第一章 ―「外」の子供達― *5*
第一章 ―「外」の子供達― *5*
5
通常エレベータで、カナタとアユミが外に出ると、すでに戦闘は始まっていた。
ヘルメット越しにも関わらず、辺りのあちらこちらで、火薬の爆ぜる音や、銃器の耳障りな音が聞こえてきた。
幸いまだ、仲間の断末魔は聞こえてこないが、この数ならそれも時間の問題だろう。
数にして約五十前後。
通常の小型キマイラの襲撃が、多くても七、八匹程度であることを考えれば、空前絶後と表現しても過言ではない数のキマイラに囲まれていた。
「な、なんだあれ……」
「信じられない……」
そして、やや離れた場所に、ゆっくりと、だが確実にこちらへ向かってくる巨大な壁。
すでに、あまりにも大きすぎて、敵とは認識できなサイズにある。
「おいっ!ギガンテスが出るぞ!」
仲間の声に気が付き、二人が慌てて飛びのくと、すぐ近くの出撃ゲートが、ゆっくりとせり上がった。
ゴゥンゴゥン──
と、大型機械特有の機械音を奏でながら、二体のギガンテスが姿を現す。
「イチロウ、ウララ……」
一体は、全身を薄い緑色をベースにコーティングされ、その背中には、ギガンテスと同じくらいの長さがある、大きな「剣」を背負っていた。
もう一体は、水色ベースのコーティングだが、緑色のモノよりもやや小振りだ。だが、背中には同じくらい大きな「銃」を背負っている。
ギガンテスの全長は30メートル強もある。
それを足元から眺めるカナタにとって、その姿は「巨体」と呼べるものだが、今迫ってくる敵は、それよりも更に二倍以上あると言う。
「くっそ……、アユミ!5分以内に、こいつらを一掃して、イチロウとウララの応援に行くぞ!」
「わかってるわよ、カナタ!今度こそ独走しないでよねっ!」
カナタは、気合を入れると、腰に差した二本の短剣を引き抜いた。
剣は、空中に抜かれるとすぐに高温を発する。
キマイラの唯一の弱点が「熱」のため、ギガンテスも、カナタ達の武器も全て切れ味よりも、熱で敵を切ったり、刺したりするようにできていた。
しかし、それがわかっていても、鋭い爪や牙を持つキマイラと近接戦闘をしようという酔狂な者は、カナタとアユミの二人しかいなかった。
「うぉぉぉ!」
カナタは、仲間達の銃撃を掻い潜り、キマイラが固まっているところに、双剣を抱えて飛び込んだ。
──キシャアアアアア!
たちまちに、キマイラ達の標的がカナタへと切り替わる。
「ふんっ!」
呼吸一声。
一息で、カナタは順手に持った二本の剣を、刺し、抜き、切り、そしてまた刺しと流れるように振り回す。
──ジュアアアアアア!
そして、キマイラ達は絶叫とも焼ける音ともつかぬ、奇怪な音を発しながら、どんどんと細切れにされていった。
「カナタっ、後ろっ!」
一体のキマイラが、カナタの後ろを突こうと襲い掛かるが、先程まで戦っていた飛行型と同様に、そのキマイラも腹から「槍」に貫かれた。
アユミの持つ槍が、槍と呼ぶよりは、「薙刀」や中国の「青龍刀」に近い。
刃の部分でキマイラを両断し、刺さると──
――ガアアアア!
爆発し、キマイラを内部から死傷させる。
ただし、先端部の圧力反応炸薬には限りがあるため、今回のような乱戦向きでは本来無い。
「アユミは、向こうのフォローに回れ!無理するなよ!」
「じゃ、カナタはこっちね!あんたも無茶しちゃ駄目よ!」
戦端は、各所に広がっている。
これだけの数との戦闘が、久しくなかったので誰もが混乱しているようだ。
必然、カナタとアユミも、フォローのために戦力を分散せざるを得ない。
「散らばるなっ!みんな固まって一斉射するんだっ!」、
カナタの必死にの叫びも虚しく、誰もまともに動ける様子はない。
誰もが目の前のキマイラに必死で、周りに気を配る余裕がないためだ。
しかし、銃器での攻撃はキマイラに効き辛い。
キマイラを確実に行動不能にするには、キマイラの腹にある「核」を破壊するしかないが、通常弾ではキマイラの硬い皮膚を通りづらい上、腹のどの辺りに「核」があるのかは固体によって違う。
やはり手っ取り早いのは、カナタのように両断してしまうか、アユミのように腹を爆散させた方がいい。
もしくは、先程カナタが言ったように固まって一斉射撃をするべきだった。
「うわ、うわあああ!」
「助け、助け……ぎゃあああ!」
しかし、統制が取れず、やがて徐々に被害が出始めた。
「くっそ!」
カナタの必死の応戦にも関わらず、キマイラの数は遅々として減らない。
やがて、目標の5分はとうに過ぎ、例の巨大型キマイラはすでに目前まで近づいていた。
「んなっ……な、なんてでかさだ!」
あまりの大きさに、距離感が狂い、かなり近寄られるまで気づけなかった。
そして、その巨大ギガンテスを一歩も近寄らせまいと、緑色のギガンテス――イチロウが堂々と立ちはだかった。
「イチロウ……」
全長80メートルでも、高さは約60メートル程度だろうか。
それでも、ギガンテスの二倍はある。
しかし、何よりもその異形が衝撃的だった。
通常のキマイラは、色々な動物をごちゃ混ぜにしたような姿をしているが。
この大型は何をベースにしたのか、わからない。
鰐をベースに蝙蝠の羽を生やしたようにも見える。
体は鱗の生えた鶏だろうか。
しかし、体を支える二本の脚は、その巨体に相応しく太い大きなものだった。
全体的に、ごつごつと鱗か岩かわからない皮膚に覆われ、いつもの体から湧き出す蚯蚓もほとんど見て取れない。
大きさだけでなく、その姿も通常とは異質なものだった。
――ヲヲヲヲヲヲヲヲ!
そして、巨大型は音とも認識できないような重低音を嘶き、目の前のギガンテスに襲いかかった。
巨大な頭を一振り。
それだけでも、まともに当たれば只ではすまないだろう。
ギガンテスがそれを避け、比較的皮膚の薄そうな首を目掛け、居合い抜きの要領で、素早く長い剣を振り下ろした。
――ギィンッ!
「え?」
戦闘中にも関わらず、カナタは間抜けな声を上げてしまった。
イチロウの操るギガンテスは、カナタが見ても見事なタイミングであの大剣を巨大型の首に打ち込んだはずだ。
そして、イチロウの「剣」も、カナタ達と同じ高温発熱型のはずだ。
にも関わらず、ギガンテスの剣は巨大型の皮膚をわずかに溶かしただけで、弾かれてしまった。
恐らく、イチロウもギガンテスの中で、動揺したのだろう。
その、一瞬、動きが固まったところを、狙われた。
「イチロウっ!」
返ってきた首を思い切り全身に受け、イチロウのギガンテスは中に浮いた。
そして、地面に叩き付けられる。
――これは、まずいっ!
人間にとっては、転ぶという単純な動作でも、それがギガンテスの尺度になると桁が違う。
ギガンテスが転ぶと、中の操縦者は30メートルの高度から振り落とされるのと、同じ衝撃を操縦席で味わうことになる。
それが、空中に浮いて落下したとなれば、その衝撃は計り知れない。
対衝撃スーツを着込んでいても、重症は避けられないだろう。
すでに身動きできなくなった、イチロウに対し巨大型がゆっくりと近づく。
この体格差であれば、踏みつけただけでもイチロウのギガンテスは面白い用に砕けるだろう。
「やめろ……やめろおおおお!」
――ヴヲヲヲヲヲヲ!
しかし、巨大型がイチロウまで後一歩という所まで近づいた途端、巨大型の顔が爆発した。
「ウララかっ!?」
――ヴォ、ヴォオオ!
すぐに連発して、眼の辺りが集中的に爆発する。
カナタが後ろを見ると、近くの小山から青いギガンテスが、膝立ちの姿勢で、ギガンテス用の超大型ライフルを構えている。
『疑似餌、射出急いで』
全体チャンネルから、ウララの低い声が聞こえた。
いつもの沈着冷静な声にも、わずかに焦りの色が混じる。
青いギガンテスのライフルから、連続して弾が射出され、わずかに巨大型を怯ませるが、目立ったダメージが見られない。
しかし、ウララが時間を稼いでいる間に、基地の外縁部から、「疑似餌」が数個投擲された。
すると、「疑似餌」の匂いに上手く感づいたのか、巨大型も、小型キマイラもあっという間に「疑似餌」に集まりだした。
そして、間を置かず次の「疑似餌」がより遠くに放たれる。
『ウララ、イチロウ回収する。カナタ、アユミ急いで』
カナタが、後ろを振り返ると、すでに青いギガンテスは立ち上がっていた。
◇
「カナタっ!アユミっ!」
「アンドウ……」
「イチロウの剣が弾かれるのを見たか?」
「見た……。あれはどういうことだ?奴らはみんな『熱』に弱いんじゃないのか?」
「そのはずだ……。今までの例を見ても、奴らの皮膚は摂氏一千度程度のはずだ。お前達の武器は、摂氏千五百から二千度度で設定している。理論上は、これで間違いなくキマイラにダメージを与えられるはずだし。事実、今まではこれで対処できだ」
アンドウは、研究者然とした難しい顔で考え込み始めた。
「なら……なら、どうして!?」
しかし、カナタ達には、ゆっくりと考えている時間はない。
アユミが問い詰めるように、アンドウに迫った。
「恐らく、とした言い様がないが……。恐らく奴らは進化した」
「し、進化!?」
カナタが唖然とした様子で叫んだ。
「ああ。例が無いことじゃない。『船』の攻略作戦が始まったころのキマイラの姿と、今の姿でも大分違う。前々から提唱されていたことだが、あいつらはこちらの手口を見て進化するのかもしれない」
「じゃ、じゃあどうすればいいのよっ!?」
「落ち着け、アユミ。一応、巨大型の皮膚はわずかだが溶けた。熱を完全に克服したわけではないんだと思う。それにウララの、眼のピンポイント攻撃も効いていた。効く場所には、まだ熱での攻撃は有効だと予想されている」
「予想って……効かなかった時は!?それにどこだと攻撃が効くっていうんだ!?」
「攻撃が効かなかった時は……そりゃみんなで仲良く心中さ。どこが効くかはわからない。どこでもいいから皮膚の薄そうなところを狙ってみろ」
「そんな、適当な……」
カナタは、アンドウを睨み付けた。
「……すまんな。こんな話しかできなくて。本当は俺ら大人がしっかりしなきゃならんのだがな」
しかし、アンドウの心の底から申し訳なさそうに、そして悔しそうにしている顔を見て、カナタは、自分がただアンドウに八つ当たりしているだけだと気づいた。
「いや、こっちこそごめん……。やるしかないんだから、俺やるよ」
「そうね。私もやるわ」
一緒にギガンテスへ向かおうとする、アユミをカナタは肩を掴んで引き止めた。
「アユミ。お前は出るな」
「な、なんでよっ!」
「見ただろう!?あいつの異常さを!体がでかいだけじゃない!俺達の攻撃もほとんど効かないんだ!そんなの死にに行くようなもんじゃないか!」
「でも、カナタは行くんでしょう!?」
「当たり前だ!俺はキマイラがいる所ならどこへでも行くさ!俺には復讐しか、復讐しかないんだ!」
「カナタっ!」
カナタは泣き叫ぶように言うと、アユミを振り払い自らのギガンテスの元へと駆けた。
すでにメンテナンスは、終わっているのか、作業員の姿は見えない。
カナタは、足場を駆け上がると、素早く赤いギガンテスの背中に回り、そのハッチを開いた。
中に入り、蓋が閉まった瞬間、何とも言えない気持ちの悪い一体感を感じる。
すぐに、操作パネルを叩き、ギア・ローで起動。
フットペダルと、アームレバーをゆっくりと同時に押すと、ギガンテスがのっそりと立ち上がった。
「よし!」
二台ある出撃用エレベータのうち、一台は、ウララがイチロウを回収するために使用しているようだ。
本来ギガンテス一体しか乗れないエレベータに、ギガンテスが二体乗っているため、かなり乗り降りに手間取っているようだ。
姿が見えなかった作業員達が、わらわらと出てきて、牽引用の機材等を運んでいる。
退避していたのかと思ったが、どうやら簡易シェルターで待機していただけらしい。
いずれにせよ、これで、しばらくアユミは出撃できない。
下を見ると、アユミが半泣き顔で、こちらを睨み付けている。
「俺は、いつも自分勝手だったな。最後までごめん、アユミ。せめて……せめて君だけでも守ってみたいんだ。誰か一人だけでもいい、こんな俺にも守る者があったと示してみせるよ……」
カナタは、通信の入らない操縦席で、搾り出すように、想いを吐き出した。




