第三章 ―神無き祈りを捧げて― *5*
第三章 ―神無き祈りを捧げて― *5*
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◇
『これでも、喰らえぇぇぇ!』
メイの操る改造キマイラが、猿頭の大型キマイラに向かって駆けて行く。
「間に合うかっ!?」
メイは体当たりをするつもりなのか、ほとんど猿の前に全身を無防備にさらしている。
このまま猿から反撃を食らえば、改造キマイラの中のメイは致命傷を負うだろう。
対衝撃スーツも、全長三十メートルを超える化け物キマイラ同士の戦いではほとんど意味を成さない。
カイは、自分の改造キマイラを同様に走らせたが、すでに猿は攻撃体勢に入っている。
『メイ!逃げなさい!』
『あっ、止まらない!この子止まらないよ!』
短距離通信から、メイの悲鳴が聞こえる。
「ちぃぃっ!!」
猿とメイの間に自らの機体を滑り込ませようと、フット・ペダルを踏みつけるだけではなく、緊急用のブースター・パックにも火を点けた。
ジェットエンジンの推進力で、一瞬で最高速度に達する。
この間わずか三秒。
それでも、距離上近かったメイの方が早い。
「メイ!」
猿の背中から生えた蟹の鋏が、振り上げられ――千切れて飛んだ。
「なっ!?」
『いつの間に!?』
猿とメイの間には、紅く塗られた改造キマイラが、同じく紅い剣を持って構えていた。
『ハロー、カイ君。先日ぶりだね』
『その声、リチャードか?』
普段三人が使っている通信とは、別チャンネルで聞いたことのある声が届いた。
『イエス。正解さ。マリアも来ているよ、っと……!』
紅い改造キマイラは、猿の追撃を回避し、そのままメイの機体をそっと後ろに押した。
その隙に、猿の頭から爆発が起きる。
見ると、遠くからやや薄いが同じく紅色をした改造キマイラが、大砲のような筒をこちらに向けていた。
恐らく、あれが先日アヤカの部屋に侵入したというマリア・スミスの操る改造キマイラだろう。
『何故、貴様がここにいる!?都市の中にいたんじゃないのか?』
『何故って酷いな。君達がピンチだって聞いたから、助けに来たんじゃないか』
『ピンチ?それにしては、登場が早すぎるんじゃないか?』
二人は会話しながらも、猿の攻撃を避け、反撃を加えていく。
カイは素手で、リチャードは剣で。
互いのリーチの違いを生かし、入れ替わり立ち代り攻撃することで猿を翻弄していく。
『ふふん。君達の本当の敵は、こんなモンスター・モンキーじゃないよ。あの壁の中さ』
『何!?』
『カイ!耳を貸すんじゃないよ!』
アヤカの声が通信機から聞こえてくる。
本部通信からは、混乱の状況しか伝わってこない。
どうやら、この未確認の改造キマイラが現れたことで、司令部はパニックを起こしているようだ。
『いや、聞いたほうが言いと思うよ
あの中でふんぞり返るだけの、大馬鹿野郎共は、外の大型キマイラ四体に対して、近距離爆撃を用意している』
『四……体だと?』
今、都市を襲っているキマイラは、目の前の猿頭一体しかいない。
では、残りの三体は――カイの脳裏に嫌な予感が走った。
『そうだ、緊急的に襲来した大型キマイラ4体を迎撃すべく、規約で禁止されている近距離爆撃已む無しという議会承認がもうすぐ降りる。君達は全速力で、この猿と都市から離れたほうがいい。こいるは僕とマリアが引き受けよう』
『ど、どういうこと?』
『落ち着きなさいメイ!どうせ、出鱈目よ!』
『そうかな?ミズ・シンドウ・アヤカ嬢。中の連中が君達の「排除」を決めたのは、君達が力を着け過ぎたことだと思うよ。私的にも公的にも。心当たりはないかい?』
『!……』
カイの幼少期の事件。
アヤカの働きかけにより、勝ち得た自由裁量。
そして、現在においても一般兵士の誰よりもずば抜けて高い戦闘力。
――キシアアアアアアアアアアアアア!
カイ達の動揺を好機と取ったか、猿が残り一本になった蟹の鋏を大きく振り回し、カイに向かってきた。
「しまっ……!」
蟹の鋏は避けても、全身のタックルを受け、カイは激しく吹き飛ばされ都市の壁に激突した。
『カイ!』
『お兄ちゃん!』
通信機から姉と妹の心配する声が聞こえたが、カイは肺を強打し呼吸がままならない。
『むうん!』
リチャードの剣が、もう一本の蟹の鋏を斬り飛ばしたが、猿は怯むことなく、そのままメイの改造キマイラに襲い掛かった。
『メイ!逃げなさい!』
『いやっ!いやあああああああ!!』
アヤカの悲鳴も虚しく、猿自身の腕で、メイは捕まりその肩に鋭い牙が立てられる。
メイ自体に痛みはないはずだが、眼の前で化け物が迫る、その恐怖は計り知れない。
『今行くわ!』
『駄目だ!行くな、アヤカ嬢!連中ついミサイルを使う気だ!』
『そんな!?』
アヤカは、信じられない思い出、自分の守るべき都市を見ると、壁上に取り付けられた防衛装置が、ゆっくりと、だが間違いなくこちらに銃口を向けていた。
『いやっ!いやああああ!メイ!メイ逃げて!!』
『マリア!壁の上を爆撃しろ!』
『サー、イエスサー!』
リチャードの指示で、猿から壁の上にと遠くの改造キマイラの砲身が向けられる。
だが、それよりも早く都市のミサイルは発射された。
――ガアアアアアアアアアアア!
火を噴いたミサイルが、猿の胴体に突き刺さる。
同時に、マリアの砲弾が直撃し、壁の上の砲台も爆破炎上を起こし、壁の外に崩れ落ちた。
三十メートルを超える巨大な猿も、さすがに数メートルもある巨大な砲弾を身に受け、悶絶するが、意地でもメイを離そうとしない。
『え、あ……爆発しな……い。メイ!』
『だ、駄目だ姉さん。アレは、徹甲榴弾……対象に刺さって内部から爆殺する……ぐ、俺が行く!このポンコツ、動け!動けええ!』
爆発までは、およそ数秒。
その根拠も無い数字にすがり、カイは血の滲む視界もそのままに、手や足をがちゃがちゃと動かすが、改造キマイラはぴくぴくと動くだけだ。
『いや、いやあ……動けない。動けないよ。助けて!怖いよ、お姉ちゃん。助けて、お兄ちゃああああああん!』
『メイ!!メイイイイイ!』
しかし、無常にもカイの機体が動く前に、猿の巨体は、メイの改造キマイラ諸共木っ端微塵に吹き飛んだ。
『いや、いやあああああ!』
『うわあああああああああ!!』
荒廃した大地に、二人の悲鳴が響く。
『くっ……貴重なパイロットが一人……やむを得ない、撤退するぞマリア!』
『イ、イエス、キング中尉。ベータはポイント・ガンマまで後退します』
『くそ、くそおおお!俺は、俺は何のために、こんな、こんなああああ!』
ようやっと、起き上がれるようになったカイの改造キマイラが、狂ったようによりかかっていた壁を殴りつけ、蹴り付ける。
その勢いに、壁が揺れ、都市が揺れ、そして大地が揺れた。
『よせカイ君!マリアの砲撃で連中が怯んでいる内に逃げるんだ!』
『何故だ!何故メイを撃った!俺達は、あの化け物を倒せた!倒せたんだ!』
『わからないのか!連中にとって大事なのは、都市を、自分の命を守ることだ!連中が必要なら「毒子」、「化け物」と蔑む僕らの手を使うし、危なくなれば消す。それだけが、奴らの思考だ。そこに理由なんてない!』
カイは、壁を殴る手を止めた。
壁の上では、慌てて次の砲台を用意する、ゴミのように小さい人間の姿が見えた。
その姿は、カイがいつも戦うキマイラよりも、先程まで争っていた猿の巨大キマイラよりも醜く恐ろしいモノに見えた。
『化け物は……化け物は、貴様らの方だろうがあああああ!』
すでに、司令部からの通信は途絶え、カイは独り狭い操縦席の中で慟哭した。