第十一話:ボリスとスヴェトラーナに褒めまくられる俺
気が付くと、ボリスとスヴェトラーナが心配そうな顔で俺を見ている。
俺は部屋のベッドで横になっていた。
「大丈夫か」とボリスが言った。
どうやら、俺が椅子を蹴とばしたと同時にボリスたちが部屋に入ってきたらしい。
スヴェトラーナがナイフを速攻で投げてロープを切断した。
間一髪、俺は助かったようだ。
しかし、俺の心は死んだままだ。
スヴェトラーナが言うには、マリアは俺が死んでいるモンスターを切り刻んでいるとニヤニヤ笑っていたそうだ。
気味が悪いと思っていたそうだ。
マリアは血の匂いが好きとも言っていた。
あなたを起こす前、体についた血を嘗めていた。
もっと早く言えばよかった。
スヴェトラーナにごめんなさいと謝られた。
頭がおかしい女のことなんてもう忘れなさいとなぐさめてくれる。
しかし、そう簡単に忘れられん。
屈辱も忘れられん。
「またお前が自殺を図るかもしれないから、今夜、俺はこの部屋で寝ることにするぞ!」とボリスが宣言した。
いい兄貴だなあ。
本当に俺のことを心配してくれてたんだ。
涙がでそうだ。
俺は涙が出るのをごまかすため、
「よ、夜の試合はいいんですか」と冗談を言ってみる。
ボリスとスヴェトラーナが顔を見合わせて、妙な顔をした。
ああ、あれもわざとやってたのかと思っていると、
「え、やだ! 聞こえてたの!」
「ガハハ! つい夢中になってなあ」と大笑いして、ボリスも焦ってごまかしている。
「だって、部屋の扉があんなに分厚いなら、壁も大丈夫かと……」とスヴェトラーナが顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
隣の部屋に聞こえているのに気付いていなかったのか……。
翌日、ボリスは俺を竹の林に連れて行った。
「アントン、この竹を斬ってみろ」
俺は剣を抜いて、さっと竹を斬った。
「わー! すごい、アントン! カッコいい!」とスヴェトラーナが大拍手で褒めてくれる。
スヴェトラーナの態度が変わり過ぎで、かえって調子が悪くなりそうだ。
わざとらしすぎるぞ。
まあ、悪気はないんだろうけど。
だいたい竹なんて誰でも斬れると俺が思っていると、
「いや、起きている時のお前はいつも身体の動きがガチガチだった。しかし、今はすごい滑らかだったぞ」とボリスが褒めてくれる。
ボリスたちが、メスト市の冒険者ギルド本部で調べたところ、例のサギーシィは魔法使いでもなんでもなく、ただの催眠術師だったそうだ。
要するに詐欺師だな。
「あのサギーシィの野郎については冒険者ギルドに通報しておいた。それはともかく、要するに魔法でお前が強くなったんなら、魔法が解けたら終わりだ。しかし、催眠術で強くなったということはお前には、潜在能力があるという事なんだ! いや、もう何回もモンスターを倒している。とっくに実力もついている。お前は強いんだ!」とボリスが俺の両肩つかんで、励ましてくれる。
「そうよ、アントン、あなたは強い! カッコいい! ステキー!」とまたスヴェトラーナがニコニコ顔で飛び跳ねながら、黄色い声をあげる。
俺はめまいがしてきた。
「け、けど催眠術も、解けたら終わりじゃ……」
「いや、催眠術とは思い込みだ。そして、その思い込むことで本当になるらしい」
「そ、そんなこと言ったって、自信がないよ」
「いや、後は精神力の問題だ」
「え! ま、また、い、虐めるの」と俺がビビっていると、
「いや、それじゃあ前と同じだ。だからこれからは褒めまくることにした」
それはちょっと安易すぎるんじゃないかと俺は思った。
「さて、それじゃあ、スヴェトラーナには超ミニスカートのチアリーダーの恰好でもしてもらって、アントンが戦っている時に応援してもらうかな、ガハハ!」とボリスが下らない事を言って笑うと、
「何言ってんのよ~」とスヴェトラーナもなぜか満更でもない顔をしている。
「ついでに夜もその恰好してくれるといいなあ」
「バカ!」とスヴェトラーナがボリスの頭をふざけて叩く。
なに、いちゃついてんだよ。
憮然とする俺。
二人で大笑いしている。
この人たちふざけてないか。
まあ、いい人たちではあるし、悪気はないんだろうけど。
俺は困っているのに。
この二人との違和感がようやくわかった。
なんつーか鈍感なんだよなあ。
デリカシーが無い。
いや、俺が繊細すぎるのか。
しかし、この「褒めまくる作戦」うまくいくのかね。