第9話
列強の侵攻が止み、再び訪れた静寂。だが、私の前に現れた新たな敵は、大砲でもスパイでもなかった。それは、目に見えぬ速さで全てを風化させる「時間」という名の暴力だった。
鎖国し、中世の技術体系のまま時を止めたこの国で、建造物たちは限界を迎えていた。王城の柱は軋み、民たちの家々は重い石屋根に耐えかねて悲鳴を上げている。
「……全く、手が焼けるわね」
私は漆黒の軍服を煤で汚し、地上数十メートルの時計塔の天辺にいた。
近代的な重機などないこの国で、老朽化した巨石を積み直せるのは、秘薬によって超人的な怪力を得た私一人しかいない。
数百キロはある装飾石を片手で支え、もう片方の手で漆喰を塗り込む。
「陛下! 危ないです!」と下から見上げる民たちの声に、「うるさいわね、黙って見てなさい!」と怒鳴り返す。
彼らは知らない。私が支えているのは石だけではない。彼らの「変わらぬ日常」という、脆く崩れやすい幻想そのものなのだ。
日中の執務を終えた後、私の「酷使」は真夜中の工事現場へと続く。
国中を巡り、崩れかけた橋の土台を潜って支え、腐った梁を素手で引き抜いては新しい木材を叩き込む。
ある夜、古い大聖堂の天井を修復していた時、足場が崩落した。
数トンの石材が私の上に降り注ぎ、全身の骨が粉々に砕ける。だが、秘薬の力で肉体はぐちゃぐちゃに潰れながらも死を許さない。
「はぁ……はぁ……、まだよ。まだこの街を一秒も壊させはしない……!」
瓦礫の下から、折れた腕を無理やり繋ぎ合わせながら這い上がる。
激痛で視界が真っ赤に染まるが、そのたびに傷薬を喉に流し込む。
私の身体はもはや、修復を繰り返したこの街の古い石壁と同じだ。継ぎ接ぎだらけで、ボロボロで、けれど決して倒れることを許されない。
数ヶ月に及ぶ突貫工事の末、街の崩壊は食い止められた。
明け方、私は城のバルコニーから、自分が直したばかりの街並みを見下ろす。
補修の跡が痛々しく残る石造りの家々。それは、私の身体に刻まれた無数の傷跡と重なって見えた。
民たちは、新しくなった街並みを喜び、また「不変の平和」を謳歌し始める。
彼らにとって、建物が勝手に若返ることは、もはや日常の奇跡のひとつに過ぎない。
「……ふふ、見てなさい。石が砂になり、鉄が錆び果てても、私が全部繋ぎ止めてあげるわ」
私は、ボロボロの軍服に染み付いた石灰の粉を払い、誇らしげに微笑んだ。
独裁者の仕事に終わりはない。
人が老い、物も朽ちるこの世界で、私一人だけが「永遠」を背負い、この美しき箱庭をこの手に握りしめ続ける。
私の肉体が滅びるのが先か、この国が砂に還るのが先か。
そんな終わりなき戦いすら、今の私には最高の「遊戯」に思えていた。




