根性の塊 井上君
学校という名の閉鎖的な空間で友情が芽生え、儚い出会いが恋心へ変化し、教室内に笑い声が響き始めた頃。
放課後のHRで体育委員の井上が教壇に立った。
「皆さん、これから早起きスポーツ大会のメンバーを発表します。私がメンバーと作戦を練り上げました。これに関して意見は認めません」
誰も何も言っていないのに、いきなり高圧的な態度で話し始めた。
彼女の名前は井上優花。「地獄のバスケ部」と恐れられている女子バスケ部の一員で、1年の時からレギュラーという強者だった。
全国大会の常連で毎年上位に食い込む成績を残しているため、練習量が半端ではなかった。朝練から始まり、体育館のライトが消えるのは19時とか20時とか。大会前は土日返上という気合の入れ具合だった。
鬼のような練習を耐え抜いた結果、去年は悲願の初優勝を成し遂げた。優勝旗とトロフィーを持って凱旋帰国した時は、ブラバンの狂騒曲が鳴り響く中を威風堂々と行進し、体育館が狂喜乱舞の大騒ぎだった。
そんな泣く子もゲロを吐く女子バスケで1年からレギュラー入りを果たしている井上は、これまた根性も半端ない。
全国脳みそ足りない選手権でぶっちぎり優勝を誇る友則を気合で黙らせ、全日本選抜変態決定戦で準優勝の克己を蹴り一発で泣かせた。
誰が何と言おうが自分の考えはテコでも曲げず、逆らったら100倍返し。小馬鹿にしようものなら金蹴りの連打という鬼畜仕様である。
ショートカットで顔はまあまあ。面倒見がよく姉後肌で女子人気が高い。ラブレターを貰う事もある。
「女子から貰って嬉しいのか?」
「悪い気はしないわね」
「なんだ。お前レズか」
「違うわよ!」
「これからはレズ井上だな」
「なにぃぃ!?」
「女子プロレスラーみたいで格好いいじゃねぇか」
「き、貴様ぁぁぁ」
男子トイレにまで入ってきて金蹴りを喰らわされた……。
そんなレズ井上にも弱点があった。
身長が女子の平均に比べて低かった。この間の身体測定でチラッと確認したが、おおよそ150センチ弱くらいであろう。無理に背伸をして誤魔化そうしている辺りが可愛らしかった。胸はこれから成長しそうな82センチだが、筋肉質のため若干の誤差があると思う。性格上、黒パンかと思ったら純白だったのは意外であった。
これ以上は語るに落ちるので次へ行こう。
高身長と巨漢がうごめくバスケ部の中では小柄な部類に入る。逆にそれが彼女のバネになっている。
花のように優しく可憐に育って欲しいという願いを込めて優花と名付けられたらしいが、バラのようなトゲのある子に育った。
「男女共にチームA、チームBの2つに分けます。まずは女子のチームAから発表します」
そう言って名前が読み上げられた。
前置きも主旨もまったく説明せず、唐突に本題から入る辺りが彼女らしい。クラス全員がポカンと口を開けていたので、美の化身と呼ばれる俺が説明しよう。
我が校では、学年が変わる度にクラス対抗のスポーツ大会が行われる。
去年まで一緒だった旧友。新たなに出会った仲間たち。まだ見ぬ友たち。スポーツを通して彼らと交流を深め、切磋琢磨して互いを高め合う。という趣旨で始められた。
種目は学年ごとに毎年ランダムで、1年から3年の体育委員会が話し合いで決める。例えば、1年がソフトなら2年がバレーで3年がサッカーと、試合会場が被らない手筈である。
俺が1年の時は野球大会だった。友則に3打席連続デッドボールという輝かしい名誉を獲得し、マウンドで早起き格闘技大会を披露してつまみ出された。
2年に上がった今年はバスケだった。これが井上のハートに火をつけた。
我が2年生は6組まであり、男女共に2チームづつ出場する。合計12チームの勝ち抜き戦となっていた。
全員参加が絶対条件で、この場合に問題となるのがスポーツが苦手な者たちだ。克己のようなダブルドリブルを知らない者たちの取り扱いがキーワードとなる。
通常であればA、Bどちらかに運動能力の高い者を集め、片方を切り捨てる作戦に出るだろう。
しかし井上は考えた。たとえお遊びでも負けるのが大嫌いな彼女。今回は三度の飯より大好きなバスケ大会である。負ければ一発終了というプレッシャーの中で編み出した作戦とは……。
スポーツ壊滅君たちを両チームにまんべんなく投入した。交代要因として瞬間でもコートへ出せば全員参加の条件が満たせる。同じく運動能力の高い者もバラバラにした。片方を強者揃いで固めた所で、相手チームにバスケ部が数名でもいたら圧勝される。逆に運良く弱いチームに当たれば勝てる。どちらに転がっても何とかなる作戦である。
これに当てはまるのが女子部門だった。バスケ部に所属しているのは井上だけ。他はバレー部やテニス部など。これら運動部を均等に振り分け、そこに文化部と帰宅部を加えたチーム構成だった。
「みんな、気合入れていくわよ」
女子連にハッパをかけた後、教壇をバシッと叩いた。
「男子! これから私の言う事をよく聞きなさい。男子は女子と違って優勝してもらいます」
突然声を荒げ、これまた説明もなくメンバーを発表した。
それを聞いて「なるほど」と思った。
我がクラスには男子バスケ部が2名いる。風見修平と安田省吾だ。
2人共に身長が高くバスケ向きの体格である。役割はシューティングガードと言われる得点を取るポジションにいる。ただ、彼らにはスポーツに必須な闘争心というモノがない。
明らかに部活時間であるにも関わらず、2人揃って金玉商店街にある焼きそば屋でよく見かける。
「あれ、修平と省吾じゃねぇか」
「おお、三次か」
「お前ら部活は?」
「今日は面倒くさいから休みだ」
「そんなの許されるのかよ」
「どうせ次の大会も1回戦負けだからな」
女子と違って男子バスケ部は、ルールさえ知っていればレギュラーになれるくらい弱い。試合に出ても予選大敗が決定事項になっている。それでもバスケ部である以上、普通の奴よりは技術がある。
そして我がクラスには、運動能力だけ特化したバカが2名いる。
井上はそこに目を付けた。
「修平、省吾、三次、友則はフルで出場してもらいます。その他のメンバーは随時交代です。三次はオフェンス、友則はディフェンスで活躍してもらいます」
要するに、男子バスケ部2名と、人並み以上に運動能力の秀でた2名を組み合わせれば勝てるのではないか。そう考えたらしい。
友則の体幹は怖ろしいほど強靭だ。ぶつかって来た相手が簡単に転がり、本人は微動だにせず立ち尽くす。柔道部が彼を投げようと足技を繰り出したが、態勢を崩すどころか自慢の握力で襟を捕まれ、片手で放り投げられた。という逸話を持っている。
バスケは肉弾戦。友則は最高のディフェンダーであろう。
「ここからが重要よ」
さらに教壇を叩いた。
「三次。あんたは運動神経だけはいいんだから期待してるわよ」
「だけ……って何だよ」
「これから大会まで私が直々にコーチしてあげるわ」
「はぁぁ!?」
「マンツーマンよ。感謝しなさい」
「余計なお世話なんだが?」
「口答えするな!」
「超面倒くさいんですけどぉ~」
「あんたらは優勝候補なの。あんたらの運動能力に比べたら、他の男子なんて子供だましよ」
「褒められて嬉しいんだが、たかだかお遊びだろ」
「バスケは遊びじゃない。命を賭けた真剣勝負だ!」
「……」
熱量が違い過ぎてついていけない。クラスメイトも半ばあきれ顔で熱弁を振るう彼女を見ていた。
特に友則への扱いが厳しく、暴力も辞さない構えだった。
実は友則と井上は従妹同士であった。確か母方だった気がする。友則に聞いても「奴の事は1ミクロンも思い出したくねぇ」と言っていたので真実は闇の中だ。
俺の勘が正しければ、井上は幼少の頃からこの性格で、友則に何かしらの罠を仕掛け、それをネタに何でも言う事を聞く犬に仕上げたのだと思う。
「友則。大会前までにルールを勉強しておきなさいよ」
「ルールくらい知ってるわ!」
「あんたは、とびっきりのバカなんだから」
「お前だってバスケしか知らないバカだろうが」
「反則したら金蹴りだからね」
「やれるモンならやってみやがれ」
「私にハッタリが通用するとでも?」
「ハッタリかどうか試してみるか」
「ほう。やってみろ」
「じ、上等だよ」
「私に触れたら、あんたの人生終わるよ」
「てめぇ。いい気になんなよ」
「あの事、バラされたい?」
「……」
「あんたは私の……」
「う、うがぁぁぁぁぁぁーー」
「ついでに、脱ぐな!」
「がっ……」
伝家の宝刀を封じられた友則は、大人しく上着を羽織りなおした。
井上優花……名前と性格が一致せんぞ。




