第11話
世界を跪かせ、時間を凍らせ、自らを不滅の怪物へと作り変えた。
私の箱庭には、もう私を脅かす敵も、私を縛る法も存在しない。
けれど、すべてを手に入れたはずの私の胸の奥には、秘薬の副作用とは違う、鈍く、冷たい「痛み」が居座り続けていた。
月明かりが差し込む王城の執務室。
私は脱ぎ捨てたボロボロの軍服を椅子にかけ、鏡の前に立つ。
秘薬によって維持された、少女のように瑞々しい肌。けれどその下では、何百年分もの戦いと修繕を繰り返した、継ぎ接ぎだらけの魂が拍動している。
ふと、昼間に街で見かけた光景が脳裏をよぎる。
花屋の青年と、恥ずかしそうに笑うパン屋の娘。二人は互いの手を握り、明日の約束を交わしていた。
「……あんな風に、誰かに触れられたら。私はどうなってしまうのかしら」
私は、自分の白く細い指先を見つめる。
この手は、数えきれないほどの命を奪い、崩れゆく石壁を支え、独りで国を背負ってきた。
もし、この手を誰かが「愛おしい」と握ったとしても、私という独裁者の重圧に耐えられる人間など、この世界のどこにもいない。
独裁者とは、頂点に立つ者。
恋をすることは、誰かと対等になること。
愛を乞うことは、弱さを晒し、誰かに依存すること。
それは、私が捨て去ったはずの「子供だったルナ」の残滓だ。
私が誰かを愛してしまえば、この完璧な鎖国は、この美しい停滞は、一瞬で崩れ去ってしまう。
「私は、この国の神なのよ。神が人間に恋をして、どうするっていうの」
自嘲気味に呟いた声が、静かな部屋に空虚に響く。
私が求めたのは最強の力であり、絶対的な支配だった。
その代償として、私は「自分を名前で呼び、隣を歩いてくれる誰か」を、永遠に差し出したのだ。
私は再び軍服に袖を通し、大きなリボンをきつく結ぶ。
この服は、私の鎧であり、私の檻だ。
鏡の中のルナは、いつもと変わらず誇らしげで、とびきり可愛らしく、そして――この世の誰よりも孤独だった。
バルコニーへ出ると、夜風が火照った肌を撫でる。
眼下に広がる街の灯りは、一つ一つが私の支配下にある幸福な民たちの命の輝きだ。
「……これでいいのよ。私は、あなたたちの幸せを守り続ける。……ただ一人で、永遠にね」
瞳に溜まりかけた熱い何かを、私は強引に奥へと押し戻した。
不老不死の私には、泣いている暇なんてない。明日もまた、街の補修をし、薬を打ち、反乱の芽を摘まなければならないのだから。
私は月に向かって、最高に不敵で、最高に切ない微笑みを浮かべた。
「最強の独裁者ルナに、ふさわしい結末じゃない」
愛も、温もりも、明日への希望も。
すべてを「統治」という名の冷たい鋼の中に封じ込め、少女は夜の静寂へと歩き出す。
ボロボロの軍靴の音だけが、永遠に続く箱庭の夜に、誇らしげに響き渡っていた。
(最強の独裁者ルナの物語・完)




