外伝第2話:その後の空
本編の第3話で、好きな先輩に渡すために初めて千円札を使った高校生の少女。
その小さな勇気の隣で、奇妙な一万円札(駆)は彼女のピュアな恋を見守りました。
あれから時は流れ、あの日のハプニングと一冊の紙切れは、彼女の心に何を残したのか――。
それでは、外伝第2話「千円札の彼女:その後の空」の本編をどうぞ!
高校三年生の秋。
空はどこまでも高く、すっきりと晴れ渡った青だった。
図書室の窓際で、葵は膝の上の参考書からふと顔を上げ、窓の外を流れる雲を眺めた。あの日のことを思い出すたび、今でも胸の奥がキュッと締め付けられるような、甘酸っぱさと気恥ずかしさが込み上げてくる。
文化祭の準備に追われていた、あの放課後。
ずっと片思いをしていた図書委員の先輩――少し不器用だけど本を愛する優しい彼に、手作りの差し入れのパンを渡した。
勇気を振り絞って差し出したその袋の中には、緊張で震える手で用意した「はじめての千円札」が入っていたはずだった。
だが、あとから財布の中を確認して、葵は目を丸くした。
千円札の隣に、なぜか見覚えのない「ピカピカの一万円札」が紛れ込んでいたのだ。
あのとき、先輩は優しく笑いながら「これ、お釣りのときに間違えちゃったのかな」と返してくれたけれど、葵にはなんとなくわかっていた。あれは、神様がほんの気まぐれで、自分の背中を押してくれた奇跡なのだと。
――「あのときは、本当にありがとうございました」
心の中で、葵はそっと呟いた。
あの日のあの出来事をきっかけに、先輩との距離はぐっと縮まった。共通の読書の趣味で会話が弾むようになり、今では放課後を一緒に過ごす特別な関係になっている。告白こそまだしていないけれど、お互いの視線が交わるだけで、温かな空気が二人の間に満たされる。
あのとき、一万円札に込めた「どうか私の想いが届きますように」という祈り。
それは形を変えて、葵の背中をそっと押し、臆病だった彼女を一歩前へと踏み出させてくれた。
ふと、葵は制服のポケットに手を入れた。
そこには、アルバイト代で買ったお気に入りのブックカバーと、綺麗に折りたたまれたあのときの一万円札(のコピーではない、あの日の記憶を留めるお守りのような千円札の釣り銭)が入っている。
もちろん、本物の福沢諭吉の描かれたあの不思議なお札は、すでに彼女の財布を離れ、またどこかの誰かのもとへと旅立っていった。
どこへ行ったのだろう。
あのお札は、誰の手に渡り、どんな涙や笑顔を見てきたのだろう。
ふとそんな想像をすると、世界がなんだか少しだけ優しく感じられた。私たちが何気なく手放すお金一枚一枚に、それぞれの物語や、誰かの必死な想いが詰まっているのかもしれない。
「葵、そろそろ次の資料の整理手伝ってくれる?」
図書委員の同級生の声に呼ばれ、葵は「はい!」と元気よく返事をした。
椅子から立ち上がり、窓の外の青空をもう一度だけ見上げる。
あの日の風が運んでくれた小さな奇跡は、今も葵の胸の中で、あたたかな光を放ち続けている。
負けず嫌いだった少年が、紙切れになって巡った果てしない旅路の一コマ。
その優しさは、名もなき少女の未来を照らす、確かな羅針盤となっていた。
外伝第2話「その後の空」をお読みいただき、ありがとうございました!
本編第3話で登場した少女の視点から、お金を介した小さな出会いが人生をどう彩ったのかを描きました。
次は外伝第3話「老夫婦の海:夕暮れの釣り銭」をお届けします。どうぞお楽しみに!




