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第十八話・「……萌えるの……♪」

「というわけで、お前がヘイデンと対するのに確実に学び、実践していかなければいけないことは二点だ。単詠唱魔法の習得、魔法具の理解。はっきり言って魔法使いには最低限なのだがな。今のお前にはこれで精一杯だろう。まずは魔法具について話そう。……ふん、不満があるようだな」


「……ないわ。いいから、さっさと話なさいよ、聞いてあげるから」


 ときどき、俺はお前を本気で殴りたくなるぞ。


「キズナ、【鶺鴒】を出せ」


 俺が指示棒でキズナのヒップバックを指し示すと、キズナは言われたとおり、机上に【鶺鴒】を出す。刀身のない倭国刀は、窓から入り込んでくる日差しを反射して、その柄と鍔を強調していた。

 俺は黒板からその鍔元を叩いて説明する。


「復習の意味も込めて丁寧に話すから、しっかり付いてくるのだぞ、キズナ」


「……分かったわよ」


 イスに座り直して、わずかだが背筋を伸ばすキズナ。むすっとしながらも俺の指し示す先に目を落とす。

 素直ではない表情の奥では、少なからずヘイデン戦での自責の念と、悔しさがくすぶっているのだろう。

 先程の厳しい叱責もあながち無駄ではないようだった。

 強情で馬鹿なキズナではあるけれども、勝負事に対する執念深さは人一倍だ。それは師匠である俺が一番よく知っている。俺に図星を突かれて素直に負けを認めたりはしないのは感心しないが、キズナ自身、心の中で分かっているから、こうして負けず嫌いを表情に出しながらも俺の話を聞こうとする。


 そういう素直じゃないところは嫌いではないが、いつもそういう態度ならば俺の手間が大分省けるのだが。


「世の全ての人にとって、魔力というものは身体に流れる血液のように重要かつ、あること自体当たり前のことだ。しかし、その量には個人差が存在し――」


「ちょ、ちょっと! 復習だからって、そこから話すわけ!?」


 俺の講義に愕然とした様子で割って入るキズナ。

 もちろん魔法の起こりから現在までの流れを切々と語るつもりはない。俺の本懐はそれとは別のところにある……が、少しは話させろ。それぐらいいいだろう。


「……リニオの話は長くて理屈っぽいから大嫌い」


「まぁ、我慢して聞け、キズナよ。……前提として、魔力は生まれつき誰も持っている。そして、魔力量は成長期と共に発達し、成長期が終わる頃には限界量が定まってしまう。魔力が生活の根幹をなすこの世界において、魔力が多い者は、少ない者に比べて格段に将来性が豊かになっているのだ」


 魔力を持つ者だからこそ就職できる職業というものもある。ないよりはあった方が断然良い。世の中にはそういた職業がごまんとある。

 ヘイデンや、その部下もその職業の一つに属しているはずだ。

 第一、傭兵のほとんどは魔法使いによって編成されているからな。キズナのようなフリーランスもいるにはいるが、それは極々稀だ。


「しかし、知能的なことになれば魔力は関係ないから、そこまでの差別にはなっていない。魔力を使用する魔法が一般社会の中に浸透してから幾星霜……現在では全ての人間が魔法を使用できる」


 キズナが頬杖をつき始めた。

 早くも集中力の欠落か? しっかりしろ。


「全ての人間が魔法を使えると言っても、ある程度強力な魔力を秘めているのはその中のほんの一握りにしか過ぎない。ほとんどの人間は攻撃魔法などというものすら使うことが出来ず、火を灯したり、そよ風を吹かせたりとの程度に止まる」


 やはり俺は、戦うよりも、こういった人に教える方が性に合っているとしみじみ思う。

 今でこそキズナの師匠などというアルバイト(いや、報酬などないのだからボランティアか)に落ち着いてはいるが、元は立派な学位を持った研究者。


 人に説いたり教えることは大好きなのだ。


「その中でごくまれに強大で膨大な魔力量を体内に秘めたままで生まれ落ちる者がいる。キズナ、分かるな?」


 このまま話して聞かせるだけの講義ではキズナが寝てしまいそうなので、質問して眠気を追い払ってやる。

 教育者として当然の配慮だ。


「【恩寵者】……つまり、私、でしょ」


「そうだ。類い希なる魔力量を秘めた者を【恩寵者】と呼び、各国はその人材を確保することに躍起になっている。【恩寵者】の数でその国の国力がはかれると言っても過言ではない。そのために、その可能性のある人間に対して強引な手段を用いられることも多い……【恩寵者】の確保を徴兵令などとして合法化している国がほとんどだ。それとは別に国よりも金のいい裏組織に身をやつす者もいる。【恩寵者】に生まれると言うことは、様々な軋轢や、確執から逃れられない運命なのだ」


「……そうね、私の故郷もそうだったもの」


 現在のキズナ・タカナシが、まだ小鳥遊絆だったころ。


 倭国は【恩寵者】を数多く擁し、世界の先端を行く島国だった。それが大陸同盟の危機感をあおり、理不尽な開戦を余儀なくされる。戦争で疲弊した倭国は現在も鎖国中……渡航も一筋縄ではいかない。

 倭国人であるキズナにすれば帰郷など夢のまた夢で、郷愁にむせぶことしかできないのだ。


「ああ、【恩寵者】には権力の象徴的な側面もあるからな。実際に、世の権力者は【恩寵者】を囲っているのが常だ。推測するにペランがイリスを狙う理由もそれだろう」


「本当……【恩寵者】なんてやっかいな星の下もあったものよね」


 背中をそると肺に溜めた空気を天井に吐き出す。

 髪を左右二つに結った栗色のツインテールがイスの後ろへさらりと落ちていった。


「今更、悔やんでいるのか?」


「まさか」


 キズナが挑戦的に笑う。獲物を狙う荒々しい目だ。


「こんな楽しい人生なんて、そうそうないわ」


「だろうな」


 ……私は負けない。何者にも負けないんだもん……そんなことを言った幼いキズナが脳裏をよぎる。


 俺はそれを口頭には上さず講義を続ける。


「人々は魔力を持ち、魔力を消費することによって、暮らしを成り立たせている。魔法具に魔力を送り込むことによって、様々な現象を起こすことが出来る。たとえば、そこにあるランプの魔法具であるならば、魔力をランプの中に送り込めば火がともる」


 イリスが持ってきたランプを指示棒で指す。この宿にある照明設備は全て魔力を消費することで機能し、夜の闇を照らしている。


「人々は多かれ少なかれ、みんな魔力を消費して生きている。……しかし、近年になって、電気なるものが発明された。魔法に取って変わられる技術として注目されていたのは、もう過去のこと。現在ではかような田舎町でさえ電気がかよっている。使用者の魔力量、使用量にムラのある魔法よりも安定的で効率的だ」


「リニオ、電気の話は関係ないんじゃないの? 今は魔法具の話でしょ? 電気なんてどうでも良いわよ」


 ……むぅ……キズナにしては正しいことを言う。

 確かに、話が脱線してしまったようだ。電気の話もしたかったのだが……記憶の引き出しにしまうとしよう。


「ふむ……話を戻そう」


 俺は今度こそ、机上に置かれた魔法刀【鶺鴒】へと話題を向ける。

 ここからが俺の本懐だ。


「魔法刀が魔法具の一部であることはお前も知っての通りだ。キズナ、説明できるか?」


 キズナが指先で【鶺鴒】を転がす。キズナが俺の方に転がすようにつついてくる。俺はそれを押し返すように指示棒で押し返した。


 コイツ、質問を拒否するつもりだな。


「あー……んー……なんとなくは。魔力の……伝導率? ……を極限にまで高められた倭国独特の刀の形をした魔法武器で…………それを作るには相当の技術力? ……と職人技? が求められる……ってことぐらいね」


 おそらく丸暗記に近いのだろう。その説明は棒読み、かつ疑問符満載だった。


「キズナにしてはめずらしく正解だ。リニオ的及第点としておこう」


「嬉しくも……ふあ〜っ、何ともないわ」


 頭をぽりぽりとかいてあくびする。

 そろそろ限界か? あともう少し頑張るのだ。


「ごほんっ! ……倭国が編み出した類い希なる切れ味を持つ武器――倭国刀と、魔法との極限の調和と称される倭国刀は、その数はきわめて少なく、模造品も多いことで有名だ。また、他の魔法具に比べて段違いに魔力の伝導率が良く、切れ味の鋭い刃を編み上げることが出来る。現在倭国は鎖国中だからな、お前のような倭国人も珍しい。自ずと魔法刀も輸入されることはなくなり、ただでさえ貴重なものがさらに貴重品と化している現状だ」


「アイツの持ってた【朱雀】……あれ、魔法刀よね」


 キズナは自分の命を奪われそうになった光景を思い出しているのだろう。

 頬を強ばらせて【鶺鴒】を机上で握りしめている。


「発動した魔法は一所に溜めておいたり、一定時間固形化しておくことが困難なものだ。魔法刀匠は、流動物である魔力をいかに固形化するかという一点にのみ力を注いだ。使用者を選ばず、より鋭利で切れ味の良い魔法刀を作るためにはそこが重要だったのだ。刀身を発生させても、刀身が不安定に変化してしまったり、点いたり消えたりでは武器として意味がないからな。……つまりだ。それを可能にしたのが、魔力を一定量に止め、なおかつ一定の形状に止めておく維持装置、魔法刀の核であるAMRオートマチック・マジック・レギュレーターなのだ」


「ふ〜ん、これにもそんなものが付いてるの?」


「もちろんだ。でなければお前は魔法刀を操ることさえ出来ないはずだ。まぁ、俺のような天才的な人間ならば、自分の力で刀身を安定させることも可能だがな。AMRをあえて解除することで、リミッターを解除するなんて荒技もできるぞ」


「ふ〜ん……っと」


 キズナが指先に【鶺鴒】の柄の先を乗せ、バランスを取って遊び始める。

 俺の講義を拝聴しろ。

 全く……器用な奴だな、いっそ大道芸人にでも鞍替えするか? 



 ……ここで、サーカスと言わなかったのは、俺がハムスターだからだ。いくら可愛いからと言っても、見せ物になるのは遠慮したいのだ。



「改めて言うのもなんだが、魔法刀の起動はとても簡単だ。魔力を込めればいいだけだ。詠唱の必要がない。詠唱は武器の方でやってくれるからな。それは、他の魔法具も同様だ」


 以上より、その起動と行使の簡単さから、単詠唱魔法を使用することが出来ないキズナにすれば、魔法よりも重宝する武器となっているわけだ。

 不出来な弟子に救済手段があって良かったと切に思う。

 でなければ、魔法も使えない上に空気の読めない女でしかないからな、お前は。


 ……注意しておくが、俺の中で詠唱魔法は魔法を使えると定義の中に含めていないのであしからず。それぐらい詠唱魔法は基礎中の基礎なのだ。


「お前の【鶺鴒】は、十秒間刀身を維持させるだけでもスーツ男の魔法一発分はある。これは相当な魔力量だ。ヘイデンが最後まで【朱雀】を使用しなかったのは、切り札という側面もあるだろうが、一番は魔力消費量がネックになっているからだろうな。言い換えれば、使いどころを心得ていると言うことだ。ヘイデンは強いぞ。お前よりもずっとな。だからこそ、そこを――」


「でも、次は私が勝つ」


「……その自信がどこから来るのか分からんぞ」


「底力の違いを見せてやるわ。三流魔法使いが【恩寵者】に及ばないってことを見せつける。敵の魔力を空にしてから、身体に脳に、徹底的に刻むの……ふふふっ」


 ぞくりとするほどの笑みをたたえて、唇をなめる。


「……傲慢不遜な奴め」


 だが、言いたいことが伝わっていたようで、少し嬉しく思う。そうだ、キズナ。お前はヘイデンに【朱雀】を使わせるのだ。

 持久戦になるだろうが、お前の体力とスピードならばそれも可能だろう。

 そこに一筋でもいい、光明を見出すのだ。


「弱きをくじき強きもくじく、それが圧倒的強者の構図よ」


「ヒエラルキーの頂点に自分を置くとは、まさにお前らしい考えだ」


 恐ろしく低い笑い声を響かせるキズナをよそに、俺は耳をそばだてる。

 密やかな足音の後に響くノック。


「……私……イリス」


「イリス? 何の用?」


「…………ムス太は……恋人なの。……逢いに来るのは、当然……」


「へ、へぇ……いつの間に恋人になったのかしらね……詳しく聞きたいところだわ……!」


 キズナが苦々しい表情をして、机上にいる俺をギロリと睨めつけてくる。


 ふ……色男という存在は、自然に好かれてしまうのが世の常だ、あきらめろ。


(入れてやれ、キズナ。イリスに罪はないだろう。罪があるのならば俺の方だ。色男というのはそれだけで犯罪だからな。まさに、罪な男リニオ)


 ささやく俺に、キズナは吐き気を催す振りをする。

 ……キズナよ、それはどういうつもりだ。


「分かったわよ、入れば?」


「ん……入る」


 イリスが静かに入室する。

 小柄な身体に似合わぬに大きなトレイを持っている。どうやら、差し入れを持ってきたらしい。俺は指示棒を黒板の縁に置いて、机の上に飛び乗る。


「スナック菓子……ムス太に……差し入れ」


 キズナの【鶺鴒】をどかして、机の上にスナック菓子を置く。市販されているもののようで、パッケージの袋には商品名がプリントされている。

 その脇にはおしぼりが二つ。


「ムス太……食べて。これ……美味しいの。……私も好き」


 俺の方に向けてから、袋の口を切る。俺は冷たく冷やされたおしぼりでごしごしと手を拭く。ついでにキズナの講義で疲れた顔をおしぼりにつける。

 ほうっ……冷たいのが、ものすごく気持ちいいぞ……。気分爽快だ。


「親父ね」


 何か言ったか、キズナ。


「ふ〜ん、美味しそうじゃない。いただくわ」


 おしぼりを使わずに手を突っ込む。

 ……行儀がなっていない。汚い。師匠、俺、悲しい。

 なぜか片言の感想が出た。


「ひへるひゃはい(いけるじゃない)……ぼりぼりぼり……ごくん」


 ぼりぼりと口を動かすキズナに負けじと、俺も袋の中からスナック菓子を取りだして口の中へ。次々に頬袋に詰め込んでいく。


「……ムス太は……美味しい?」


 ふむ……イリスのオススメとあって、このスナック菓子は美味しいな。

 褒めてつかわすぞ。

 イリスの微笑に手を振ってやる優しい俺。


「よかった……恋人に尽くす……幸せなの」


 俺は袋の中に潜って、手当たり次第に口に運んでいく。

 キズナに独占されてなるものか。


「これは……! ……ふふ……」


 キズナの不穏な笑い声が袋の中にしのんできたと思えば、キズナは乱暴に袋の口を閉め、俺を中に閉じこめる。


 な、な、何をする無礼者!


 袋の中の俺は、スナックまみれの油まみれ。体中べたべた。


「イリス、見なさいっ!」


「……?」


 誇らしげに俺の入った袋を掲げるキズナと、純真な瞳で見つめるイリス。


「これがホントの袋の鼠よっ!」


「……っ! ……萌えるの……♪」


 萌えるわけがないだろう!?



 ……そんな、午後の一時だった。


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