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第二章 ―本当の敵― *4*

 第二章 ―本当の敵― *4*


 4


 アンドウ老人に連れられ、カナタとケイナは研究所の奥へと向かった。

 研究等と連なって、一つ屋根が飛び出た建物があり、そこへ入った。

 見た目はどの建物も、白い飾り気のない立方体に近かったが、天井の高い建物の中は、全体的に木目調で体育館のような(おもむき)がある。

「ここは、練兵場でもあるが、どちらかと言えば新しい道具の実験場に近くてね。床や壁の見た目は木だけど、実際は弾力性の高いカーボンで出来ている。軽トラックぐらいなら、全速力で突っ込んできても板一枚も割れないよ。安心して欲しい」

「安心、と言うと?」

 ケイナが、訊ねた。

 そもそも、元の話はカナタの練習用の剣を調達するだけの話だったはずだ。

 それが何故、軍の実験場まで、連れて来られなければならないのだろう。

「つまり、存分に暴れられるという事さ」

 アンドウ老人が、後ろに控えていた若者――さっきまで運転手をしていた人だ――に、手で合図を送ると、彼は二本の木刀を持ってきた。

 そのままカナタに無言で突き出す。

「長い。軽い。駄目だ、もっと短く重いものにしてくれ」

 病院では木刀は嫌だと言っていたカナタがは、案の定、その二本を受け取るとすぐに文句をつけた。

 だが、彼らはまずはカナタに「本物」を持たせたくないらしく、色々な種類の木刀、木剣、薙刀等を持ってきた。

 カナタが渋々、何回か適当に交換した挙句「まあ、これでいいか」と、短い黒塗りの棒を選んだ。

「それは筋肉トレーニング用の道具なのだが……まあ、いいか。おい、彼らを呼べ」

 アンドウ老人が声をかけると、実験場の奥の戸から、二人の男が出来てた。

 二人とも、カナタと同じような黒い戦闘衣を着込んだほか、ヘルメットを装着している。

 だが、圧倒的に体格が違う。

 恐らく同じ年頃と比べても、カナタは背の高い方ではない。

 ケイナと並んでもほとんど大差ないだろう。

 加えて、やって来た二人は正に「筋骨隆々」という表現が相応しく、鍛えに鍛えた肉体がスーツの下から押し上げ、その鍛錬の程を窺わせる。

 カナタは今更言うまでもなく、つい先日まで寝たきりの入院生活を送っていた身だ。

 その身はやせ細り(元から細かったが尚更だ)、先程の棒二本でさえ重そうに見える。

「ヤマダ軍曹と、タカスギ伍長だ。二人とも若いが軍隊格闘の成績上位者であるほか、柔道、剣道、空手道に加え、日本拳法や銃剣道でも段を有する猛者だ」

 紹介を受けた二人は、こくりとヘルメットを縦に揺すると(恐らく会釈をしたものと思われる)、それぞれ手に木刀を構えた。

「あの、アンドウ教授?これは、一体……?」

「ムナカタ君は、黙って見ていたまえ」

 辺りに漂う不穏な空気に、ついに我慢できなくなり、ケイナはアンドウ老人に詰め寄ったが、アンドウは意に介さずケイナを横に退けた。

 しかし、ケイナの不安をよそに、カナタとヤマダ、タカスギの三人は、1:2でホール中央で向かい合っている。

 そして、静寂が訪れ、場が高い緊張感に包まれたが――

「チェェェイ!」

 ヤマダ軍曹と呼ばれた、背の高い男が裂帛の気合と共に、カナタに面打ちを打ち込む。

 カナタはヘルメットを装着していない。

 木刀とは言え、直撃すれば無傷ではすまないどころか、当たり所が悪ければ死ぬ可能性もある。

「せぇい!」

 その動きに合せ、同じくタカスギ伍長と呼ばれた、更に大きな男が、カナタの左側に、逆胴を打ち込んだ。

 タイミングはほぼ同じ。

 小さなカナタを包み込むように、激しく打ち込まれる二本の木刀。

「きゃあっ!」

 ケイナは、小さく悲鳴を上げ、起こりうる未来から眼をそらした。

 そして、場内に鈍い音が響いた。

 ケイナが、恐る恐る眼を開けると、ヤマダ軍曹とタカスギ伍長の打ち込んだ剣は、二本ともカナタの短い棒に止められている。

「くっ!」

「はぁっ!」

 更に追撃をかけようと、二人は滝のような連撃をカナタに浴びせかける。

 その太刀筋は、実直にして剛直。

 一切の無駄なく、実用性のみを追求された剣術を前にしても、カナタには一撃も触れられない。


 だが、これはカナタにしてみれば当然のことだった。


 物心ついた頃から、無機質な殺意を丸出して襲い掛かってくるキマイラの群れと戦い、今まで生き延びてきたのだ。

 鉄をも引き裂くキマイラからの攻撃は、一撃でもくらえば致命傷となる。

 つまり、攻撃は、喰らわないのが当たり前だ。

 カナタの眼の前で剣を振る二人の攻撃は、確かに洗練され、高い練度を感じさせるが、殺気のこもらない攻撃は、どれだけ向けられても暖簾に腕押しである。

「OK、OK。もういい。やめたまえ」

 さすがに、二人の猛者でさ額に汗を浮かべて来た頃、アンドウ老人が手を打ち、「茶番劇」を治めた。

 カナタは、いまだ汗一つかいていない。

「ふむ。さすがだねカナタ君。やはり木刀なぞで君を試そうというのが愚かだったかな?」

「……」

 カナタは、返事をせず、無言でアンドウを睨み付けた。

「では、これならどうだろう」

 アンドウ老人が、再度後ろの若者に合図を送ると、今度は木刀ではなく、重そうなリヤカーを引っ張ってきた。

 リヤカーの上には、黒光りする剣が置かれている。

「これは?」

 誰もこの剣について質問しようとしないため、ケイナが代表して尋ねた。

「Anti-Chimera Weapon(対キメラ兵器)だよ。カナタ君が『外』で使っているのと、同種のね」

「それって……」

「今更隠すようなことでもないかな?つまり、キマイラの骨肉を使って、キマイラを倒そうという狂気の武器さ」

「キマイラの!?そ、そんな……でも、それじゃここにはもう、ウィルスが……!」

「大丈夫。発症するのは、ウィルスが一定量に達した時だけだ。こんな死肉で作ったような武器に触れたぐらいじゃ、どうにもならんさ。もちろん、念のため直接触るときは、手袋をつけるけどね」

「信じられない……」

 人類がこの十数年、辛酸を舐めさせられ、最早、恐怖ですらなく死の代名詞とも言えるキマイラ・ウィルス。

 それを、武器として道具として振り回そうとは――それこそ、ケイナはアンドウ教授が本当に狂ったのではないかと疑った。

 しかし、自衛軍の二人も、その武器を運んできた若者も、そしてもちろんカナタ自身も、誰もこのことに疑問を持っている様子はない。

「だが、キマイラの骨や爪は高い硬度を持つが、同時に高い比重を持つ。密度にして約36グラム毎立法センチメートル。鉄の五倍以上で、金の一.五倍以上の重さだ。もちろん並大抵の腕力では振り回すことはできない」

 その言葉を合図に、ヤマダ軍曹とタカスギ伍長の二人は、懐から何粒かの錠剤を取り出した。

 そして、それを一息で飲み込む。

「そこで、カナタ君のような『アレ』なら使いこなせるかもしれないが、一般人には通常使えない。そのため、開発されたのがこの『ベルセルク』だ」

 二人は、目が爛々と輝き、盛り上がっていた筋肉が、更に太く湧き上がる。

 まるで体躯が2倍に膨らんだようなプレッシャーを周囲に放っていた。

 そのまま、二人はリヤカーまで行き、西洋の騎士が使うような大剣を手に取った。

「さて、カナタ君。発熱機能は切ってある。君は、この二人を倒せるかな?」

 アンドウ老人の言葉が終わるや否や、ヤマダとタカスギの大剣は、彼らの頭上高く持ち上げられ――

 振り下ろされた。


 室内に、まるで火薬が爆発したような轟音が響く。


 トラックが突っ込んでも無事なはずの、特殊カーボン素材でできた床に大きな穴が開いていた。


「ひっ!?」

 ケイナは、恐怖で息を呑んだ。

「きょ、教授!何を考えておられるのですか!?これはもう練習でもなんでもありません!カナタさんが、死んでしまいます!」

「もちろんだ、二人には場合によっては殺しても構わないと伝えてある」

「そ、そんな!?何故……何故こんなことを!」

 ケイナが、アンドウ老人の白衣に掴みかかるが、アンドウは意に介さず、真剣な眼で三人の戦いを見ている。

 カナタは、いつのまにかリヤカーから小振りな二本の剣を引き抜き、それを両手に持ったまま、実験場の中を激しく動き回っている。

「素晴らしいな……!『ベルセルク』を服用せずに、この運動能力とは…!『何故』なんて聞くのも馬鹿馬鹿しい!我々人類は一刻も早く、この力を手に入れなければならないんだ!いつまでも『外』の戦力に頼っている場合ではない。我々が自分達自身の手で、自分達の身を守るためにはAntti-Chimera Weaponの存在は欠かせない!そして今は実戦に備え少しでも実験が必要なのだ!」

「教授……」

「もちろん、最終的にはあの『ギガンテス』をも乗りこなせるようにするつもりだ。そのためには、更に実験が必要だろう」

 アンドウは、そこで隣にいる自分の義娘を見た。

「ひっ……」

 そこにあるのは、いつもの優しい義父の眼ではなく、実験動物を見るような冷酷な眼があった。


 



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