表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王に一目惚れされたので、ついでに世界征服を目指します!!  作者: ここば


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/87

暴かれた面、示された理

空気がようやくほぐれ、各陣営がそれぞれの席で控えの間のように談話を始めていた。

それでも、互いに相手の一挙手一投足を警戒するような、薄氷の上の休息だった。


給仕たちが静かに動き出す。

蓮も銀盆に湯気の立つ茶を並べ、所作を乱さぬよう一歩一歩、第一皇子セリオンの席へと歩を進めた。

細身の体を包む黒衣、ヴェールの下から覗く視線を決して上げない。


――ただ、見つからぬように。

――ただ、給仕として、通り過ぎるだけに。


そう願った矢先だった。


「……お前。」


低く響いた声に、蓮の足が止まる。

トレイの上のカップがわずかに揺れた。


セリオンの紅の瞳が、まっすぐにこちらを射抜いていた。

その瞳に宿るのは、明確な記憶。昨夜――歓迎の宴の席で、遠巻きに彼を見つめていた視線を思い出しているようだった。


「お前、昨夜のパーティーで俺を観てた奴だな。」


背筋が凍る。

蓮は即座に膝を折り、深く頭を垂れた。


「申し訳ありません。給仕係として、殿下方に不都合がないか注視しておりました。」


「ほぅ。」

セリオンがわずかに唇を吊り上げる。

「それにしては、熱い視線だったがな。……どんな面をしているのか確認したい。ヴェールを取れ。」


「滅相もございません。また、ヴェールを取るのは殿下に対して大変失礼になるかと存じます。」


「給仕の分際で、俺に逆らうのか。」

その声が鋭く低くなり、周囲の空気が一瞬で凍りつく。

誰も口を挟めず、ただ見守るしかなかった。


蓮は唇を噛み、深く息を吸った。

「……畏まりました。」


指先が震える。

ヴェールの端をつまみ、ゆっくりと持ち上げる。

白布の下から現れたその顔を見た瞬間、セリオンの表情が変わった。


「……人間が、なぜここにいる。」


その言葉に、蓮の心臓が跳ねた。

逃げ場のない沈黙。


「それは……」

答えを探す前に、周囲の兵がざわつく。


「そいつは……! あの時の補給兵士だ!」

叫んだのは、セリオンの護衛の一人。

ソラの件で塔に捕らえられた時、蓮を見た兵だった。


ざわめきが広がる。

参謀たちが顔を見合わせ、騎士団長ロウガが腰の剣に手をかけかける。


セリオンはゆっくりと立ち上がり、

蓮の顔を見下ろした。

その瞳には、冷たい警戒と――何かを確かめようとする光。


「……どういうことだ、魔王。

 まさか、我が兵を――人間を、使って諜報させていたのか?」


その言葉に、レナトスの席の空気が一変した。

背後の侍従たちが一斉に動こうとするが、

レナトスは片手を上げてそれを制す。


「落ち着け、皇子よ。

 彼女は我が庇護下にある者だ。」


「庇護? 貴様が人間を庇うだと?」

セリオンの声がわずかに震えた。

「ふざけるな。裏切り者を抱えて“和平”などと――」


「彼女は裏切ってなどいない。」

レナトスの声が重く響く。

「命を賭して我らの地を救った。それだけは事実だ。」


沈黙。

誰もが息を飲む中、蓮は俯いたまま手を握りしめる。

――弁解すればするほど、事態はこじれる。

レナトスの立場を、悪くするだけ。


その沈黙を破ったのは、扉を叩く控えめな音だった。

会議場の全員の視線がそちらへと向く。


「魔王陛下。」

扉の外から、兵士の声が響く。

「捕虜であるルシアン=エルヴァード第二皇子をお連れしました。引き渡しの件につき、お伺いに参りました。」


わずかな間。

レナトスはゆるやかに視線を向け、短く言葉を返した。

「入れ。」


扉が静かに開かれる。

鎖の音が、硬い床に淡く響いた。

セリオンがはっと顔を上げ、思わず立ち上がる。

入ってきたのは、拘束具に繋がれた青年――第二皇子ルシアンだった。


彼は俯くこともせず、まっすぐに会議の中心を見据えていた。

その瞳には恐れよりも、確かな覚悟の光があった。


「……魔王陛下。」

ルシアンはまずレナトスの前で深く頭を下げた。

「このような場を設けてくださり、そして捕虜である私に過分な待遇を賜りましたこと、心より感謝申し上げます。」


続いて、兄のセリオンへと視線を向ける。

「兄上。……不甲斐なく捕らえられ、恥を晒しました。心よりお詫び申し上げます。」


セリオンは腕を組んだまま、低く鼻を鳴らした。

「恥じるなら最初から余計な真似はするな。

 まあいい――魔王よ、弟の解放条件は何だ? まさか、無償というわけではあるまい。」


淡々とした口調の裏に、焦燥が滲む。

――グランへの進軍を、ここで止めねばならぬのか。

そんな苦渋が、彼の瞳の奥に揺れていた。


ルシアンは静かに一歩進み、鎖の擦れる音が場の空気を切った。

「兄上、陛下。……捕らわれの身の分際で無礼を承知のうえで、ひとつお願いがございます。」


その場の誰もが息を潜める。

レナトスがわずかに顎を動かし、続きを促した。

「申してみよ。」


ルシアンは深く息を吸い込み、凛とした声で告げた。


「東の辺境都市グランに、双方の監視役を置き、交易と知識の交流を行う“交流所”を設けてください。

 互いを拒むのではなく、理解する場を。

 技も文化も、恐れ合うのではなく、学び合う形で残すのです。」


静寂。

長い沈黙が落ちる。


セリオンが嘲るように笑った。

「捕らわれの身で、夢想を語るか。人間の地で魔族が共に働くなど、あり得ぬ。」


ルシアンはその冷笑を正面から受け止め、穏やかに首を振る。

「あり得ぬと思ってきたからこそ、今のような争いが絶えぬのです。

 人と魔が共に暮らした時代があったことを、魔王陛下もご存じのはず。」


レナトスの瞳がわずかに細まる。

彼の中で、かつての記憶がかすかに疼くようだった。


「……続けろ。」


「開戦ではなく、共存を選ぶ道を試すべきです。

 もしそれが偽りであるなら、いずれ崩れるでしょう。

 けれど、もし真に通じ合えるなら――それこそが、和平の礎となります。」


再び静寂。

だが今度の沈黙は、先ほどとは違っていた。

凍てつくものではなく、揺らぎを孕んだ沈黙だった。


レナトスはゆるやかに立ち上がり、階段を降りる。

鎖に繋がれたまま膝をつくルシアンの前に立ち、その冷たい金の瞳でまっすぐに見下ろした。


「……面白い提案だ。グランに“交流所”を設立する可否、検討に値する。」


ざわめきが起こる。

セリオンがわずかに顔をしかめた。


「だが、ルシアン。」レナトスは低く言い放つ。

「お前の提案が偽りであれば、その命はその場で絶つ。それでも構わぬか。」


ルシアンは迷いなく頷いた。

「はい。覚悟の上です。」


その言葉に、重い空気が解けていく。

 蓮は給仕の列の奥で、静かにその光景を見つめていた。

 ――この瞬間、確かに何かが変わったのだと感じながら。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ