第二十四話 治療
タイトル微妙……
作者は更新直後に自分で読んで、おかしい処の確認と、見つけられたら誤字訂正しています。
作者の方にある一文の文字数と、読者様が見る文字数、違うので偶にバランスがおかしくなるんですね。
ストックがなくてぎりぎりなので、ここ数日編集が甘いです。
誤字を見つけたら、どんどんご報告下さい。
パソコンの様子が変です。
時々操作してないのに、勝手に画面が上下したり、マウスが効かなくなったり……
ノートン入れてますが、完全スキャンでも完全に効いてないような。
修理に出すべきでしょうか?
彼が海竜王の頭部に近づいて行ったのは、意識の確認をするためだった。
意識の有無で、使うべき呪が変わってくるのである。
彼が声をかけようとしたその時、不意に海竜王の閉ざされていた瞼が重たげに上がった。
彼の身の丈よりも巨大な丸い眼が、ゆっくりとこちらを見る。
縁側は黒灰色、中心に向かうごとに黒さを増す宝玉のような瞳は確たる知性の光が煌めいていた。
――懐かしい、澄み切った波動だ。貴様か。
先代ではなく、我とは初めて会うな。カタストロフ――
瀕死に近い状態にとはうって変わって、威圧感のある堂々たる思念波が轟く。
作業中のニンフ達が、ハッとしたように手を止めた。
その事から、彼限定のものではなく、思念が周囲全体に響いたと分かる。
――まだあの者達の良いように、こき使われてるのか?
おぬし、世界を捨てたあの者達に恨みこそあれ、恩など受けていまいに――
「初めまして、だな。今代の海竜王……とりあえず、今ここに居る理由はあいつ等の意図する事じゃない。ヒトの娘とニンフの長に頼まれ、貴方が負った傷と毒素を癒しに来た」
そっと手を伸ばし、海竜王の鼻先に触れる。
その呼吸は一定でなく、時々喘鳴のようなものが混じり、決して楽観視していい状態ではないのが分かった。
「治療する。今から注ぐ力を受け入れ、抵抗するな」
――好きにしろ。我に、おぬしほど力ある者に逆らう力は残ってない――
「それは良かった。下手に抵抗されると、余計に手間取る」
意識を確認したかった理由がこれだ。
海竜王は、その特殊な継承により時が経つほど力が増す。
そのため、外部からの力を排除するあらゆる抵抗力が強いのだ。
意識のない状態でも抵抗する力は変わらないので、本人(竜?)の意思がある状態でないと術が非常に効きにくい。
彼は、鼻先にあてた手のひらに意識を集中させた。
まずは、この巨大に蓄積された魔素を抜く。
魔素は治療の邪魔になるのだ。
手のひらを焦点に、浄化の力場を形成する。
ぶわり。
海竜王の巨体から数多の粒子が浮かんで、彼に向って吸い寄せられるように飛んでくる。
粒子は黒い。
黒、と言っても正確には違う。
黒ではないが、黒としか表現出来ない色だ。
光が無く、暗く昏く、おぞましい。負と悪意を凝縮した魔素に相応しい、見ているだけで気分が悪くなるような粒子。
視覚化した魔素は、彼に触れると細かく弾け、虹色に瞬いて体内に吸収されていく。
先日のオーウェン相手とは桁違いの魔素の量だ。
ちょっとしたきっかけで、瘴気と転換しただろう。
例えば、海竜王が死んでいたら、確実に瘴気に転換していた。
ゾッとしない話だ。
海竜王の遺体から生成された瘴気が、その躯を媒体に邪竜と化す。そうなっていたら、この近辺の生態系は壊滅しただろう。
「生と死を導く、運命の天秤を握る者達。魔力を供給する。気の済むまで貪り、満足に値したのならば、目の前に現れ出よ」
彼の中に全ての魔素を取り込んで、一欠片残さず浄化した。
次は生命の精霊を呼ぶために周囲に魔力を放射し、精霊語で呼びかける。
放射した魔力を何処かに吸収された感覚が起こり、ゆらゆらと、影のように薄い子供の姿をした精霊が浮かび上がった。
命素の色である青銀の光を帯び、眼を閉じたその精霊は性別の格差が見えず、男女どちらにも見える。
人型を取ったとなると、この生命の精霊は上位だ。
精霊は基本的に、低位は動植物の姿、中位は人型と動植物が混ざったような亜人型、上位は完全に人間の形を取っている。
彼の魔力は浄化の性質を帯びているせいか、昔から精霊に気に入られており、供給するだけで色んな手伝いをしてくれるのだ。
今回の治療も、速度を上げる必要性があって、彼は協力を願った。
「海竜王を癒す。力を貸してくれ。必要になったら、そのつど遠慮なく魔力を持っていけ」
――分かった。力、貸す――
微かに了承の声が聴こえ、彼は患者(竜?)のほうへ向きやった。
海竜王の腹の傷が半ば以上癒えたところで、イーシャはスアウと共にその場に居合わせた百名ほどの水の民の説得に成功した。
まだまだ一部でしかないが、好感触である。
その百人の半数に頼んで、残る水の民の説得に協力をお願いした。
その中には長老と呼ばれる者が数人、一族単位の長も数人いたため、より効果が見込める。納得いかないようならこの場に連れてくるようにも伝えた。
宣戦布告の解消は、早ければ早い方が良い。
ちなみに、その場にいた全員にディアマスに引き渡すのはどちらが良いか、スアウは自分が行くつもりだと言ってきかない事も含めて尋ねると、全員が秘宝を渡す事を選択した。
水の王は大切だが、封印が解けない。
悪用されるような事にはならないだろうから、構わない――と。
スアウはまだ納得していない顔をしていたので、不安に思ったのだろう。
数人ずつ、いかにスアウがニンフ達に必要とされているか、こんこんとお叱りに来た。
「……忘れてた。イスフェリア、これ」
お叱り騒動が済んで、いささかぐったりしていたスアウが、新たにやってきたニンフから金属製の鞄を受け取ると、差し出してきた。
訝しげに思いながら鞄を開けたイーシャの目に、見覚えのある巨大弁当箱と透き通った水晶玉が飛び込んでくる。
昼食に続き、夕食を抜くところであったので、素直に弁当箱はありがたい。
巨大なのは、きっとカタストロフの分も一緒にしてあるからだろう。
水晶玉は、魔道具だった。
中心にある光が古代魔道文字から推察するに、通信機。
「これ、ディアマス国王に用事ある時、使う。レスクに直通。まとまるの早そうだし、イスフェリア、連絡していい。氷魔王、黙って出てきたなら、きっと大騒ぎ」
「!! ありがとうございます。スアウ様。さっそく使わせていただきます」
スアウの言う通り、今頃王城は大騒ぎだろう。
抵抗なく地下牢に入っていったカタストロフが、気付いたら姿が無くなっているのだ。
ディアマス王城は転移魔法による侵入者を防ぐため、特殊な結界が張り巡らされており、所定の位置でなければ転移出来ない事になっている。
カタストロフは、どうやって結界を突破してきたのか。
転移防御結界は、網と面を合わせて何十か重ねてあり、常時作動する関係上ほんの少しだけ、不規則に点のような隙間が発生する。
その結界の隙間を通ってきたなら問題は少ないが、その強力な魔力で結界ごとブチ破ってきた可能性も捨てきれない。
ブチ破っていたら、その瞬間宮廷魔導師達に感知され、転移魔法を使って脱出した事になり、闇の民の声明もあってカタストロフの認識が敵対に。
隙間を通ってきたのなら、『説得』しに来た面会者か、食事を届けに来た牢番によって気付かれるまで、カタストロフの不在は上層部には伝わらないだろう。
「スアウ様。あの、この使い方は……?」
「文字に向かって魔力流すだけ」
「分かりました」
イーシャは水晶に右手を当てて、言われた通り魔力を注いだ。
一瞬、白く光ったかと思うと、水晶玉にレスクの顔が映る。
徹夜でもしているのだろうか。
眼の下に、くっきりと青黒い隈が浮かび、顔色が良くない。
水晶玉内のレスクと目が合い、信じられないものを見たとでも言うような感情が、その菫色の瞳に浮かんだ。
《い、イスフェリア? どうして、お前が……》
「カタストロフ殿と心話で語り合い、こちらにお呼び立てして事態の収拾の協力を取り付けました」
少し離れて海竜王の治療を見ていたスアウを呼んで、隣に座ってもらう。
イーシャの隣にいるスアウが見えたのか、ますますレスクの顔に深い驚愕が彩られた。
「スアウ様とも話し合い、重体の海竜王の治癒と引き換えに、宣戦布告と離反を取り消して下さるという事に落ち着きました。現在、カタストロフ殿の手で治療が進んでおります」
《そ、それは真か?!》
「わたし達にとって、海竜王は何においても重要な御方。あの方を治療してくれる事引き換えなら、戦うの止める当然」
レスクはポカンと大きく口を開き、間抜けな顔になった。
イーシャは真面目な顔を崩さずに、結果報告を続ける。
「今回の負債として、『紅の刃』と同様の名前付き精霊の封じられた大鉾型魔道具を差し出してくださるそうです。他に、水の民独自の技術の一部解放も認めるとの事。
陛下。水の民へ対する会議は終了させて下さい。意味がありませんから。
私とドラクロ様、カタストロフ殿は治療が済み次第、帰還いたします。詳しい事はその際に報告を――今から食事を取りますので、これにて失礼いたします。あとでまた、連絡しますので」
《え? ちょ、ちょっと待てイーシャ!》
言うべき事は言ったので、イーシャは魔力を流すのを止めた。
ぷつん!!
音を立てて、水晶玉に浮かんでいたレスクの映像が消える。
レスクとしては色々と聞きたい事はあるだろうが、イーシャはそろそろ空腹が辛かった。
悪いと思いつつ、食欲を優先させる。
水晶玉の機能は一方通行なのか、沈黙したままだ。
ほっと一息つくと、イーシャは巨大弁当の一段目攻略を始めた。