終わった日常 6
「ま、まさか……ね?」
俺は振り返った。
そこにいたのは……
「……あ」
そこにいたのは、かわいい女の子だった。
制服は、この近所にある名門女子高の制服だ。
短く切りそろえた黒髪に、美しいが、死人のように白すぎる肌。
「うー……あー……」
そして、その子は確かに、そんな鳴き声を発していた。
間違いなく、ゾンビ病患者だ。その青白い死人のような肌といい、間違いない。
こんなかわいい女の子もゾンビになってしまっているというのは、ゾンビ映画と同じように残酷な話である。
「く……来るなよ」
俺は自然とバットを握りしめる。そして、彼女に向かってバットを向けた。
「うー……うあー……」
それでも女の子ゾンビは俺の方に近づいてこようとする。
「く……来るなよ……」
自然とバットを握る手が震えるのがわかる。
無理だ。俺にはこんな女の子をバットで殴り殺す勇気なんてない。
よくゾンビ映画ではゾンビは人間じゃないから躊躇わずに殴り殺せなんていういかついおっさん役が出てくる。
でも、俺にはそんなワイルドなおっさんの知り合いもいないし、そもそも、ゾンビっていったって見た目はどう見ても人間である。
殺せるわけがない。バットで頭をかち割ることなんてできない。
「あ……あぁ……」
自然と情けない声が出た。
女の子ゾンビはそれでもこちらに寄ってくる。
そうだ。しかたがないんだ……やるしかない。
俺は必死に目の前の存在を人間ではないと言い聞かせた。
「く……来るなって言ってんだろうが!」
俺は大きくバットを振り上げた。
「う」
すると、女の子ゾンビは怖がっているように動きを止めた。
「え……?」
思わず俺は拍子抜けしてしまう。
女の子ゾンビはなぜか頭を両手で抑えている。
それはまるで俺が振り上げたバットを怖がっているように……というか、怖がっているのである。
「うー……あ……あう」
怯えたような声を出しながら女の子ゾンビは立ち止まった。
「え……な、何?」
女の子ゾンビは、そのまま頭を押さえてうずくまってしまった。
もしかして……おびえているのか?
「あー……わ、わかったよ。大丈夫。何もしないよ」
俺はバットを下げた。
「……あう?」
女の子は頭の上に手を載せたままで俺に訊ねるような調子で鳴き声を発してきた。
「ああ。何もしない」
「あう……うー……あー」
女の子はゆっくりと立ち上がると、俺の方に近寄ってくる。
「え……な、何?」
「あう。あうあー……うあ?」
「いや、全然わかんないんだけど」
俺がそういうと女の子ゾンビはそれに気付いたようだった。
「あう」
「え? 鍵?」
「あう」
俺がそう聞き返すと女の子ゾンビはうなずいた。
もしかして……鍵を開けろって言っているのか?
「いや……いやいや。ダメでしょ。外にゾンビいるし」
「あう? あー……うあー。あう」
すると女の子も困ったように俯いてしまった。
ここで俺はようやく気付いた。
もしかして、この子、俺の話を理解しているのか?
っていうか、絶対理解しているのだ。
それは、俺にとって大きすぎる衝撃だった。