第二十六話 記憶の覚醒
今回、短いです。
伏線を幾つか回収。
作者はビビりです。
昨日のアクセス人数がかつてないほど多く、とっても嬉しいですが反面びびりました。
新たにお気に入り登録して下さった方々、
拙作を読んで下さった皆様、ありがとうございます。
カタストロフは戻りつつあるものの、記憶喪失だ。
しかも、本人は詳しい事を口に出さないが、あまり過去に良い記憶がないらしい。
光の民アルヴについて話していた時、生まれずにすんだ――そう発言した事からも、辛い過去が窺い知れる。
もしも、思い出したくなかったような記憶を、悪夢として観てしまっているのなら。
これからも一緒に居てくれる。守ってくれると約束してくれたカタストロフを苦しめるのは、イーシャも本意ではない。
失われた辛い過去の光景を見るより、現実でイーシャと闇の民対策をする方が、彼としても精神的に楽であろう。
そう考え、彼女はカタストロフを起こす事に決めた。
「クー、起きなさい!」
声をかけながら、ヴェールをカタストロフの目元に置く。
いきなり目を覚まされても、その美貌を直視して硬直しないようにするためだ。
イーシャはカタストロフの肩に両手を置き、大きく揺さぶった。
「クー!! クーってば!! 起きてー!!」
がば。
予測に反し、勢い良くカタストロフが起き上がり、ヒラヒラとヴェールが彼の膝に落ちる。
はあはあと、乱れた呼吸を繰り返す彼は額に手をやっており、その大きな手で顔が半ば以上隠れ、イーシャにとってはひと安心だった。
よほど嫌な夢を見ていたのだろう。
カタストロフは汗だくで、微かに震えていた。
「……クー? 大丈夫?」
イーシャはおそるおそる声をかけ、彼の様子を窺った。
起こしてよかったのだろうか。
いつも平静なカタストロフが、これほどまでに動揺をあらわにしている。
イーシャの呼びかけに、びくっ! と、弾かれたように大きく肩を揺らし、その手が彼の額から離れた。
カタストロフの驚いた顔が、真っ直ぐイーシャを見ている。
しまった。
そう考えると同時に、イーシャはうっとりとその美しい顔に見惚れた。
「……イーシャ。ああ、ここはディアマスか」
カタストロフの声は常よりもかすれて低く、弱々しい。
彼に声をかけられたせいか、イーシャの思考は僅かに動き出した。
脳の大半は、じっくりとその美を愛でることに夢中なので、普段よりも動きが鈍い。
カタストロフは、明らかに様子がおかしかった。
その金色の双眸は安堵に光り、見る間に潤んで、ポロポロと大粒の涙がこぼれて落ちる。
どんな悪夢を見ていたのか。
カタストロフに対して、酷い暴力から助けられたいたいけな子供を見ているような印象を受けるなど、イーシャにとって初めての事だ。
元々肌が黒いから分かりにくいが、血の気が引いているのだろう。
存在を確かめるようにイーシャの手を、ぎゅっと握りしめたカタストロフの両手はじっとりと汗ばみ、ひんやりと冷たい。
そして、やはり震えている。
怯えている、といってもいい。
では今カタストロフが、こうして彼女の手を握りしめている行為は、縋りつかれていると言った方が正しいのか。
その事実に、イーシャは驚愕した。
無駄に偉そうな物腰が常態の、実際古代竜と一対一でも勝てそうな強者の風格を備えていたカタストロフが、他人にそうと悟られるほど怯えるなんて。
「……聞いてくれ。イーシャ。悪い知らせだ」
その声には悲痛の色が混じり、彼の頬を流れる涙がより深刻さを増幅させる。
ボロ泣き状態であるというのに、その美しさがちっとも崩れないところも凄い。
「……役割を思い出した。決して忘れるな。そう言われて、決して忘れないと言い返した事だったのに……久遠の眠りの中に、置き忘れていた」
涙に濡れたカタストロフの瞳は、呼吸を奪うほどに美しい。
その瞳に浮かんだのが、安堵のままなら――恐怖で無かったのなら、どれほど良かっただろう。
「邪竜の頂点にはアルウェスというバケモノがいる……光の民は、そのバケモノを決して完全消滅させる事が出来ず、復活するたびに討伐して封じるしかなかった。
全力で封じても数百年ごとに破られて、また暴れ出して世界を壊すのを止めて封印――これを繰り返す事が出来なくなりそうだったから、あいつ等は再び世界に解き放たれる事がないよう、封印したバケモノをゆっくりと浄化し、完全に消失させるための生きた楔を作ったんだ。
その楔で贄たるのは、俺自身。
あの封印は、俺の力を増幅して直接バケモノに叩きこみ、現世に実体化する事無きよう閉じ込めるための獄であり棺だった」
神と謳われ、崇拝され神格化された光の民が、全力を尽くしても消滅出来ずに封じるに甘んじざるおえなかった、世界の滅びの因子。
カタストロフは語る。
長きに渡る光の民とアルウェスの戦いの余波により、世界の強度は徐々に落ちて行った。
また、倒しても倒しても数百年でまた復活を遂げ、世界を壊し始めるアルウェスとの戦いに厭いていた事もあって、それは色々な方法を試していったのだという。
思考錯誤のうちに、光の民が目をつけたのは闇の民の体質だった。
詐欺に近い形で、当時の『魔を制す王の器』を連れ出す事に成功。
アルウェスとの戦いに同行させた。
『魔王』は、アルウェスの放出する瘴気に当たって気絶。
三日三晩、生死を彷徨ったものの生き延びた。
狂うことなく、正気のまま目覚め、光の民を驚愕させたのである。
その上、『魔王』は数分しか意識が持たなかったが、その時の討伐が常とは比べようがないほど被害が少なく、楽に済んだ。
光の民はそのまま『魔王』を帰すことなく、監禁した。
討伐に参加していた一人が、光の民の肉体に『魔王』の体質を併せ持った子が生まれれば、アルウェスの封印に使えるのではないかと意見したのだ。
試しに子供を作ってみよう。
そんな軽い感じで監禁が決定し、『魔王』は目的の子供が生まれるまで強制的に孕まされ続けた。
民族が違うのだ。
そう簡単に、双方良いとこどりの子供など生まれてこない。
殆どの子は育ちきる前に流れ、無事生まれてもどちらかに偏って、中途半端で脆く数年で死んでいった。
母体となった『魔王』は肉体的には守られていたが、精神を病み、死ぬ事も許されず、カタストロフが生まれた頃には発狂していたという。
カタストロフが物ごころついた時には、目的の子が生まれたせいか緩んでいた監視の目を盗み、『魔王』は自害して果てていたそうだ。
一人の『魔王』の人生を滅茶苦茶にしてまでして、ようやっと生まれた目的に叶う子を、光の民達は肉体的にも精神的にも鍛え続けた。
息をしていれば問題ない。
そういった、乱暴極まりない扱いで。
やがて、復活してきたアルウェスとの戦いにて、強制的に参加させたカタストロフの浄化威力と肉体強度を確認。
カタストロフは光の民の思惑通り、とても役に立った。
やはり瘴気に当たって倒れたものの、半日で元気に目覚めた。
これなら大丈夫だ。
そう判断を下し、アルウェスが再び蘇ってくる前にと、完全消滅のための封印を用意。
何も知らされてなかったカタストロフごと封じて、お終いにした。
「邪竜王アルウェス。アース神教の、滅びを司る終末の神の名と同じ。世界にとって、アレは害毒でしかない」
こわい。コワイ。怖い。
カタストロフの瞳は、彼の感情を明確に物語ってくれる。
「呪具を介して、俺の力はアルウェスの浄化と封印に常に持っていかれているから、猶予はある。アルヴは、世界の害に対しては慎重に慎重を重ねる。
少なくとも、ジオフィードは俺の封印が解ける可能性も、考慮していた。解けてしまった時のために、再封印の処置も出来るよう、準備を整えている途中だと言っていたな」
《だぁいすきよ。可愛いカーフィ。誰よりも愛しているわ。自分よりも世界よりも愛しているから――私は貴方を優先させる。私のする事、いつか赦してね》
不意に、いつか夢の中で聞いたエーリスの言葉が、イーシャの脳裏に響いた。
エーリスは何故カタストロフを優先させた結果、決して解いてはいけない封印を破壊する処置を取ったのだろうか?
従来の封印のままでは、カタストロフに対して何か悪影響があったのかもしれない。
それならそうで、もっと再封印の処置に関するヒントを沢山残してくれれば。
イーシャは、見た目が自分に似ているらしいエーリスに対し、役立たず、と心の中で罵った。
彼女の可愛い愛する人は、迫りくる避けきれぬ脅威に怯えきって、最も脆弱な夢の民であるイーシャの前で泣いているのだ。
愚かさと嫉妬を口にするより先に、重要なヒントを言ってくれたらよかったのに。
「……光の民は、もうこの世界にいない。このまま、アルウェスを放置するわけにはいかない。放置すれば世界が滅ぶ。
だからといって、俺だけでは命懸けで全力を賭しても倒すなど不可能だ。ジオフィードが言っていた再封印処理を探すしかない……イーシャ。頼む。お願いだ、手伝ってくれ」
ストックが溜まらない……(TwT)
そろそろ人物紹介を挟むべき頃合いですが、新キャラまだ出てないし。
どうしようかと思ってます。