亥原探偵の手記
「では、資料を拝見させて貰います。」
コンヌが資料をめくると手が止まった。 そこには父の筆跡があった。 「これは…父さんの字」 震える手でページを開く。 そこに書かれていたのは――
20XX年8月12日
『星喰らいの教団』に関する調査を開始する。依頼主の証言によれば、この教団は表向き自己啓発セミナーを装いながら、実態は異様な儀式を行っているという。警察の捜査が及ばないのは、幹部に政財界の人間が含まれているためだ。だが、それだけではない。何か…もっと根本的な理由がある気がする。
8月15日
教団の集会に潜入した。彼らが唱える言葉は、どの言語にも属さない。だが不思議なことに、聞いているうちに意味が分かるような錯覚に陥る。祭壇に描かれた記号を記録しておく。[※奇妙な幾何学模様のスケッチ]
これを見ていると、頭の奥が痛む。目の焦点が合わなくなる。
8月18日
古文書を入手した。タイトルは『星辰の書』。読めば読むほど、人間の理解を超えた何かの存在を確信する。彼らが崇拝するのは「神」などではない。次元の裂け目の向こう側にいる、人類が生まれる遥か以前から存在していた、名前を呼んではいけない"それ"だ。コンヌ、もしこれを読んでいるなら、これ以上調べてはいけない。
8月20日
[判読不明]
8月21日
新月の儀式を阻止しなければ。彼らは七つの封印を解こうとしている。すでに六つが解かれた。最後の封印が解ければ、"門"が開く。
門の向こうに何があるのか。いや、何が「いる」のか。考えるだけで吐き気がする。昨夜から眠れていない。目を閉じると、星々が狂った配置で回転している光景が見える。
8月23日
儀式の場所を突き止めた。N県の山中、古い地下空洞。今夜、彼らは最後の儀式を行だろう。
相棒と共に向かう。武器は持っていくが、相手は人間だけではないかもしれない。そして、教祖の「██転移」にも警戒しなければ。あの男なら、追い詰められれば確実にこの術を使うだろう。
コンヌへ。パパはいつも君を誇りに思っている。どうか強く、優しい大人になっておくれ。もし私が帰れなくても、この手記が君を導いてくれることを願う。
8月24日 午前1時
潜入に成功した。だが、すでに儀式は始まっていた。幹部らしき男たちが詠唱を続けている。
そして――中心にいる男。あれは、人間なのか?動きが尋常ではない。まるで重力を無視しているような、空間そのものが歪んでいるような。相棒が「あれが教祖だ」と囁いた。背筋が凍る。だが、待て。あの目は…虚ろだ。まさか、すでに別の██…?いや、今はそれどころではない。儀式を止めなければ。
8月24日 午前2時
阻止を試みた。
だが、教祖は化け物だった。人間離れした速度、膂力。相棒が斬りかかった刃が、空間ごと歪んで逸れる。
気づけば相棒の腹部から血が流れていた。俺の左腕も動かない。折れている。
それでも、祭壇を破壊することはできた。儀式は中断された。門は閉じかけている。
だが――
8月24日 午前2時30分
完全には閉じなかった。
教祖は笑っていた。「遅い。もう"扉"は開いた。閉じることはできない」
違う。まだ完全には開いていない。隙間がある。向こう側から何かが、必死にこちら側へ這い出ようとしている。
相棒が言った。「誰かが…内側から押さえ続けるしかない」
俺は決めた。
8月24日 午前3時
相棒を逃がした。彼には10年後に備えてもらう。奴らは必ずもう一度、儀式を試みる。
俺は門の向こう側へ行く。内側から封印を保ち続ける。
コンヌ、ごめん。パパは帰れない。
でも、君がいつか大きくなって、もし真実を知ったなら、どうか――
見てしまった向こう側が見える星が正しくない位置にある幾何学が狂っている角度が悪い悪い悪い
痛い痛い頭が割れそうだでも行かなければ押さえなければ
コンヌごめんなさいパパはもう
愛している
[以降、判読不能][血痕][ページが破れている]
[手記はここで終わっている]




