよ、と初春さんに言われてたから覚悟はしておいたけど、案外安いもので……というより、安い物を買った。
見た目は水鉄砲の様なもので、一般家庭にも1つは置かれてあるらしい。
水を入れて打つだけといったシンプルな構造に、大量生産されている為安価だそうだ。
子供が水鉄砲で遊ぶように……これだったら私も使えるだろうと、レベル1の勇者が持っても違和感がないだろうと思ってコレにした。
正直、これしか安いものが無かったというのも本音である。
「これで、自分の身を護らなきゃいけないのか……」
まだ、邪気というモノをはっきりと見たことはない。
邪気祓いが邪気を祓っているところも見たことはない。
そう言えば、と私はあることを思い出してさよりちゃんに聞いた。
「さよりちゃんも邪気祓いの力あるんだっけ?」
「【んー……邪気祓いと言っても、多分小町さんが想像するようなものではないかと】」
……どういう意味だろう。
ゲームをした事がある私が考えている邪気の祓い方は、本当にゲームそのものだと思う。
剣を持ったり、魔法を使ったり、そういうもので邪気を祓うものだと思っていた。
いやいや待て待て、むしろそれ以外でどうやって邪気を祓うって言うの?
「想像するものじゃない……?」
「【えっと……それは見て貰った方が早いかと】」
説明しにくいのか、苦笑いで書いたさよりちゃんに小さく頷いた。
いつか見せてくれるんだろうけど、ゲームのイメージが強い私にはさよりちゃんが邪気を祓う想像が出来ない。
「あら、さよりちゃんじゃない」
「【お久し振りです】」
「丁度出来上がったんだけど、サヨリの天ぷら食べる?隣の女の子もどう?」
「じゃあ、遠慮なく」
「【頂きます!】」
スケッチブックを地面に置いたさよりちゃんは、屋台のお姉さんからサヨリのてんぷらを頂いていた。
それを見て私は気付いたのだ。
「……あ」
「【どうかしました?】」
「う、うん、何でも無いよ」
……共食いだ。
(補足するなら果物と同じ名前の子……例えるならイチゴちゃんとかミカンちゃんとかが給食で同じ果物が出た時に、からかわれているのと同じ感じだ)