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Detectiveコンヌちゃん  作者: コンヌちゃん


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2/12

不朽の屋敷

 車を走らせて4時間、目的のN県山中に着いた。まだ昼過ぎだが、周囲は深い森に覆われ、鬱蒼としていた。木々の間を縫うように進むと、突如視界が開けた。そこに、屋敷があった。周囲の自然と明らかに異質な、和洋風の古い屋敷。まるで時代から切り離されたように、静かに鎮座していた。

「…なんか、暗い感じ」コンヌが呟く。

「僕もそう思う」ときやが頷いた。「引き返すなら今だよ」

「でも500万…」

「…焼肉のためだね」

「飲み放題のためだね」

二人は顔を見合わせて、苦笑した。

コンヌはインターホンを押した。

「こんにちは。5時間前にお電話いただいたコンヌ探偵事務所の者です。どなたかいらっしゃいますか」

数秒の沈黙の後、壮年の男性の声が返ってきた。

「入れ」

門をくぐると、砂利を踏む音が妙に大きく響いた。

二人は顔を見合わせた。

「静かすぎる…」

 周囲に鳥の声も、虫の音もない。まるで、この屋敷だけが音を吸い込んでいるかのよう。重厚な木製の扉の前に立つと、湿った木の匂いが鼻をついた。

「ときや君…」

「うん。気をつけよう」

扉が、ゆっくりと開いた。「お邪魔します。」

キィ…

 金属の軋む音が、静寂を切り裂く。玄関に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。外の湿った空気とは違う。左右には古い大和絵が並んでいる。だが、その絵は色褪せ、何が描かれているのか判別しづらい。光の入り方が奇妙だった。窓からは昼の光が差し込んでいるはずなのに、廊下の奥は薄暗い。まるで、光そのものが途中で吸い込まれているかのように。

ギシッ…

コンヌが一歩踏み出すと、床が軋んだ。その音が、廊下の奥まで不気味に反響する。

まるで、誰かが遠くで歩いているような錯覚。

「気のせい…だよね」

コンヌが小声で呟く。

「たぶん」

ときやも小声で答えたが、その目は警戒していた。

突然、黒い服を着た中年の婦人が現れた。

「…!」

二人は驚いて身構えた。いつから、そこにいたのか。

「遠方よりご足労ありがとうございます。主人がお待ちしております。ついてきてください」

 婦人の声には感情が感じられない。表情も無表情のまま、静かに一礼した。二人は顔を見合わせた。婦人の後について、廊下を進む。足を踏み出すたびに、床が軋む。その音が、天井の高い廊下に反響し、まるで何人もの足音のように聞こえる。

「コンヌちゃん、手を」

ときやが小声で言い、コンヌの手を握った。

冷たい。コンヌの手が、冷たくなっている。

「ありがとう…」

廊下は長かった。窓から差し込む光は、規則正しく床を照らしているが、その光と影の境界が妙に鋭い。まるで、光と闇がくっきりと分かれているかのように。そして、影の中には何もない。何もないはずなのに、何かがいるような気がする。

ギシッ…ギシッ…

足音だけが響く。婦人は振り返らず、ただ歩き続ける。長い廊下を抜け、大きな襖の前で婦人が立ち止まった。

「こちらでございます」

襖には、金箔で何かの模様が描かれていた。婦人が襖を開けた。

そして、その向こうに――

 煌びやかな襖を開けると、そこには顔の彫りが深い、鷹のような目をした壮年の男性が立っていた。背筋を伸ばし、じっと二人を見据えている。

「よく来てくれたな」男の声は低く、重い。

コンヌは一歩前に出た。

「まず、お聞きしたいことがあります」

「構わない」

「あなたは本当に、父の相棒だったんですか?」

男は静かに頷いた。

「私の名は古鷹勲武ふるたか いさむ。10年前、亥原と共にある事件を追っていた」

「証拠はありますか」

ときやが横から口を挟んだ。声は穏やかだが、目は鋭い。

「証拠…」古鷹は僅かに笑った。「疑うのは当然だ。むしろ、簡単に信用する方が危険だ」

古鷹は机の引き出しを開け、一枚の写真を取り出した。

「これを見てくれ」

コンヌが写真を手に取った。そこには、二人の男性が写っていた。一人は若き日の古鷹。

そして、もう一人は――

「父さん…」

 見間違えるはずがない。あの優しい笑顔。コンヌが物心ついた頃に見ていた、父の姿。

「10年前、亥原と私は共に探偵をしていた」

古鷹は静かに語り始めた。

「待ってください」

ときやが遮った。

「写真なら合成できます。それだけでは証拠になりません」

「その通りだ」

古鷹は頷いた。

「では、これならどうだ」

古鷹は別の写真を取り出した。

コンヌが幼い頃の写真。5歳くらいだろうか。父に抱かれて、笑っている。そして、その隣に古鷹がいた。

「これは…」

コンヌの手が震えた。

「君が5歳の誕生日だ。亥原に招待されて、私も参加した」

写真の背景には、見覚えのある部屋。実家のリビングだ。

壁には、今も実家に飾られている絵が写っている。

「この写真は…」

「亥原の家でしか撮れない。そうだろう?」

古鷹は真剣な目でコンヌを見た。コンヌは記憶を辿った。

5歳の誕生日。父が大きなケーキを買ってきてくれた。

そして、確か…父の友人が来ていた。

「おじさん…」

コンヌが呟いた。

「覚えているのか」

古鷹の表情が和らいだ。

「顔は…覚えてないです。でも、父の友人が来てくれたことは覚えてます」

「そうか」

ときやはまだ納得していない様子だった。

「写真は分かりました。でも、それだけでは…」

「まだ疑うか」

古鷹は苦笑した。

「慎重なのは良いことだ。では、こうしよう」

古鷹は本棚から、古びたノートを取り出した。

「これは、亥原と私が共に調査していた時の記録だ」

 ノートを開く。そこには、几帳面な文字で記録が綴られていた。コンヌがノートを受け取った。ページをめくる。

そして、ある一ページで手が止まった。

『20XX年7月15日

今日、コンヌの誕生日プレゼントを買いに行った。古鷹に相談したら、「ミステリー本がいい」と勧められた。確かに、コンヌはミステリー本が好きだ。探偵の物語を読んであげると、目を輝かせて聞いている。いつか、立派な探偵になるかもしれないな』

コンヌの目から、涙が溢れた。

「うぅ…これ…父さんの字だ」

間違いない。あの几帳面な文字。手記と同じ筆跡。

「亥原は、いつも君のことを話していた」

古鷹は穏やかに語った。

「『コンヌは優しい子だ』『コンヌは賢い子だ』と。親バカだと、よくからかったものだ」

コンヌは涙を拭った。

「でも…」

ときやはまだ警戒を解いていなかった。

「それでも、まだ確信が持てません」

「ときや君…」

コンヌが困った顔をする。

「ごめん、コンヌちゃん」

ときやは真剣な表情で言った。

「でも、君のお父さんのことだ。慎重にならないと」

「構わない」

古鷹は立ち上がった。

「では、決定的な証拠を見せよう」

古鷹は奥の部屋へ歩いていった。数分後、戻ってきた。

その手には、小さな箱があった。

「これを」

箱を開けると、中には古い懐中時計が入っていた。

銀色の、傷だらけの時計。

「これは…」

コンヌが息を呑んだ。

時計の裏側には、文字が刻まれていた。

『亥原へ

共に正義を

古鷹』

「これは、私が亥原に贈った時計だ」

古鷹は静かに言った。

「探偵として独立する時に、餞別として渡した」

コンヌは時計を手に取った。

重い。傷だらけだが、大切に使われていたことが分かる。

「父さん、この時計をいつも持っていた…」

コンヌの記憶が蘇る。

「ポケットから、よく取り出して時間を確認してた」

「ああ。亥原は時間に正確な男だった」

古鷹は目を細めた。

「でも、なぜこれが古鷹さんの手元に?」

ときやが尋ねた。

「10年前、事件の夜」

古鷹の表情が曇った。

「亥原が消える直前、これを私に託した」

古鷹は天井を見上げた。

「『もし自分に何かあったら、コンヌに渡してくれ』と」

沈黙。

「でも、渡せなかった」

古鷹の声が震えた。

「どうしても、直接会って渡したかった。亥原を取り戻してから、君に会おうと思っていた」

「古鷹さん…」

「すまない。10年間、取り戻せなかった。無能な相棒だ」

古鷹は深く頭を下げた。ときやは、古鷹の様子を心理学の視点から観察していた。表情、声のトーン、身体の震え。すべてが本物だった。演技ではない。心からの後悔と、謝罪。

「…分かりました」

ときやは静かに言った。

「信じます。疑ってすみませんでした。」

「ときや君?」

コンヌが驚いた顔をする。

「精神科医として、人の心を見るのは仕事です。そして信じることもまた大切なことです。」

ときやは古鷹を見つめた。

「古鷹さんの言葉は、真実です」

古鷹は顔を上げた。

「ありがとう」

「でも」

ときやは続けた。

「一つだけ、確認させてください」

「何だ」

「もし、僕たちが危険に陥った時」

ときやの目が鋭くなる。

「古鷹さんは、どこまで覚悟がありますか」

「覚悟…」

「娘さんを人質に取られても、僕たちを見捨てませんか」

「教団に脅されても、裏切りませんか」

「命の危険があっても、最後まで戦いますか」

ときやの質問に、古鷹は黙って聞いていた。

そして――

「見せよう」

古鷹は立ち上がり、壁に掛けられた額縁を外した。その裏には、小さな金庫があった。ダイヤルを回し、金庫を開ける。中から取り出したのは、一通の封筒。

「これは、遺書だ」

「遺書…?」

「ああ」

古鷹は封筒をテーブルに置いた。

「10年前から、書き続けている。毎年、書き直している」

封筒には、日付が書かれていた。今年の日付だ。

「中には、妻への言葉、娘への言葉、そして…」

古鷹は二人を見た。

「亥原の娘へのメッセージも書いてある」

「私への…?」

「ああ。もし私が死んだら、すべてを君に託すと」

古鷹は封筒を手に取った。

「私には、もう失うものがない」

古鷹の声は静かだが、強い意志が込められていた。

「娘は教団に囚われた。妻は心労で倒れかけている。そして、相棒は10年前に消えた」

古鷹は拳を握りしめた。

「だからこそ、今回の依頼には命を懸ける」

古鷹は二人を真っ直ぐ見た。

「たとえ教団に脅されても、裏切らない」

「たとえ娘を人質に取られても、屈しない」

「たとえ命を落としても、必ず君たちを守る」

その目には、嘘偽りがなかった。

「これが、私の覚悟だ」

沈黙。

ときやは、深く息を吸った。

「…分かりました」

ときやは頭を下げた。

「何度もすみません。信頼します、古鷹さん」

「ありがとう」

コンヌも頭を下げた。

「よろしくお願いします」

古鷹は初めて、心から笑った。

「こちらこそ。よろしく頼む」

そして、古鷹は懐から、もう一つ何かを取り出した。

小さな袋。中には、二つのお守りが入っていた。

「これは、亥原が常に持っていたものだ」

古鷹は二人にお守りを渡した。

「君たちに、これを持っていてほしい」

コンヌがお守りを受け取る。

小さな、布製のお守り。手作りのようだ。

「これ…」

「亥原の妻…君の母親が作ったものだ」

古鷹は優しく言った。

「亥原は、いつもこれを持ち歩いていた。『家族の愛が、守ってくれる』と」

コンヌは、お守りを握りしめた。母の愛。父の想い。

「ありがとうございます」

ときやもお守りを受け取った。

「では」

古鷹は資料を広げた。

「本題に入ろう。依頼の内容を説明する」

 三人は、テーブルを囲んだ。信頼は、こうして築かれた。段階的に、慎重に、そして確実に。古鷹の目には、希望の光が宿っていた。10年ぶりに、信頼できる仲間ができた。コンヌの心には、決意が芽生えていた。父を取り戻す。必ず。ときやの胸には、覚悟が固まっていた。コンヌを守る。最後まで。こうして、三人の戦いが始まった。

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