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第二十話・「俺はお前を好きなのか?」

 キズナが大あくびをしているのを見て、俺はひらめいた。

 単詠唱魔法の講義を室内でしていても、どうせキズナの睡眠を助けるだけだろうと思えたからだ。どうせなら、実技の出来る広い場所でした方が、眠気を排除できるのではないか。


 ……よし。そうと決まれば、場所の確保だ。

 裏の空き地は誰かに見られる可能性があるから……小考しながら窓の外を見ると、遠く町の向こうに小高い丘があるのが見えた。


「今日の講義は、課外で行う。場所はあそこに見える丘だ」


「あ、それ賛成」


「やはり止める」


「待ちなさいクソネズミ」


「なぜだろうな。お前には拒否して欲しかった。逆に賛成されたので、拒否してみたまでだ。こう……なんと言えばよいのだろうな……嫌がるお前を無理にでも課外に連れ出すのが俺の望むところであり、お前らしい反応だと確信していたのだが……。いわゆる一つのお茶目な嗜虐心というやつだ、許せ」


 おざなりに頭を下げてみせる。


「お茶目って……馬鹿言ってんじゃないわよ。何よ、その好きな子に思わず悪戯しちゃう思想」


「俺はお前を好きなのか?」


「わ……っ! わ、私に聞くんじゃないわよっ!? そんなことっ!」


 意外にもうろたえるようにイスから立ち上がるキズナ。

 今頃そんなリアクションを見せても遅いというのに。一体俺の質問のどこにそこまでうろたえるような意味が込められていたというのだろうか。


「……なぜうろたえるのだ、キズナ。冗談に決まっているだろうが」


「……殺すわ」


 拳の血管が膨れあがる。


「思春期とは難しいものだな。二律背反とでも言えばいいのか、とにかく躁鬱のバランスが極端だ。それにしては……第二次性徴がおろそかになっているように見受けられすまないごめんなさい冗談だ許せ許してくださいキズナ様」


 疾風の如くヒップバックから【鶺鴒】を取り出すと、鍔元部分を俺に突きつける。

 キズナが魔力を込めようものなら、俺はものの一秒で黒こげだ。


「嫌ね、私ったら対うっかり【鶺鴒】に魔力を込めるところだったわ」


「…………うっかり魔力が込められるか、馬鹿弟子め……」


 キズナがヒップバックに【鶺鴒】入れ、ファスナーを閉めるタイミングを狙って愚痴る。


「何か言った?」


「よし、外へ出るぞ」


 地獄耳め。


 俺がキズナに先だってドアを出ると、廊下の雑巾がけをしているイリスが俺の目の前を横切った。

 床に雑巾を起き、両手を雑巾の上にのせて猛ダッシュ。古典的な掃除のスタイル。ここは倭国の寺社か。

 往復してきたイリスの額には汗が光っていて、非常に健康的だ。通りすぎたイリスを後ろからのぞけば、どたばたと足を動かすせいで、スカートの内側が恥ずかしくも見えてしまっている。


 ――純白。お前にぴったりの色だな。


「……あ、私ったらついうっかり」


 俺の横にヒップバックに入れたはずの【鶺鴒】が落ちてくる。

 ……おい、さっきファスナーを閉めただろう。うっかりなどあり得るのか?


 ごほん、あー……とにかくだ。

 イリスよ、サービス精神溢れたお前の純真無垢さは俺としては大歓迎だ。だが、お前はただでさえ一顧傾城の美少女なのだから、そういうところに頓着がないと困る。独占欲に聞こえてしまうかも知れないが、お前はいつ何時怖いお兄さんに誘拐されても不思議ではないのだぞ。少なくとも俺が怖いお兄さんの立場だったらだったら連れて行ってしまうだろう。

 だが、そこは安心するのだ。

 俺は怖いお兄さんではなく、優しいお兄さんだからな。


「犯罪者ならみんなそう言うわよ、きっと」


 どうやら、ファスナーを閉めなければいけないのは俺の口のようだった。


「……あ、ムス太」


 掃除を中断して、とことこと俺の元へやってくる。

 無言かつ無表情で黙々と働いていた顔貌には、わずかな微笑が浮かんでいる。屈んで俺を手のひらに載せると、嬉しそうに俺に頬ずりしてくる。

 イリスのすべすべで柔らかい頬にこすりつけられる俺。

 毎日の熱烈スキンシップの始まりだ。


 おい、甘えるのもいい加減にしないか、イリス。終いには温厚な俺も怒るぞ。


「ムス太……ひまわりの種……あげるの」


 怒らない。俺、いい人。


「ちょっと出かけてくるわね」


 キズナがイリスの肩をぽんと叩いて、歩き出す。


「うん……行ってらっしゃい」


 ああ、行ってこい。イリスの頭のてっぺんから手を振る。


「懐柔されてるんじゃないっ! アンタも行くのっ!」


 イリスの頭の上から物のように引きはがされ、クッション性の少ない平板な胸ポケットに突っ込まれる。

 イリス、お前の第二次性徴には大いに期待している。

 決して俺を裏切るんじゃないぞ。どこかの誰かさんみたいに。


「リニオ……何か言いたそうね?」


 ぶんぶんぶん。俺は首を激しく振った。



 ……最近、師匠としての尊厳が失われつつあるような気がする。



「あとで……私も行くの」


「アンタは仕事があるでしょ」


「もちろん……終わってから……」


「ティアナに断ってからにすることね」


「……うん、わかってる」


 キズナにはフラットな声。俺には少しだけ気持ちのこもった声。


「ムス太……辛かったら、逃げていいの……。私がいるの……」


「どーゆー意味よ」


 腕を組むキズナ。不機嫌メーターがあれば、軒並み増加傾向にあるだろう。


「どういう意味も……そのままの意味」


 感情の灯らない瞳がキズナを捕らえる。バチバチと火花を散らすキズナとイリス。


「私の……夫をいじめたら……駄目」


 俺はいつの間にイリスの中で恋人から夫に格上げされたんだ?

 俺は特定の誰かに縛られることはしない男。偉大なる自由人リニオ様だ。覚えておくといい。


「決着は……持ち越しにする。……今は……掃除するの」


 一方的に視線を外すと、雑巾がけを再開し始める。

 イリス、お前のそういうところをキズナにも見習わせたいぞ。キズナだったら、面倒くさいことをさっさと放り出しているところだからな。


「ったく……」


 頭をかくキズナが、地団駄を踏むようにして歩き出す。


「お出かけですか〜?」


「ちょっと、丘の方に行ってくるわ」


 ヒップバックから部屋の鍵を取り出して、ティアナに手渡す。


「そうそう、後でイリスも来るって言ってたわよ」


 背中を向けて、足取り軽く玄関に向かうキズナ。


「……そうですか、なら安心ですね」


「……?」


 ティアナの返答に帯びていた憂い。それをいぶかしがったのか、キズナが振り返る。


「いえいえ、何でもありません」


「夕食、美味しいのお願いね」


 もう夕食の算段か。気が早いなお前は。


「はい、腕によりをかけます〜」


 ティアナの料理は美味しいからな。分からないでもない。何を隠そう、この俺も楽しみだったりする。

 もちろん、体裁上、口頭に上したりはしないが。

 少しぐらいは、師匠としての威厳を保っておかないとな。


「キズナさん」


 呼び止める声。


「私のことは気にしないでくださいね」


 別れを惜しむ親族がハンカチを振るように、ひらひらと手を振るティアナ。

 その顔に一握りの寂寥が込められているような気がした。


「ん、なるべく遅くならないようにするわよ」


 肩越しに手を振るキズナ。

 おそらく、ティアナの考えていることはキズナが思っているようなことではない。もっと深遠な、これから起こる物事を諦観するような響きを宿していた気がする。

 キズナはそんな俺の漠然とした不安に気がつくはずもなく、修復された玄関から炎天下へ。


 キズナにそれを伝えるべきか。


 一瞬の逡巡の合間に、暴力的な太陽光線が俺の視界を真っ白に塗りつぶした。

 連日の晴天と突き抜ける空。猛威を振るう熱波。

 頭が鈍ってしまいそうになる。


 ……いや、鈍っていたのだろう。


 ほんの数秒前のティアナのことなど、すでに頭から抜け落ちていたのだから。


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