第九話:手のひら返しされる俺
そうだったのか。
気の弱い俺が眠っている時に強いのは、魔法のおかげだったのか。
「ま、魔法を解けば、マリアを殺さなくてすむ」
「魔法が解けたらお前、起きている時も寝ている時も弱いんだぞ」
「そ、それでもいい」
「マリア、お前もそれでいいのか」
「はい、かまいません。愛は勝ちます」
「じゃあ、今から、その魔法使いのとこへ行くぞ。今日のゴブリン退治の仕事を他の冒険者パーティに代わってもらうよう、冒険者ギルドに頼んでくる」とボリスは出て行った。
馬車で魔法使いのところへ行く。
意外と近い場所にあった。
村から馬車で一時間ほどの場所に、金ぴかの神殿みたいな家があった。
門番が大勢いる。
中に入ると、またそこら中が金ぴか。
大広間で待っていると、これまた金ぴかの恰好をした爺さんが現れた。
「私が大魔法使い、サギーシィ・カネダイスキーである」と金ぴかの椅子に座って、偉そうな態度を取る。
「サギーシィ様、お久しぶりです」とボリスが挨拶するが、
「えーっと、誰だっけ」と答えるサギーシィ。
「あの、弟のアントンに魔法をかけてもらった者ですが」
「おお、思い出した。まあ、私は世界中を五十年間冒険者として飛び回っていたので、小さいことまで覚えるのは、さすがの私でも難しい」
何となく怪しい人物だなと俺は思った。
「今回は何の頼みだ」
「魔法を解いてもらいたいのですが」
「それは難しいな」
「解けないんですか」
「いや、かなりの魔力を使うからな。で、まあ、ちょっと、あれだな」
なにげに指をうごかして何かを催促するポーズを取るサギーシィ。
「二百万エン持ってきましたが」とボリスが札束を見せる。
えーそんな大金。
「お前のためだよ」
いい兄貴だったんだ、本当に。
「二百万エンか。全然足りないが、仕方が無い。特別サービスじゃ」
サギーシィが近づいてきて、俺の頭をポンと叩く。
「これで、解けた」
怪しすぎる。
「なんだ、疑うのか」とサギーシィが俺の顔見て不快そうな態度をとる。
「いや、滅相もございません。ただ、確かめたいのですが」とボリスが言うと、
「かまわんぞ」と言いつつも、サギーシィの周りにどこからかボディーガードが現れて何重にも囲む。
疑ってんじゃねーか。
「さあ、試してみよ」
マリアが俺に抱きついた。
念のため、俺は剣を持っていない。
「もし、魔法が解けていなくて殺されてもかまいません」
「マリア、その時は俺も後を追って死ぬよ」
二人で泣く。
「えーと、さっさとやってほしいんだけど」とスヴェトラーナがつまんなそうに言った。
マリアが呪文を耳に囁く。
俺は眠りに陥った。
気が付くと、目の前にマリアの笑顔。
うまくいったのか。
「痛!」
腹が痛い。
「おい、アントン、成功だ。魔法は解けたぞ」
「そ、そうですか」
嬉しい。
これでマリアと結婚できる。
「お前は眠ってもマリアに襲いかからなかった。念のため、サギーシィ様のボディーガードにお前の腹を殴ってもらったんだが、なんの反応も無し」
「ハハハ、どうだ、私の魔法は」とサギーシィが偉そうに笑う。
「けど、アントンが起きている時に強くは出来ないんですが」とスヴェトラーナがサギーシィに言った。
すると、サギーシィは、
「うむ」とおもむろに、俺の方を指さして、
「お前は変わることが出来る!」と大声を出す。
「ど、どうやってですか」
「修行だ。私が直に指導してやろう。魔法ではない」
「どうゆう修行ですか」
「それは極秘だ。とりあえず修行代は五百万エンだがな」
そんな大金、払えねーよ! ふざけんな。
俺はちょっと怒ってしまい、それを表情で読み取ったのか、サギーシィはベラベラ喋りまくる。
「怒ってはいかん。怒りは負の感情だ。平常心を保つことがお前が生きて行くのに一番重要なことだ。さて、はっきり言って、お前の個性はダメだ。根本的に変える必要がある。そしてそれを伸ばす。それが成長すると言うのだ。それには修行が必要だ。今なら、二割引きで引き受けてもいいぞ」
金が無いので修行はあきらめた。
サギーシィの家から出る。
「まあ、とりあえず、これで一件落着かな」とボリスが言った。
「は、はい」
「で、これからどうするよ」
「う、うーん」
「アントンにはパーティの会計やってもらったら」とスヴェトラーナが言った。
「ああ、それもいいかもしれん。まあ、村に戻ってゆっくりと考えるか」とボリスが答えた。
荷台で俺の胸に顔をうずめているマリア。
もう一生離さないぞ。
村への帰り道、草原をボリスがゆったりと馬車を走らせている。
突然、馬が悲鳴をあげた。
頭に矢が刺さっている。
そのまま、倒れた。
大勢の男たちが草原に現れる。
五十人はいる。
「見つけたぞ」と先頭のボスらしい男が言った。
盗賊か。
「この前はよくも仲間を大勢殺しやがったな」
俺は眠っていたので、全然、顔に記憶が無いが、この前、村の広場で殺した盗賊の仲間か。
復讐に来たのか。
やばい、今の俺は全くの気の弱い男に過ぎない。
「ちっ、一応、冒険者ギルドに行き先を教えてたんだが、情報が漏れたのか。やれやれ」とボリスは少しも焦っていない。
「あのギルドもしょうがないわねえ」とスヴェトラーナも笑っている。
何だ、この余裕の二人は。
「たっぷりとお返ししてやるぜ!」とボスが剣を抜いた。
他の連中も一斉に武器をかまえる。
「アントン! マリア! お前らは下がってろ!」とボリスが剣を抜きながら叫ぶ。
「行くぞ、スヴェトラーナ」
「まかせて!」とスヴェトラーナが両手にナイフを持って、ニヤリと笑う。
二人が突進していく。
矢が飛んでくるが、ボリスは簡単に剣ではじく。
先頭で斬りかかってきた奴を、簡単によけて、そいつの首を斬り飛ばす。
首のない体から血が吹き出して、ボリスにかかるが本人は全然気にしていない。
スヴェトラーナにも襲いかかって来た。
一度に二人だ。
しかし、スヴェトラーナは軽やかに跳躍して、そいつらを一回転して飛び越える。
襲ってきた二人はそのまま倒れる。
飛び越える時に、首を斬ったようだ。
四人の男が一斉にボリスに飛びかかった。
ボリスはもう一つの剣も抜いて、二本振り回す。
四人の首が吹っ飛んだ。
こんなに強かったのかと、おれは唖然として見ている。
ボリスとスヴェトラーナは襲いかかってくる奴らを片っ端から斬って捨てる。
気が付くと、盗賊三十人の死体が草原にあった。
二人とも血まみれだ。
残りの奴はボスと一緒に逃げていった。
ん、マリアがボリスのことをじっと見ている
「素敵」と呟く。
え?
俺の顔を見る。
無表情で言った。
「ごめんなさい、私と別れて」
「は?」俺は呆然として立ち尽くす。
剣の血糊を拭いているボリスに近づくマリア。
「ボリスさん! 好きです!」とボリスに抱きつこうとする。
「何だって! おい、アントンはどうすんだよ」とボリスが仰天する。
「あんな人、どうでもいいです」とちらっと俺に冷たい視線を送るマリア。
な、何だって!
「あんた、いきなり何を言いだすのよ!」とスヴェトラーナが怒鳴るが、マリアに突き飛ばされる。
「この方には、あなたのような淫乱な女より、私の方がふさわしい」と言ってマリアが笑う。
「何言ってんの!」と激怒するスヴェトラーナ。
スヴェトラーナとマリアが取っ組み合いの喧嘩を始めた。
「おいおい、やめろ」とボリスが二人の間に割って入るが、ボリスに抱きつくマリア。
マリアはボリスの体に抱きつき、顔を擦りつけ、顔も服も血まみれになる。
「ああ、この血の匂い。最高だわ」と淫靡な目つきでボリスを見上げる。
「うわ、気持ち悪い!」とマリアを突き飛ばして逃げ出すボリス。
「待って、愛しのあなた!」と追いかけるマリア。
「ふざけんな! このいかれ女!」と続いてそれを追うスヴェトラーナ。
俺は置いてきぼり。
いったい、何なんだあ!