言葉なき旅人 1
「う……う……あ……あ……」
「紫藤さん……」
俺が呼びかけても、紫藤さんは呻き声をあげるばかりである。
俺はただそんなふうに苦しそうに呻き声をあげる紫藤さんを見ていることしかできなかった。
「う……あ……」
しばらくした後、紫藤さんは呻くのをやめてしまった。そして、まるで死んでしまったかのように動かなくなる。
「し……紫藤さん?」
俺が呼びかけても反応はない。
ゾンビに噛まれた人間は何度か見てきた。
そして、それらの人々は一度死んだように動かなくなるを知っている。
だから、これはいわばゾンビになる前の予兆、とでも言える状態なのである。
「……う……あ?」
そして、紫藤さんが動いた。肌は白く、目は死んだ魚のよう……まさに、小室さんや古谷さんと同じような状態である。
「紫藤さん……」
俺が呼びかけると紫藤さんはこちらを向く。そこで俺は気付いた。
もう彼女はゾンビになってしまったのだ。俺のことなどわかるはずもない。
彼女にとって俺は一人の人間から、空腹を満たす対象へと変化してしまったのだ。
「……うあ?」
「……え?」
しかし、紫藤さんはなかなか襲いかかってこなかった。
紫藤さんの方を見てみても、ただ、不思議そうな顔で俺を見ているだけである。
「え……俺のこと、食べないの?」
「うあ? あー……うー……あう?」
「……ごめん。何言っているか全然わからない」
俺がそう言うと紫藤さんは不機嫌そうに顔をしかめた。
「あれ……これって……」
その時俺は気づいた。
もしや、紫藤さんも、小室さんや古谷さんと同じ「イレギュラー」なんじゃないか、と。




