第1話 引きこもりの妹は底辺配信者
入学初日から早退した俺は岐路についた。
俺が住んでいる二階建てのアパートは築五十年なので古い。いや、古いというよりボロボロだ。周りの家が綺麗な新築が多いからこそ古びたアパートは時代に取り残されている。小さい子供達がお化け屋敷だと馬鹿にするほどの建物だ。
俺は修繕されていない禿げた外壁や階段の手すりが錆び付いているのを眺める。外観の雰囲気からお化け屋敷と間違われても文句は言えない。もちろん引っ越したいと考えているがお金が無いので我慢するしかない。
母親は二年前に亡くなっており父親は一攫千金を狙ってアフリカに金を採掘に行っている。破天荒な父親は俺と妹を残して夢を追いかけたのだった。貯えのない父親だが一応は毎月の家賃を銀行口座に振り込んでくれている。光熱費や食費は母親が残してくれたお金で何とかなっていたが底をついた。これからは生活の為に俺が必死で働くしかない。すでに三月から平日は飲食店のアルバイト、休日は倉庫内での仕事を始めていた。
父さんに今以上の支援を頼んでも笑顔で無理だと言われるだろう。
靴を脱いで家に入ると唯一の部屋を通り過ぎてリビングへ向かう。
貴重な部屋は妹に占拠されているので俺は狭いリビングで生活していた。リサイクル品として買った黒いソファがベッド変わりだ。テレビは妹に押収されたので無い。
勉強机には電源が入りっぱなしのノートパソコンとディスプレイが置かれている。ノートパソコンは俺と妹を繋ぐツールでもあった。
ディスプレイには金髪を二つに結って大きな赤いリボンを付けているキャラクターが映し出されている。この子はメイメイと言う名前で妹が作り出したバーチャルのキャラクターだった。
「あんたもう帰ってきたの?」
たれ目ツインテール女の子の口が動き出す。声は妹の声だ。
俺の事をあんた呼ばわりするのをいつも注意しているが直してくれない。
「あぁ。色々とあってな」
パソコンのカメラ越しで俺が帰ってきたのが分かったのだろう。眠たそうな間の抜けた声からしてまた昼まで寝ていたのだと分かる。
「どうせ人前に出て気分が悪くなったんでしょ? 本当に情けなーい」
何だろう。キャラクターに煽られると余計に腹が立つ。俺は勘が鋭い妹を一旦無視して制服を脱いでハンガーにかけた。
妹の名前は神楽愛依。年齢は俺と同じで十六歳。そして絶賛引きこもり中だった。
愛依は妹と言っても血は繋がっていない。俺の両親が事故で他界した為に親友だった愛依の両親が俺を養子に迎え入れてくれたので俺と愛依は同じ年齢だ。俺が四月一日生まれで愛依が十二月二十五日、つまりクリスマスに生まれたので俺が兄となっている。
「明日は愛依の学校の授業が始まる日だよな? 準備は大丈夫か?」
「別に学校に行くわけじゃないから大丈夫でしょ」
中学をほとんど行っていない愛依は通信制の高校に入学している。本人は高校を行く気が無かったのだが俺が何とか説得した。死んだ愛依の母親の望みだ。愛依には大学を卒業して欲しいと生前から言っていた。俺としては義理の母親ではあるが他人の俺に対しても愛情を持って育ててくれた。恩は必ず返す。
だから愛依を何とか大学合格に導くのが俺の使命だと思っている。しかし不安もあった。
勉強は俺が教えてあげるとして問題は引きこもりの愛依が大学に通えるのかという点だ。
このまま引きこもり歴を更新されると社会生活が怪しくなる。愛依もいずれは社会人となるのだとしたら兄として早く外に出てきて欲しい。
一緒に住んでいる俺ですら今年に入って愛依の顔は見ていない。愛依もトイレや風呂に入る時はさすがに部屋から出てくるのだが、必ず趣味の悪い被り物を付けていた。どれだけ俺に顔を見られたくないのかと呆れたぐらいだ。愛依は自分が写った写真やタンスの上に飾っていた家族写真を回収している。このままでは妹の顔を忘れそうだ。
今年の最大目標は愛依を外へ連れ出すということだった。
これまで甘やかして先延ばしにしていたが今年は違う。大学進学に向けて愛依には困難に立ち向かって貰わなければならない。
「夕方になったらバイトに出掛けるから。晩御飯はどうする? 何が食べたい?」
「うーんとねー。カレーかなー」
「お前本当にカレーが好きだな……まぁ野菜も取れるから別にいいけど……」
「甘々にしてくれないと怒るからね! この前のカレーは辛すぎて食べられなかったんだから! もっと食べる人を考慮しなさいよ! 愛情が足りないー!」
愛依がカレーを残したことは一度もない。というより、作るのは俺なのに文句を言われる筋合いはない。嫌なら自分で作ればいい。俺は画面で動く可愛いキャラクターを睨んだ。
そして調理に取り掛かるといつもより少しだけ辛いカレーを完成させた。




