第20話:俺がお前の聖域になる
紫色のオーラが、私と、私を抱きしめるカインの身体を激しく蝕んでいく。
それは、他者の負の感情の塊。純粋な破壊の衝動。触れるだけで、常人ならば精神が崩壊してしまうほどの、おぞましい魔力の奔流だった。カインの顔にも、苦痛の色が濃く浮かび始めている。
それでも、彼は決して私を離さなかった。
まるで、私の痛みも、苦しみも、魂にまとわりつく呪いさえも、全て自分の身で受け止めようとするかのように。
彼の魂からの叫びが、暴走する私の意識に、かろうじて届いていた。
「……だが、お前と出会って、思い出したんだ」
彼の声が、私の耳元で切実に響く。
「自分の力が、他人を不幸にするだけのものじゃないと信じたかった、あの頃の気持ちを。この仲間たちと出会って、もう一度、この力で誰かを守りたいと思った……!」
彼の言葉の一つ一つが、暴れ狂う私の魔力の中に、楔のように打ち込まれていく。
紫色の奔流が、一瞬、揺らいだ。
カインはその隙を見逃さなかった。彼は私をさらに強く抱きしめ、そして、誓うように言った。
「だから、もう一人で苦しむな。ルシアーナ」
ルシアーナ。
その名を、彼が呼んだのは初めてだった。
私の本当の名を。追放された日に、捨てたつもりだった名を。
彼の声で呼ばれたその名前は、まるで呪縛を解くための真言のように、私の魂の奥深くまで響き渡った。
「お前の痛みも、呪いも、全部俺が半分引き受ける」
彼は、血を吐くような声で、宣言した。
「俺が、お前の聖域になる」
その言葉が、私の心に届いた、瞬間。
私の中から溢れ出し、世界を塗りつぶそうとしていた紫色のオーラが、まるで幻だったかのように、すっと消え去った。
部屋を満たしていた、ビリビリとした圧迫感も、嘘のように消え失せる。後に残されたのは、静寂と、彼の腕の温かさだけだった。
暴走は、静まっていた。
「……っ……」
私の喉から、声にならない嗚咽が漏れた。
それが、合図だった。
堰を切ったように、涙が溢れ出した。止まらなかった。
前世で心を病んだ時も、今世で断罪された時も、荒野で死にかけた時も、決して流すことのできなかった涙。
全てを諦め、心を凍りつかせることで、ずっと蓋をしてきた感情のダムが、今、完全に決壊した。
「う……あ……あああああ……っ!」
私は、彼の胸の中で、子供のように声を上げて泣いた。
恥も、外聞も、何もかもどうでもよかった。
ただ、彼の温もりに縋りつくようにして、泣きじゃくった。
怖い、と。
辛い、と。
独りは、嫌だと。
今まで決して言葉にできなかった、私の魂の叫び。
その全てを、彼は何も言わず、ただ、静かに受け止めてくれていた。
彼の鎧は冷たいはずなのに、伝わってくるのは、どこまでも優しい温かさだった。
それは、私がこの世界に来て初めて流す、安堵の涙だった。
もう、独りで戦わなくていい。
私の苦しみを、分かち合ってくれる人が、ここにいる。
私のための「聖域」が、ここにいてくれる。
長い、長い夜が、ようやく明けようとしていた。
私の本当の人生が、今、この瞬間から、新しく始まろうとしているのを感じていた。




