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『凡人の俺、一万円札に転生して最強の幼馴染の財布を目指す』  作者: 凪塩 未来


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第9話:夢を諦めない少年のポケット

第8話では、夕暮れ時の海辺で暮らす老夫婦の温もりと優しさに触れ、お金が持つ「誰かを想う力」を知った駆。

今回は第9話! 舞台は再び若者の日常へと戻ります。かつての自分と重なる、夢を追う少年のポケットに収まった駆が目撃する熱い情熱とは――?

それでは、第9話「夢を諦めない少年のポケット」の本編をどうぞ!

老夫婦の手帳の隙間を離れ、土産物の釣り銭として再び人の手に渡った駆は、いくつかの小さな買い物を経て、ある高校生の少年のポケットへと滑り込んでいた。


――ジャカジャーン、と。


耳をつんざくような激しいギターの音が響く。そこは、街の片隅にある小さな音楽スタジオだった。

薄暗い部屋の中で、汗だくになりながらエレキギターをかき鳴らしている少年がいる。ボロボロのパーカーを着て、必死にコードを抑えるその指先は、ギターの弦で摩擦されて赤く腫れ上がり、所々に絆創膏が貼られていた。


――なんだ、こいつ……。


ポケットの中から外を覗き見ながら、駆は思わず息を呑んだ。

その必死な姿は、かつて自分が三件のアルバイトを掛け持ちしながら、勉強と生活の板挟みになって泥臭く生きていた頃の自分自身と酷く重なっていたからだ。


「はぁ、はぁっ……くそっ、また今のフレーズがズレた……!」

少年はギターをガタリと床に置き、頭を抱えて座り込んだ。

その足元には、使い古されたギターケースと、バイトのシフト表が挟まったノートが無造作に置かれている。ノートの端には、手書きの計算式で「あと3万円で、欲しかったあのギターが買える」という文字が何度も書き殴られていた。


少年もまた、裕福ではないらしかった。

放課後は毎日、ガソリンスタンドや引越し屋のきつい肉体労働を掛け持ちし、擦り切れるようなスケジュールの中で音楽を続けている。親からは「そんな夢みたいなこと言ってないで勉強しろ」と呆れられ、周囲からは冷ややかな目を向けられながらも、それでも自分の音楽を諦めきれずにいるのだ。


ポケットの中で、駆はぎゅっと身を縮こまらせた。

――痛いほどわかるぞ、その気持ち。


欲しいものがある。叶えたい夢がある。でも、現実の財布はいつも軽くて、世界は冷たくて、自分の無力さに何度も押しつぶされそうになる。

努力しても報われないかもしれない。どれだけ足掻いても、生まれ持った才能や環境の壁には敵わないかもしれない。

それでも、ここで引き下がりたくはないという、剥き出しの執念。


少年は大きく息を吐き出すと、震える手でポケットに手を突っ込み、中から財布と、そして駆(一万円札)を取り出した。

スタジオの受付で、延長料金を支払うためだった。


「すいません、あと一時間だけお願いします」

「はい、千円のお釣りね」


受付の店員に駆を手渡し、少年は再び防音の扉の向こうへ駆けていく。

――あぁ、俺はここでまた離れていくのか。


そう思った瞬間だった。

受付の女性がお釣りの小銭と一緒に、間違えて別の場所から引き抜いた新しい一万円札を、少年の財布へと押し戻したのだ。結果として、なぜか駆自身はレジのトレイに置かれず、少年の財布の中に残された別の千円札とお釣りの小銭の束に紛れ、再び彼のポケットへと戻ることになった。


――えっ?


思いがけないハプニングに、駆は驚愕する。

まだ、この少年のそばにいられるのか。

ポケットの暗闇の中で、ギターの重低音が床を通じて直接伝わってくる。その振動は、まるで少年の鼓動そのもののようだった。


世の中には、裏社会で巨額の金を動かす人間もいれば、政治の密室で私腹を肥やす者もいる。

だが、この世界の歯車を本当に回しているのは、こうした泥臭い場所で、傷だらけになりながら夢を追う名もなき少年たちの汗と涙ではないのか。


かつて「勝ち目のない勝負」に絶望し、無糖峰という圧倒的な天才の背中を見上げて歯噛みしていた駆。

しかし今、この少年のポケットの中で、駆は静かに熱いものを感じていた。

才能がなんだ。環境がなんだ。

泥にまみれ、不格好に足掻いたって、自分の足で夢を掴み取ろうとする人間のほうが、何倍も眩しい。


ギターの音が最高潮に達し、スタジオの空気が激しく震える。

その熱気を感じながら、駆は福沢諭吉の顔の下で、静かに牙を研ぎ澄ませていた。

いつかこの旅が終わり、無糖峰の前に立つその日まで。駆は、この世界で生きる人間たちのすべての熱量を、その身に刻み込み続ける。

第9話「夢を諦めない少年のポケット」をお読みいただき、ありがとうございました!


かつての自分と重なる、夢を追う貧しい少年の情熱に触れた駆。裏社会の冷たさや老夫婦の温もりとはまた違う、「青春の泥臭さと輝き」を描いてみました。

次回、第10話「寄付金箱の底で」では、お金の持つもう一つの側面――「善意」や「救い」の形に迫ります。果たしてどんな展開が待っているのか……?


「続きが気になる!」「少年の頑張りに胸が熱くなる」と思っていただけましたら、ぜひブックマークや応援評価をよろしくお願いします!


それでは、第10話でお会いしましょう!

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