第二章 ―本当の敵― *5*
第二章 ―本当の敵―
5
尋常ではなく大きな大剣を、超人的な体格の人間が振りまわす。
それだけで、室内には暴風が荒れ狂い、壁や床に次々と爆薬で爆破されたような穴が開く。
常人なら、近寄るだけで失神しそうな、その狂気の中をカナタは黙々と避け続けていた。
「カナタ!逃げて!逃げてぇ!」
実験場の端で、ケイナが必死の形相で叫んでいる。
それでなくても、全体的に儚い印象の強い彼女の顔が、更に血の気を失い、今にも崩れ落ちそうに見える。
逆に言えば、この怒涛の攻撃の中をかいくぐりながら、ケイナの顔を確認するぐらいの余裕があった。
長かった入院生活で鈍った体は、ようやく温まりつつある。
久々の剣の重みも、そろそろ手に慣れてきた。
「つぇぁ!」
大剣の一本が、カナタの頭上に降りかかり、もう一本が脇腹を狙って振り回された。
そして、今度は避けなかった。
「き、きゃああ!」
ケイナの悲鳴を無視し、カナタは二本の剣の一本を頭上に掲げ、一本を逆手にそっと持ち替えた。
それだけで、カナタの剣の何倍もある大剣をは、二本とも受け止められ微動だにしない。
「え、ええ!?」
「おお……。これが『毒の子供』の力か」
現実離れした光景に、ケイナはただ呆然とし、アンドウ老人が感心したように頷いている。
「はっ!」
カナタが自分の剣に力を込めると、ヤマダとタカスギの手にあった大剣は二本とも根元から断たれた。
落ちた刃が自重で、そのまま床に深々とささる。
剣を止められていた二人が固まったまま動かないのは、恐らくあのヘルメットの中で硬直しているからだろう。
ケイナには、あの二人の気持ちが良くわかった。
「ふむ。まさか『ベルセルク』を服用した兵士二人がかりでも相手にならんとはな。やはり彼ならば……」
◇
「ついてきなさい」
実験場での気が済んだのか、アンドウは再びカナタとケイナを連れ出した。
病み上がりの身で、あちらこちらと引きずり回されて大丈夫かと、ケイナはカナタを見やったが、カナタはほくほく顔で二本の短剣を抱えている。
「もしかして嬉しいの?」
「ああ。やっとこれで落ち着ける」
あまり「嬉しい」とか「楽しい」とか、ポジティブな感情を見せることの少ない少年だと思っていたケイナだったが、僅かでも嬉しそうな顔をしているのを始めてみて、ケイナは何となくほっとした。
――理由が、武器が手に入ったからというのは釈然としないが。
「ここだ」
アンドウに連れられて来たのは、先ほどの実験場から徒歩で1分もかからない、巨大な倉庫のような場所だった。
「教授、ここは?」
今日は、ここに来てから自分の世界に入ってしまい、アンドウ教授はほとんど質問に答えてくれない。
それでも、ケイナは訊ねずにはいられなかった。
アンドウ老人の眼に、狂気に駆られた人間特有の濁った光が、時折垣間見えるからだ。
幼少の頃からケイナを育ててくれた恩人だが、今日のアンドウ老人は、いつものケイナが知っている彼と同一人物とは思えないほどだ。
そして、予想通りアンドウ老人は、ケイナの質問には応えず無言で、倉庫の中へ入っていく。
倉庫の中は、見た目の無骨さに反して、レベルの高いセキュリティの扉が何枚もあった。
挙句、一番最後の扉はエレベータになっており、どんどんと地下に入っていく。
「こ、これは……!」
エレベータには、階数設定が無かったが、体感的には十階以上を潜ったはずだ。
そのエレベータの扉が開いたとき、ケイナは息を呑んだ。
「む……」
カナタも露骨に驚くことはなかったが、低い唸り声を上げている。
二人と、アンドウ老人の前には、大きな大きな――『ギガンテス』が二体並んでいた。
「そうだ。カナタ君達が『ギガンテス』と呼ぶ大型の人型キマイラだ」
「何故、これがここにある」
地下はやや薄暗いが、カナタの見る限り、『ギガンテス』のコンセプトは、カナタ達の使っていたものと同じように見える。
全身を厚いプレートで多うが、間接部のプレートは薄い。
頭頂部と胸部、腹部には小さなカメラがあるのも見て取れた。
そして何より、ギガンテスの一体は――赤かった。
「むしろ、私としては何故『コレ』が『外』にあるか聞きたかったが、すぐにわかったよ。君達の基地にはうちの息子がいるんだろう?」
「え?」
「アンドウ・シュウジ……もうかれこれ十年以上会ってないが、私以外に『キマイラ』を改造しようなんて考え、そして実行するのはうちの息子ぐらいのもんだろう。それに、昔二人でキマイラの活用方法を語り合った時、『コレ』のことも議題にあがったことがあるからな」
「た、確かに俺の基地には、『アンドウ』という技術者がいたが……」
だが、カナタの基地にいる『アンドウ』は、白衣に茶けた髪とサングラスで、しかもアロハという謎の青年だ。
このいかにも「真面目」な雰囲気を漂わせる老人とは似ても似つかない。
しかし、言われてみると確かに、話の折々に現れる軽い様子や、話し振りは少し似ているかもしれない。カナタは、そう思った。
「ふん。この私がまだほとんど実用に漕ぎ着けられなかった『コレ』をすでに実戦で使えるレベルに仕上げていたとは……。シュウジめ、やるもんだ。」
アンドウ老人は、まるで目の前に自分の息子がいるかのように、にやりと笑って見せた。
「まあ、もっとも。そのためにわざわざ『外』に自分から出て行ったんだろうがな」
「あの、アンドウ教授?先程から何のお話をしていらっしゃるのでしょうか」
ケイナもいつまでも驚いていらる暇もなく、アンドウ老人に尋ねた。
それに、『ギガンテス』はこの近くにあると、あまりにも大きく見え、現実感が無く恐怖が沸きづらい。
また、周囲に設けられた足場で、防護服を来た作業員が世話しなく動いているため、『キマイラ』というよりはただの大きな建造物に感じることもある。
「ん?ああ、つまりだ。『ギガンテス』を動かすためには色々な条件があってな。それが、今まで実験がほとんど進まなかった要因だったんだが……」
「はあ、それはまた、教授らしからぬお言葉ですね」
ケイナの知るアンドウ教授は、『キマイラ』の研究に寝食を忘れて取り組んでいる。
その研究のためなら周りを省みらずに、全てを研究につぎ込むとの出来るタイプの人間だ。
もしくは、昔自分の妻を『キマイラ』に殺されたと、昔ぽつりと言っていた事があるので、そのせいかもしれないとケイナは思った。
「つまり、この……」
「『ギガンテス』に乗れるのは、俺達『毒子』だけだ……そう言いたいんだろう?」
アンドウの言葉を遮るように、カナタは言った。
まるで他人に言われるぐらいなら、自分で言ったほうがましだと言うように。
「その通りだ。『ギガンテス』に限らずキマイラの体内は、高濃度のキマイラ・ウィルスで満ちている。どんな防護服さえ無意味だ。その中で耐えられるのは、ウィルスに対し生まれつき高い耐性を持つ『毒された子供達』だけだ」
「そ、それは……」
『毒された子』、『感染児』、『毒子』様々な呼名があり、そのどれもが今まで明に暗に、ケイナに投げつけられてきた言葉でもある。
そして、それはカナタも同様であることはすぐにわかった。
だからこそ、ケイナは人見知りする身――いや、はっきり言って人間不信でさえありながら、カナタには心を開くことができたのだ。
「そうだ。実験のためには『キマイラ・ウィルス』に感染した母体から生まれた子供達が、大量に必要だったのだよ」




