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それでも、知りたい

(……桂花。お前は今、幸せなのか)


「……良い方でしたのね」


「……あぁ」


 過去を、そして今の状況を思うほどに、どんどん気分は暗くなってきた。思えば思うほど、今の状況は会うことを拒む。トシナは生贄となって上層から堕とされた身、桂花の辛い記憶を思い出させないだろうか?


 トシナがここにいるのは、莫大なイレギュラーあってのもの。任務が終われば、どうあっても上層を去る。後に残るのは、二度と会えないという現実だけだ。


 けれど。


 知りたい。


 今を逃せば、偶然が重ならなければ、一生会うことはできないのだ。


「……ひとは。協力してくれるか」


 トシナの脇腹にくっついた顔が、少しだけ動いた。


 すると、自信満々に由希が立ち上がる。


「では! 私と演劇の練習ですわね!」


「何言ってんだお前」


「演劇戦法ですから、ある程度のリアリティは必要でしょう? 台本ならご心配なく。これでも私、降臨祭で演劇をしますの」


「降臨祭……あぁ、あれか」


「えぇ。この上層を支え続ける創世神さまに、感謝の意を捧げる儀式。ですから私も、あまり研究に没頭しているわけにはいかないのですわ」


「はなしているひまも無い」


「ですが、恩を返している暇ならありますの。こちら、候補ですわ」


 そう言って差し出した端末には、劇の台本が表示されていた。


「印刷しますから、持って行って下さいな」


「……お前、なんでそんなに親切にするんだ。俺は昨日会ったばかりの知らない人間だろう」


「端末の画面を印刷するくらい、なんでもありませんわ」


 由希は首を傾げた。目に疑いは何もない。


 これが上層の街というものなのだろうか。いや、トシナの周りはもう少し警戒心を持っていた……気がする。由希を見ていると、自信がなくなっていく。


「助けて下さった方ですもの。そんなに不思議でしょうか」


「……俺の周りでは」


「ずいぶんと治安の悪い所から来ましたのね。……っと、できましたわ」


「サンキュ」


 メモを受け取る。


「それでは練習とまいりましょう。作品は、「マレーヌ王女」がいいですわね。ちょうど王女が森をさまよって、猟師の家に辿り着く場面が……」


「すまん、これから仕事があるんだ」


「えぇっ!? き、聞いてないですわ!」


「急な仕事だ」


 トシナは逃げた。演劇戦法は百歩譲って良いとして、演劇そのものなんてやってられない。


 ひとはは既にどこかへと消えていた。


 ◆


「……撒いたか」


「どっか行けー」


 ひとはは姿の見えぬ由希に向かって舌を出している。本当に、ひとはは由希と波長が合わないようだ。


 やる気十分だった由希には悪いが、何かを演じるというのは苦手だ。あくまでもフリだけに留めておきたい。特に、以前の「敏奈」を捨て「トシナ」を演じている自分には。


「……で、ひとは。お前の考える演劇戦法ってのは、何が必要なんだ」


「ん」


 ひとはが指さした先には、ホームセンターがあった。


 ……その結果。


 ロープを持って、夜の神殿前に立つことになる。

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