19話 初めての友人宅
「お前、いったいどういうつもりなんだ」
レンドルフとの件があってから一週間後。俺は朝から機嫌の悪いアスティに絡まれていた。しかし、前回のことをちゃんと覚えているようで、先にきちんと朝の挨拶だけはしてくるようになったので、アスティも成長している。
「なに、なに? なんのこと?」
「レンドルフならわかる。この前のことがあったからな。だが、なぜリュシアンを家に呼んだ? 僕はまだ呼ばれたことがないのに」
「え、よく知ってるね」
「リュシアンから聞いた」
悔しげにアスティが言う。
俺は先週末、確かにリュシアンを家に招いた。図書室で初めて会った際に話していたポテトチップスが、料理人との話し合いと試行錯誤の末、ようやく形になったからだ。あの時、試食には呼んでくれと言われていたので、本気に受け取って呼んだら、本当に家まで食べにきたのだった。
ポテトチップスの完成まで、それなりに時間がかかった。俺が知っているのは完成系だけなので、ジャガイモの薄さはある程度指定したが、油の温度や量などは完全に料理人の勘と腕に任せることになった。
用意したのは塩味とコンソメ味だけだったが、リュシアンからカレー粉やバジルをまぶしてみても美味しいのではないかという貴重な意見をもらったので、早速試してみたりもした。俺は前世にあった味しか思いつかなかったので、本当に参考になった。とても充実した一日だった。
「なら今度来る? 元々、お前に食べさせるしょっぱいおやつを開発しようとしていたんだよね。リュシアンのおかげもあってレシピが完成したから、今度持ってこようと思っていたんだけど、うちでポテチパーティーしちゃう?」
「薄く切って揚げた芋なんて、本当に美味いのか?」
不信感を隠さずに尋ねてくるが、リュシアンから本当に話を聞いていたんだな。俺は、それには首を傾げてみる。
「俺は好きだけど、お前の口に合うかはわからない。もしも駄目なら、他にも口直しにレモンの菓子を用意しておくよ」
「……行く」
「いつにする? お前、週末は割と魔導師団に行ってるって聞いていたから、これまで誘わなかったんだけど」
「空ける」
「それ、本当に大丈夫なの? バーランドル師団長に怒られたりしない?」
「怒らせない」
「怒られない、じゃないんだ」
アスティらしい言葉選びに、俺は思わず吹き出してしまった。
「じゃあ、今週末の予定で」
俺が言うと、アスティは満足げに頷く。
「……友人の家に行くのは初めてだ」
そんなことを言われたら、こちらも嬉しくなってしまう。リュシアンを先に呼んでしまって悪かったな、と、素直に思った。
俺の初めても、取っておいてやれば良かった。変なことに気を回さず、もっと早く誘ってみれば良かった。そうしたら俺ではない僕が初めて家に呼ぶ友達を、アスティにしてやれたのに。
「本当に来るんだな? エーヴ」
「その予定だけど」
タウンハウスの玄関ホールで、さっきから次兄が落ち着かなさげにウロウロしている。気合の入った一張羅姿だった。王宮へ呼ばれた時とか、高位貴族との商談の時に着るような、とっておきの服。
俺も普段着ではない、他所行きの服を着させられている。洗浄魔法って確か染み抜きとかまではできないから、ポテチの油がついたら大変だと思うんだけど。
「ルクレシオ兄さん、商会のほうはいいの? アスティはそんなに気難しくないし、わざわざ出迎えなんかしなくても良いのに」
俺が言うと、次兄はすごい顔をしてこちらを見た。
「馬っ鹿! 王太子殿下の側近候補で、次期魔導師団長の呼び声高い侯爵令息だぞ!? ご挨拶しないわけにいくか!」
「友達を家に呼んだだけなんだけどな……」
俺がぼやくと、軽く睨まれる。
「学園デビューは良いとして、きちんと貴族令息としての礼儀は忘れるな。子爵家なんて、高位貴族に嫌われただけで簡単に傾くぞ」
「アスティは、そういう権力の使い方をするやつじゃないよ、兄さん」
「そういうことじゃない。それはお前の話を聞いて、ちゃんとわかっているよ。でも、それとこれとは別なんだ。学園の内側と外側では、見せるものを変えなければならない。わかるね、エヴァリオ」
真面目な顔でそう諭されて、俺はちょっと浮かれすぎていた自分を自覚する。次兄が言ったのは、僕の時にはきちんと理解できていたはずの常識だった。
前世の記憶が蘇ってから、価値観が現代日本寄りになっていたことを思い知る。そうだ。この世界には、貴族がいて、王族もいて、身分制度があるのだ。
「はい、兄さん」
だから、俺はそこで頷いた。街中の子爵家のタウンハウスに、グローガー侯爵家の馬車が入っていくのを見られるのだ。それがどういう意味なのかを、貴族社会は見る。
俺がただ友達が来るだけと思っていたことに、世間は勝手に意味を見つけ出す。侯爵家と関わりのある子爵家、という色眼鏡がつくのだ。
午後二時。約束の時間ぴったりに、グローガー侯爵家の馬車がタウンハウスの馬車留めに到着した。次兄と二人で玄関先まで出て、迎え入れる。
「グローガー侯爵令息。初めまして、エヴァリオの兄、レイジントン子爵家次男のルクレシオと申します。先日はエヴァリオを送ってきてくださり、ありがとうございました。その際はご挨拶できず、申し訳ありません」
馬車から降りてきたアスティを出迎えて、次兄が挨拶する。アスティは俺のほうを見てから、次兄に視線を戻し、それから軽く一礼した。
「初めまして、ルクレシオ殿。今日は招待いただき感謝する。先日の件は、僕が魔導師団へ連れ出した帰りに送っただけだから、気にしないでほしい」
さらりとした挨拶が様になっている。やはり高位貴族子息だけあって、こういう訪問に慣れているようだった。
今日のアスティは、魔導師団の制服である黒い軍服風のいで立ちだった。誘った時にはああは言っていたが、午前中はやはり魔導師団に顔を出していたらしい。
紺色のジャケットにズボン、白いシャツに緑のネクタイの学園の制服とは、また印象が違って見える。
背中で編んだ紫色の長い髪が、いつもよりも一層ミステリアスに見えた。風に前髪が靡いて、伏せた長いまつ毛が頬に影を落とす様は、まるで物語の中のヒーローのような登場だった。思わず目が吸い寄せられる。
「エヴァリオ、中にご案内しなさい」
次兄に声をかけられてハッとする。うっかりちょっと見惚れていた。悔しいが、アスティは俺のような清潔感だけで勝負している雰囲気イケメンではなく、正真正銘の美形なのだ。
「どうぞ、こちらに」
俺がそう言って玄関へ案内する。ドアのところには執事が立っていて、恭しく扉を開ける。御者が馬車を庭側の空いたスペースに移動させるのを横目に、俺はアスティを連れて屋敷へ入った。
「お前、そんな他所行きの顔もできるんだな」
扉が閉まると同時に、アスティが少し面白そうに、いつもの調子で話しかけてきた。俺はホッと息を吐く。
「おかしかった?」
俺が訊くとアスティはちょっと考え込むような顔をしてから、頷いて、それから首を振る。どっちだよ。
「ちゃんとできてはいたが……僕は、いつものお前のほうがいい」
「でも、学園の外ではきちんとしないと駄目だろう?」
「それはそうだ。だから僕も、きちんと付き合ってやっただろう」
応接間へ向かいながら、そんな話をする。リュシアンを呼んだ時には厨房へ入れてしまったが、さすがにアスティをそんなところへ案内するわけにはいかない。
いや、本当はリュシアンも伯爵令息だから、厨房へなんか入れたら駄目だったのかもしれないが。
応接間のテーブルには、すでに揚げ上がってから味付けをして冷ましたポテトチップスが、丁寧に皿に盛られて並んでいる。割れていない綺麗なものだけを選り分けて、皿に盛ってもらっていた。
どの味が好みかわからないので、塩味、コンソメ味、カレー味、バジル味の四種類すべてを並べてある。取り皿と、摘むための小さなトングもそれぞれの席にセットしてあった。
「これがリュシアンが言っていた、揚げた芋か」
「そう。ポテトチップス。油で揚げてあるから、カロリーもそれなりに高い。食べてみてよ」
俺が手で促すと、アスティは片手に収まる小さなトングを手に持って、皿に盛られたポテトチップスを挟む。パリッと音がして、ヒビが入ったのに驚いたようにトングを開いた。
「ずいぶんと脆いのだな」
そう言って、改めてトングで慎重に挟む。そうして、四種類を一枚ずつ取り、取り皿に並べた。皿を手に持ち少し観察してからテーブルの上に戻すと、まず手前から一枚取って、ゆっくりと口に運ぶ。
あれは一番シンプルな塩味だ。口に入れた瞬間、パリッと音がして割れた。静かに噛んで飲み込む。アスティは次を試す前に、テーブルに置かれたグラスに入った水を一口飲んだ。
「どう?」
「面白い食感だ。こんな物は初めて食べた」
そう言って、次の一枚を口元に運んだ。今度はバジル味だ。そうしてまた、グラスの水を一口飲む。なんか試食慣れしているな、こいつ。
「好きな味あった?」
一通り食べ終わったのを見て、聞いてみる。アスティは少し考えるような顔をしてから、机の上に並んだ四つの皿のうちの一つを指で指した。
「これが一番好みだ」
一番シンプルな塩味だった。
「やっぱ塩が基本だよな」
俺は納得して頷いてみせる。
「お前は?」
「うん?」
「お前はどれが好みだ?」
問われて俺も少し考える。どれも嫌いではないが、あえてどれが一番と訊かれると——。
「俺も塩かな」
俺が答えると、アスティは満足げに頷いてみせた。




