第三章 ―神無き祈りを捧げて― *4*
第三章 ―神無き祈りを捧げて― *4*
3
謎の金髪碧眼の男、リチャード・キングを名乗る男が逃げた後、カイは追跡は諦めたが、かといって通報する気も起きなかった。
ただし、姉のアヤカと妹のメイは心配だったので、真夜中だったが、カイは二人の部屋を訪ねた。
「姉さん。俺だ」
真夜中ではあったが、すぐにアヤカは扉を開けてくれた。
アヤカの後ろには、メイが立っていた。
少し不安そうな顔をしているのが気になった。
「入って」
部屋の中は、幼少期の三人の「世界」よりも、ずっと殺風景だった。
あの「世界」も、部屋の中にはおもちゃ一つなかったが、カイにとっての全てが詰まっていた気がする。
その想いは、きっと姉と妹にとっても同じだろうと信じていた。
「用件はわかってるわ。こんな時間に来るということは、貴方の部屋にも『来た』のでしょう?」
「ああ、やっぱり姉さんのとこにも来たのか」
アメリカから来たというリチャードの言葉が、どこまで本当のものかはわからないが、全方位を隙間無く壁で囲まれた「セル・シティ」の侵入を、一人で行うのは無理がある。
二、三人の少数精鋭プラス、内部の共犯者がいると考えるのが自然だ。
「そうね。私達の部屋には、金髪で青い眼をしたマリア・スミスを名乗る女が現れたわ」
「俺の部屋にも、金髪碧眼の欧米人らしい男が現れた。リチャード・キングって言ってた」
「やっぱり、アメリカから来たって言ってた?」
メイが訪ねた。
「ああ、ただ……それが本当だとは思えないが」
「なんで?」
「どうやって太平洋を渡るんだ?海中にだってキマイラはいるんだぞ?」
「恐らく、空でしょうね。ジェット・ヘリならものの十二時間ぐらいで、日本に着くわ」
アヤカが答えたが、その言葉はどこか空々しい。
アヤカも自分の推論を信じていないのだ。
「ただし……やっぱり、あり得ないでしょうね。アメリカが、そんなことをする理由がわからないもの。あの国は、世界で唯一『船』が着陸しただけあって、その荒廃ぶりは酷いらしいわよ。最も、遠距離通信が生きて時代の情報だけど」
「あいつらは、ただのテロリストじゃないのか?『壁』を壊すとか言ってたが……」
「そう。やはり貴方にも、同じことを言ってたのね。でも、だとしたらなおのこと、日本を狙う理由がわからないわ」
わからない。と言いながらも、姉の口調に確信的な雰囲気を察したカイは、アヤカに尋ねた。
「じゃあ、姉さんは奴らの招待は何だと思う?」
「大陸の中華でしょう。あいつらの金髪と青い眼は不自然だったわ。髪や眉は染められるし、眼はカラーコンタクトでどうにでもなるけど、骨と皮膚の雰囲気までは誤魔化せてないわね」
「姉さん、大陸の人間にあったことがあるのか?」
「無いわ。でも、欧州圏の人には会ったことがあるし、そもろも同じアジア人だから、やっぱり雰囲気がわかるもの」
「うん……」
カイは、低い唸り声を上げた。
「もちろん、それだけじゃないわ。大陸の連中が、キマイラの騒ぎに乗じて領地を拡大したがってるのは、前から危惧されているし、事実として日本の侵入しようとする者は、年に数人はいるもの」
「え!?それって、ホント!?」
メイが驚きの声を上げた。
カイも、驚いたが、それは侵入者の情報ではなく、その情報を取得している姉についてだ。
三人の親役を買って出ているアヤカは、三人の立場を少しでも良くするため、日夜奔走しているのは、カイもメイも十分によく知っていた。
だが、ここまで上層部に食いついているとは思っていなかった。
侵入者の情報は、間違いなくトップシークレットの類だろう。
外部からちょっとした、異物が侵入しただけでも、都市内は『ウィルス』駆除で大騒ぎになるのだ。
「ただし、成功されたのは今回が初めてのはずよ。ただ、それでも全く騒ぎになっていないということは、これを手引きした裏切り者が『内』にいるわ」
「……だろうな」
「え?誰?誰のこと?」
「ふん。どうせ、権力欲しかない頭の悪い野党の阿呆だろう」
「まあ、内部のことは私達が考えても仕方が無いわ。いずれにせよ、中華の奴らなら太平洋よりも、日本海を渡る方がずっと簡単だし、動機も理解できる。ただ、一つ気になるのは……」
「あいつら。改造キマイラの事を知っていたな」
「ええ、一番の問題はそこでしょうね」
「俺は、てっきりアンドウの発明だと思っていたが」
「ううん。実際に発明したのは、アンドウ先生でしょうけど、アンドウ先生はまだ通信がそれなりに生きていた、『第一次掃討作戦』から国連軍に研究班として参加されていたそうよ。その時の仲間と、改造キマイラの案を話していても不思議ではないわ」
三人とも、アンドウが誰かの案を盗んだとは微塵も疑っていない。
幼少の頃から、色々実験台にされてきた身だが、そのプライドの高さは良く承知している。
「もしくは……、日本侵攻のついでに改造キマイラのデータかサンプルでも盗みに来たのか……?」
「その可能性は高いでしょうね。そのために、私達、操縦者を仲間に引き込もうってのは良い手だと思うわ。改造キマイラだけを手に入れるよりも、そのパイロットが勝手に持ってきてくれれば一番楽だもの」
アヤカの声色には、相手を讃えるような響きがある。
「姉さん、まさか……?」
「やあね、カイ。別に奴らの仲間になろうとは思ってないわ。でも、あいつらの言いたいこともわかるの。私達がそれこそ、小学校に入る前の年齢から、血と汗と涙を流して訓練し、同じ年頃の奴らが学校に行っている間、武器を持ってあの地獄のような大地を走りまわってきたのよ?『内』でのうのうと暮らしている奴らは、そんなことを想像すらしたことがない。それってやっぱり『不公平』だと思わない?」
「それは……」
「あいつらの事は、特に、上層部に報告するつもりいはないわ。今現在警報が鳴っていないということは、今日ここには、誰も部外者は来ていないということだもの。下手な報告をして痛くも無い腹を探られるのはごめんよ」
「それは、俺も同じだよ。でも、あいつらが本当にテロリストだったら……」
カイは、姉の眼を見て言葉をつまらせて、その眼にはいつか見たのと同じ『狂気の火』が宿っている。
「だったら、何だと言うの?私は別に、ここの壁が壊されて、キマイラやウィルスが入ってきて何万人、何十万人と死んでも一向に困らないわ。私と貴方達さえ無事ならね」
アヤカは笑って言った。
アヤカの笑みは、薄く冷たく、しかし猛々しい肉食獣を彷彿とさせる笑みだった。
4
ウウウウウウゥゥゥゥゥ――
何度聞いても耳に障る不快なサイレンが、カイの耳に届いた。
「キマイラか」
いつものように、訓練所でアヤカやメイと戦闘訓練を積んでいた所だった。
小型キマイラの襲撃は、最近大人しかった。
そういった後には、大きめの固体が出現しやすい。
カイは、緊張して手元の通信機を眺めていたが、その画面を見て驚愕した。
「これは――大型かっ!」
「本当、お兄ちゃん?」
メイが、カイの手元を除いた。
アヤカは自分の通信機を見ているようだ。
「どうやら、噂の大型らしいわね。監視の報告では、時速十五キロ前後。十八分以内で迎撃範囲に入るわ。予想よりもずっと早いわね。」
「さて、武器無しの改造キマイラがどこまで通じるかな?」
カイ達は、通信機を閉じると、小走りで訓練所を後にした。
◇
大型エレベータの中で加速すると、改造キマイラの中にいても、それなりに重力を感じる。
一瞬の浮遊感を感じると、そこはすでに見慣れた荒野だった。
全長三十メートルの改造キマイラの胸部周辺、地上から約二十数メートルから見下ろした大地は、足元にコンクリートや車の残骸、ビルの跡地が散逸している。
『外』には、すでにアヤカの改造キマイラが控えていた。
直にメイのも来るだろう。
十数メートル前方では、前線部隊が必死に弾幕をばら撒いているが、ほとんど効果はないようだ。
「あれが大型か……」
目の前には、自分達と同じぐらいある、全長三十メートル前後の『猿』が暴れている。
ただし、猿の背中からは蟹の鋏が生え、尻尾は魚類で、足に水かきが見える。。
いつも全身から噴出している『蚯蚓』が小さくて良く見えないが、カメラをアップにすれば表面が少し動いているのがわかった。
『ベースは、猿だけど、変なパーツがついているおかげて、動きはそれ程早くないようね』
短距離通信チャンネルで、アヤカが話しかけてきた。
『ああ、だが油断はできないな、あれだけの体格があれば、腕を振り回すだけで大ダメージだ』
現に、前線の数人が、足のヒレにちょっと引っかかっただけで、宙を飛んでいる。
――やはり、コレがないと駄目か。
カイは、ハンドレバーのグリップを強く握り締めた。
『お姉ちゃん、お兄ちゃんお待たせ!』
『メイ。貴方は後ろに下がってなさい』
張り切って出てきた、メイをアヤカが抑える。
『ええっ!私も結構、コイツの操縦に慣れてきたんだよ!』
メイは不満そうだが、カイも賛成だ。
操縦は、基本的には電気信号を改造キマイラの体内に、「核」の代わりに送るだけだが、やはり実際の戦闘同様――いや、自分自身の肉体ではないだけに、実際の戦闘以上の反射神経と読みの力が重要になってくる。
『行くわよ!』
アヤカは、メイの不満を無視し、フット・ペダルを一気に踏みつけた。
途端に、アヤカの改造キマイラが銀色の線を引いて、茶色い大地を駆け抜けた。
そのまま、フット・ペダルを踏み抜き、大きくジャンプ。
『はああああ!』
猿の意識が、上空に向いた隙に、カイが突っ込む。
『ぐぅっ!』
猿に肘鉄を入れるが、その衝撃だけでカイの肉体が激しく揺さぶられた。
――アンドウ!スーツの改良が要るぞ!
思わず、腹の中で、壁の中にいる技術者に文句を付ける。
『やぁっ!』
だが、それも牽制で、アヤカが中空からの蹴りが本命だ。
――決まったか!
しかし、猿の背中に生えた、蟹の爪がアヤカの蹴りを防いだ。
『きゃあ!?』
『姉さん!』
『お姉ちゃん!?』
アヤカが、体勢を崩し地面に落ちかけたが、器用に回転して着地して見せた。
一見するとただのスケールがでかいだけの格闘戦だが、中に乗っているのは(ほとんど)普通の人間だ。
僅かに失敗を着地するだけでも、高低差が十メートル以上も違い、内部の人間は大ダメージを負う。
『大丈夫!……でも、やっぱり武器無しはきついわね。あの蟹の部分はかなり硬いわよ』
『それでも、やるしかない』
『そうね。どうせ都市側からの援護は、ミサイルぐらいしかないでしょうし』
『都市が近すぎる。この距離じゃ、連中は撃たないさ』
遠距離では、当たらないから撃たない。
近距離では、危ないから撃たない。
武器は、安全なところに居る人間が持っても、ただの飾りにしかならない。
結局、どんな時でも、自衛軍とカイ達が敵前に借り出される。
『あぁ、もう!私も行く!』
『メイ!?止めなさい!』
『ちっ!』
攻めあぐねた二人を見て業を煮やしたのか、「お預け」を喰らっていたメイが暴走した。
アヤカよりも、粗暴な動きで、巨大な猿に特攻していく。
『あのこじゃ無理よ!カイ!メイを止めて!』
カイは、必死に改造キマイラを疾走させながら焦った。
下手なとめ方をすれば、それだけで怪我をさせてしまう。