第1話
平和。その言葉は、私にとって「退屈」と同義だった。
四方を穏やかな山々に囲まれたこの小国で、私は愛される可愛いお姫様、ルナとして、蝶よ花よと育てられた。けれど、私の魂が求めていたのは、温かな紅茶ではなく、焼き付くような火薬の匂いと、己の限界を叩き壊す快感だった。
「お父様、お母様。今日でおままごとは終わりよ」
私はお気に入りのベレー帽を深く被り直し、漆黒の軍服に袖を通した。胸元には大きなリボンのタイ。可愛らしさは、強者の余裕として残しておいてあげる。
クーデターは、私一人で十分だった。
王城の重い扉を蹴破り、愕然とする両親の前に立った時、私の瞳にはかつての甘さは微塵もなかった。
「ルナ!? その格好は……何をしているんだ!」
「夢を叶えに来たの。『最強の独裁者』になるっていう、素敵な夢をね」
近衛兵たちが一斉に銃口を向ける。けれど、私は笑った。
この瞬間のために、私は誰にも知られず、この身体を鋼のように鍛え上げてきたのだから。
平和ボケした軍部を武力でねじ伏せ、抵抗する将校たちを自らの拳で黙らせた後、独裁者となった私の最初の命令は、「全護衛の解任」だった。
私は宣言した。
> 「この国の秩序は、私一人で維持する。警備も、国境防衛も、反乱分子の鎮圧も――すべて、私という『力』だけで完結させてみせる」
それは狂気の沙汰だった。
昼は執務室で冷酷な法を敷き、夜はたった一人で国境を駆ける。
押し寄せる反乱軍の群れに、私はたった一振り、あるいは一挺の得物を持って飛び込む。
一週間が過ぎる頃、私の体は悲鳴を上げていた。
軍服の袖は破れ、肩口からは血が滲んでいる。
可愛かったはずの顔には煤がこびりつき、何度も刃を交えた指先は震え、爪の間には鉄の錆びた匂いが染み付いている。
「はぁ……はぁ……、まだ……まだ足りないわ……」
泥濘の中で膝をつき、呼吸を整える。
視界が霞むほどの疲労。筋肉が千切れるような激痛。
けれど、これこそが私の望んだ「酷使」。
自分の命を、存在を、極限まで削り取って国を支配する全能感。
背後から迫る刺客の気配に、私は口角を上げた。
ボロボロになったリボンをなびかせ、私は再び立ち上がる。
「見てなさい。このボロボロの姿こそが、この国を導く唯一の神の姿よ」
私は、民衆の恐怖と畏怖を一身に浴びる、世界で一番美しく、そして最も残酷な「孤独な独裁者」として、今日も戦火の真っ只中へ独り歩みを進める。




