嘘つきな旅人 5
「ち……血が……」
紫藤さんが絶望した表情で自分の首筋から出る赤い液体を見ている。俺はなんとか回収に成功した紫藤さんの荷物からタオルを取り出し、なんとか止血しようとする。
「紫藤さん……どうして……」
俺が思わずそう言うと紫藤さんは悲しそうな顔で俺を見る。
「だ、だって……ふざけんなよ……こんな所に俺だけ置いて行かれるなんて……ぜってぇ……嫌だ」
紫藤さんは涙を流しながらそういう。
俺はそれを聞いてようやくわかった。
そうだ。俺は一体何をしているんだ。
俺は、今まで小室さんや古谷さんと一緒にいたから麻痺してしまっているのかもしれない。
今、俺達の日常は完全に崩壊している。周りにはゾンビしかいない。だから、不安なのは当たり前なのだ。
婦警さんも、一見悪そうに見える女の子も。
そんな人達を、俺はその場に見捨てて、二人の女の子の元へ戻ろうとしていた。
急ぐ余りに、置いて行かれる人のことを全く考えていなかったのだ。
「紫藤さん……ごめん……」
紫藤さんは俺が謝ると意外そうに目を丸くする。そして、苦しそうにしながらも微笑んだ。
「お前……ホント、変な奴だな……後数分で俺はゾンビになるんだぜ? それに……俺とお前の間には何もない……さっさとどっかに行けばいいのに……」
「紫藤さん……」
俺は紫藤さんのことをジッと見る。
このまま何処かへ行くなんて……できるはずがない。
確かに俺と紫藤さんの間には何もない。
出会ってからまだ三日くらいしか経っていないし、何より紫藤さんは俺に対してあまり心を開いてくれていないように思える。
だけどだからといってこのまま置いて行くなんてことはできないし、したくなかった。
俺は苦しそうな紫藤さんの手をギュッと握った。
「お前……何してんだよ……」
「紫藤さん……俺、紫藤さんのこと、ちゃんとデパートまで連れて行くから」
「……はぁ? 何言ってんだよ。ゾンビになったら……お前のこと、食うぞ……つれていけるわけないだろ……」
「……いいさ。紫藤さんがゾンビになったら……俺もゾンビになる。それで二人でデパートに行こう。大丈夫。俺の知り合いはゾンビの言葉がわかるんだ。だから、ゾンビになっても心配ないよ」
俺がそういうと紫藤さんは表情を柔らかくして俺を見る。
「……はぁ。ホント……お前ってやつは……なぁ、一つ約束してくれよ」
「うん。何?」
「俺がゾンビになったら……お前ともっとちゃんと話したいんだ……お前のことを知りたい……俺のことも知ってほしい……だから……頼むぜ?」
俺はそう言われて少し驚きだった。紫藤さんがそんなことを言うなんて思わなかったからである。
「……わかった。約束する」
「そうか……ありが……と……う……う、うあ……」
紫藤さんの顔色が変わっていく。まるで死人のように真っ青だ。
俺は確信した。
紫藤さんはゾンビになってしまうのだ、と。




