人間の証明 1
「……はぁ」
夜の星空を双眼鏡で眺めながら俺は大きくため息をついた。
先ほどのことを思い返してみると、確かに自分の言ったことが、どう考えたって気休めだってことはすぐにわかる。
政府のワクチン作成のニュースは相変わらず進展もしていないようだ。
そもそも、本当にワクチンを作っているのかどうかも怪しいものである。
だとしたら、小室さんも古谷さんもこれから永遠にゾンビのまま、二度と元に戻れないのかもしれない。
そのことの本当の怖さは、人間である俺には決してわからないことである。
「……だからって、俺にどうしろって言うんだよ」
俺だってこの状況をなんとか生きているんだ。
そもそも人間だからこそ、ゾンビであることがどんなに恐ろしいかなんてわかるはずもない。
俺は双眼鏡を机の上に、置き、そのままベッドに横になった。天井を見上げてもう一度ため息をつく。
「どうした。あかい、くん」
「どうしたって……え?」
と、驚いて見ていると、なぜか部屋の中に小室さんが立っていた。
「小室さん……どうして?」
「とびら、あいてた。だから、はいれた」
「ああ……何か用?」
思わずそっけない態度をとってしまうが、小室さんは相変わらずのポーカーフェイスで俺を見ている。
「ふるやさん、と、なにか、あった?」
そして、ゆっくりとした口調で僕に向かってそう言った。
思わず飛んできた言葉に何と返したらよいのかわからなかったので、俺はしばらく小室さんのことを見つめる。
「……まぁ、ね」
そして、それからそんな風に、ひどくごまかした言い方でそう言った。
「ふるやさん、おこらせた?」
「怒らせたっていうか……うん。そうだね。怒っちゃったよ。古谷さん」
「なにか、いった?」
「……うん。言ったよ。僕は……やっぱりゾンビってものを理解できていないみたいだ」
俺がそういうと小室さんも黙ってしまった。
それはそうだ。小室さんの方が古谷さん以上にゾンビっぽいのだ。
そんな小室さんに「ゾンビってものがよくわからない」なんて言うなんてどうかしている。
これでは俺はまた、小室さんのことも怒らせてしまうではないか。
「あかい、くん」
「……何? 小室さん」
俺がそう返事をすると、小室さんはぎこちない動きで、俺の手を掴んだ。
氷を触った時のような感覚が俺の手に伝わってきたが、そのまま小室さんは俺の手を掴んだままでゆっくりと小室さん自身の胸のあたりにまで持ってきた。
「え……小室さん?」
俺が戸惑っているのもお構いなしで、そのまま小室さんは俺の手を、小室さん自身の胸の上に持って行った。
「ちょ、ちょっと、小室さん、何して――」
俺がそう言うのも構わずに、そのまま小室さんは俺の手を、胸の上に載せてしまった。




