1:異世界ですってよ!
「このゲームクソだな」
敗北画面を映すソシャゲの画面を消してスマホをベッドに放り投げると、歩いて洗面台の前に立つ。
狭い家、古臭い設備。
都会ならまあこんなもんだ。
今日は休みだが、朝は七時から夜は二十三時まで働く。
職場へは歩いて五分。
死ぬほどきついが、まあ、死ぬよりはましだ。
おかげで課金もできるしな。
歯磨きをして、髪を梳かす。
まあ梳かしたところでぼさぼさの髪は不潔極まりないが。
どうしたって、そんなものだ。
四十を超え四十五歳を迎えても俺に恋人はいない。
居たこともないというのが正しいか。
ああ可哀想な俺の息子。
まあそんなことはどうでもいい。
歯磨きを終えると着替えて、ポケットにスマホをう放り込み、コンビニに向かう。
錆びた柵に手を付かないようにしながら外に出て、カギを閉める。
その後、三階から階段を下りてサンダルを鳴らしながら路地を歩く。
コンビニまでは歩いて数分。
交差点にたどり着くと、信号を待つ。
信号待ちの最中、スマホが鳴る。
「あ?」
スマホを開くと、メールの到着を知らせるアイコン。
メールフォルダを開くと“当選”の文字。
「何の当選だよ」
舌打ちをしてメールウィンドウを消す。
信号が変わって歩き始めるとアクセルを踏み込むエンジン音。
びくりと体が固まる。
トラックが俺に向かって追突。跳ね上げられた体が地面に叩き付けられても痛みなど感じなかった。
あー死ぬんだ。
雑音と悲鳴が真っ赤な視界の中で響いた。
◆
痛みが引いて目を開けるとそこは森の中だった。
森の中というのは、人の手が入っていない場合、鬱蒼としている。
つまり、視界が開けない。広場などは獣の巣であることが多い。
というか、都会の中で死んで、死んだのか?まあ知らないが、兎に角、今は森の中。
その森は人の手が入っていることが分かる。
起き上がると体を見る。
木綿の服に裸足。
「……はあ?」
声を上げると高い声。
まじまじと手を見て、それから服を捲り上げる。
「おおう……女の子か」
死んで、此処に生まれ変わって、ええっと?
子どもなのはいいんだが、どうしたらいいんだ。
視界の隅で何かが光るのが見えた。
そちらを見ると、点灯したスマホがあった。
「お?」
スマホを手に取り、画面を見る。
「“当選おめでとうございます”……だから、当選って何だよ」
画面の文字が切り替わる。
「異世界転生の特典がございます……なんだよそれ。意味わかんねー」
画面を眺めていると輝きながら目の前に何かが降り立つ。
美しい彼女は頬に手を当て首をかしげる。
「本当は、スキルを授けるのですが、思ったより魂が強かったみたいですね」
「いらねえ」
「まあまあ、そんなこと言わず。これなんてどうです?経験値上昇」
「経験値上昇って、ゲームかよ」
「ええ、ゲームですよ。私たちにとってはね」
私たちにとってはという言葉とどこからともなく現れたこと、それから、魂云々の話から鑑みるに。
「神様ってか?」
「おお、よく分かりましたね。私はシュブニグラス」
「へー」
「なんという。信心が無いのですか?」
「なんか具体的な例がねえと分かんねえよ」
「成程」
シュブニグラスは傍らの樹から生気を吸うと別の植物にそれを移す。
「こんな感じです」
「それって人間相手にもできるの」
「できますよ。私は豊穣の女神ですので、そう言う関係の能力があります」
「へーいいなあ」
「あ、じゃあ、私の加護などどうです?」
「いいね。でも貰えるのって一個だけ?」
「あら欲張りですね」
にやにやと見上げると豊満な胸を揺らしシュブニグラスがかがむ。
「五つ、いいですよ」
「おーいいね。この世界には魔法という奴があるんだな?」
「はい」
「一つ、女神シュブニグラスの能力コピー」
「それは加護という形になりますね」
「なるほど、じゃあそれで」
「では、シュブニグラスの大いなる加護」
ぱっと自分の体が光る。
「他の神様の加護は貰えないのか?」
「あなたは私の管轄なので、無理ですね」
「ふーん。他に神様がいるんだ」
「あら、小賢しい」
経験値ってことは、LVがあるってことだ。
獲得経験値上昇はマストだろう。
「獲得経験値上昇を上限まで」
「はい。獲得経験値上昇EX」
「この経験値はスタックできるか?」
「できます。それ専用のスキルがありますね」
……仲間をつくるなら、そいつに渡すべき。
だが、そいつは信頼できるだろうか?
よく観察して決めるとしよう。
「じゃあ、その経験値スタックのスキル上限まで」
「はい。獲得経験値スタックEX」
「具体的に獲得経験値EXってのは持っているとどれくらい変わるものなんだ?」
シュブニグラスはぽんとピンクの粘液の塊を出す。
「これはただのスライムです。この世界ではポピュラーな魔物ですね」
地面に落とされたうごうご動くスライムちゃんはグイっと動く。
「これを殺すともらえる経験値は二。獲得経験値上昇EXを持っていると五億倍の経験値が得られます」
「あー……つまりこのスライムを倒すと、十億経験値が入ると」
「その通りです」
しゃがんでぷにぷにとスライムを突きスライムはされるがまま。
「一レベルに必要な経験値は?」
「職業によります。スマホにデータを入れておきますね。あ、スマホを無くしても、ステータスオープンと唱えると見る事ができます」
「じゃあ、スマホ要らねえじゃねえか」
「この世界、スマホ必須ですよ。インターネット世界ですからね」
「インターネット内の世界って意味か?」
「いえ、インターネットが普及している世界という意味です」
「誰だよ普及させた奴!!!」
シュブニグラスはやんわりと微笑んだ。
まあ、ここで文句を言っても始まらない。
「レベルの上限は?九十九?」
「職業ごとに十です。ですが、スキルを持っていれば上限を撤廃できます」
「無限に育つってこと?」
「その通り。まあ、この世界が始まってレベル上限撤廃スキルを持ったのは二人。百レベルを超えたのは一人で、もう一人は千レベルまででした。レベル上限が上がったところで、駄目な時は駄目ですからね」
「じゃあ、それ欲しい」
「これには上限などがないので、シンプルにレベル上限撤廃スキルです」
「ありがと」
俺は考えた残りはひとつ。
「レベルや経験値の譲渡はスキルが必要か?」
「いえ、それは誰でも出来ます」
「そっか……じゃあ、スキルの譲渡は?」
「え?」
「だって、俺、シュブニグラスの大いなる加護がついているんだよな?なら、スキルを作れるんじゃないか?」
「あら、良く気づきましたね。けど、あなたが持っているスキルの譲渡という形になるので、あなたからスキルが消えるんです」
「あー……そうか。スキルを作る条件は?」
「信仰心です」
「ふーん」
成程。どこかに俺の神殿でも作らないと無理が多いな。
「スキル作成のスキルはある?」
「あります。しかし、そのスキルは私の加護に入っているので意味はないですね」
「……なるほど、信仰心は物理的なものか?」
「あら、本当に小賢しいですね。ええ、物理的なものです。生贄、供物、賽銭などですね」
「ほうほう」
俺はスライムをぷにぷにした。
「魔力上昇のスキルが上限欲しい」
「いいんですか?無駄になるかもしれませんよ?」
「経験値は譲渡が可能。経験値はスタックが可能。スキルも作成が可能。なら、後欲しいのは魔法がある世界で生き残る術だ」
「後悔するかも」
「あんたの加護がある」
「ふふ、いい意気込みですね。では、魔力上昇EX」
見上げるとシュブニグラスはにたりと笑った。
嘲るような目。期待に満ちた目。
「んふふ、愉しみです」
「よーく楽しんでくれ」




